アコライト・ソフィア25
腐竜と白魔術最強攻撃呪文の戦い…
灰色の塊はゆっくりと大きくなって、一抱えほどの大きさになると表面の模様がはっきりと判った。それは亡霊の顔。苦悶の顔。虚ろな顔。叫ぶ顔。泣く顔。顔、顔、顔…
『◎…怖い』
「霊魂の塊…そんなに霊魂を集めた?」
今まで、デオレマ達の手にかかって無くなった人達…いろいろな命達。それらの霊魂が一つの塊になっている。怨みと呪いが混沌となって塊となっている。
『くっくっくっ。あの牙からヒュドラを甦らせるにはまだ足りん…』
その時、背後の洞穴の中から断末魔の声が響き渡った。ネダの最後の声だった。
『くっくっくっ…また一つ魂が増える』
デオレマが何事か呟き、空中を掻き出すと、その手に顕れる黒い塊。
『ふん。あ奴の魂も黒い。腹黒い奴の魂はどうしてこんなに黒いのか…』
『★お前の魂はもっと黒いんやろな』
『くくっ。それよりも、もっと魂を集めんとな…』
デオレマはネダの魂を灰色の塊の中に放り込み、指を鳴らすと…背後で響き来る殺戮の声。
「…なに?」
『くっくっくっ…殺しあっているのじゃよ…ニクシー共がな…くっくっくっ』
「なんじゃと? そんな…やめろぉ!」
振り返り叫ぶヌーラ姫。姫の叫びの残響が消えると…一際大きい断末魔の声が響き渡った。
そして…静寂の中、天井の鍾乳石から落ちる水滴の音だけが殺戮の終焉を知らせていた。
「ああ…どうして…どうしてこんな事が…」
泣き崩れ落ちるヌーラ姫。
『くっくっくっ…どうやら一人残らず死んだようだな…くっくっくっ』
デオレマの手にできていく灰色の塊。二つの灰色の塊を一つにして嬉々とするデオレマのくぐもった笑い声だけが洞窟に響く。
「…許さない」
ソフィアは杖をデオレマに向け叫んだ。
「絶対に。絶っ対に貴方を許さない!」
『くっくっくっ…許そうが許すまいが好きにするがいい。それよりも…まだまだ、魂が足りん。ほう…そこに在るな…くっくっくっ』
デオレマが見つめる先には…気絶しているノランとミクラと侍女達とギゼル。
『くっくっくっ…どれ、いただくとするか…くっくっくっ』
「させないわ!」
ソフィアは素早く光魔障壁結界をノラン達の周りに張った。
『…ふん。無意味じゃよ。『糸』はまだ切れていない…くっくっくっ』
デオレマが指を鳴らすと、ノラン、ミクラ、侍女達の体から白い蒸気のような物が立ち上り結界を抜けて一つの塊になった。
『くっくっくっ。こっちに来い…』
「くっ! …ノランさん、ミクラちゃん耐えて御願い!」
ソフィアの手から投げ出されたのは虹色の宝珠。その虹色の宝珠は白い塊を吸い込んでふわりと浮かんだ。
『★ソフィア。アレは?』
『☆ひょっとして…歪空間結界?』
「そうよ。ミクラちゃん達の魂をアイツになんか渡さないわ!」
しかし、虹色の宝珠はデオレマの方へ飛んでいく。
『くっくっくっ…その決意は無駄なようじゃな。…先程、触った御陰でその術を解除する方法は判ったよ。くっくっくっ…』
「…どうかしら?」 強がるソフィアの表情も何処かしら硬い。
『…ほれ。此処をこうすると…』
宝珠をその手に取ったデオレマは何かしら弄り始める。その両手からは白い煙は上がっていない。デオレマは嬉々として虹色の宝珠を操作し…顔をソフィア達に向けて言った。
『くっくっくっ…ほれ。これで解呪じゃ』
デオレマは片手の指を鳴らすと虹色の宝珠の表面が割れ、中から白い…白銀色に輝く光がデオレマと腐竜を襲った
『ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ』
その光はギガピュアリ、過剰浄化の魔法だった。
48.白魔法の攻撃呪文
『ぐわぁぁぁぁぁ…なにぃぃぃっ!? 浄化だとぉ?』
悶え苦しむデオレマと腐竜。
『☆やりぃ!』
「ウェンディ! 水糸!」
『◎任せてっ!』
繰り出した水糸はひゅんと白銀色の光の中に浮かんでいる虹色の宝珠を捕まえた。
『…そうか二重に包んだのかぁぁぁ…逃がさんんんんん』
『◎…渡さない。アェリィ! 飛ばして』
『☆おっしゃあ! ガスティ・ウィン!』
デオレマは腐竜を操り、虹色の宝珠を掴まえようとしたが、それより早く人形達は水糸を持つウェンディを後ろに吹き飛ばして宝珠を強引に引き寄せる。
『◎…いたぁっ』
ウェンディは石筍を二、三本叩き折って止まった。
『☆大丈夫かぁっ?』
『◎…それより宝珠はっ?』
頭をさすりながら尋ねる。
「ここよ。奪い返したわ」
ウェンディが握っていた水糸に捕まえられていた虹色の宝珠はソフィアが掴まえていた。しっかりと。
「…これで、もう遠慮することは何も無いわ。…その竜共々、叩き潰してあげる」
ソフィアの身体が静かに輝き始め、ソフィアの服の装飾も虹色の輝きを増していく。
『ぐっ…クソッ…。ならばっ! この洞窟諸共、死ぬがいい!』
腐竜は長い尻尾を振回し、洞窟の壁を叩き壊していく。頭上から降り注ぐ槍のような鍾乳石。
「ドメイン!」
落下した岩塊が透明な壁にぶつかり砕けていく。
『○けど、このままじゃ生埋めに…』
『くっくっくっ…白魔法に攻撃呪文は在るまい? この竜を止める事はできんじゃろ? そのまま、生埋めになるがいい!』
「断るわ。悪いけど、私は竜退治の依頼を受けて此処に来たのよ。知らなかった?」
『…何ぃ?』
「退治する事ができなけりゃ最初から此処には来ないわ」
『何だと?』
「みんな、力を借りるわよ!」
『★☆○◎おう!』
ソフィアは左手で支えながら右手で濃い栗色の長い髪をかき上げ、高く掲げた。
「霊精よ。此処に集いて、その身に…」
『★焔の力を宿し…』
指先に絡んだ髪の一本が霊精で固まり水晶の針となり、その中に焔を宿して紅く染まった。
『☆風の力を宿し…』
『○土の力を宿し…』
『◎水の力を宿し…』
人形達が詠唱すると髪は淡黄色と茶色と水色に染まり水晶の針となって固まっていく。
「光の力を宿して一つの矢となり…」
最後の一本が銀白色に染まり、他の四本と一緒に一本の虹色の矢となった。
「邪悪なる者を源初の塵へと…」
ソフィアは虹色の矢を杖に当てると杖の両端から矢に伸びる霊精の糸。
糸は重なり弦となる。
今や強弓となった光の杖を構え、弦を引き絞ろうとするが右腕が肩の傷の所為で動かない。が、それを無理矢理に引き絞る。
「ぐぅぅ…還せぇっ!」
解き放たれた矢が結界を抜け、腐竜の胸に突き刺ると全身に広がる光の五芒星。
『ぐぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ…』
断末魔の声と共に腐竜は光の塵へと変っていく。最後の足掻きで洞窟を叩き壊しながら…
『…な、何だその術は?』
消え去ろうとしている腐竜の頭上でデオレマが叫ぶ。
「五芒星矢撃…ペンタグラム・アローは古の魔導書に書かれていた白魔法の攻撃呪文。数少ない白魔導師専用の攻撃呪文ですわ」
『○ウチらの得意法術やで』
『ぐぅぬぅぅぅ…ならばこの霊魂の魂だけでヒュドラを甦らせてやる!』
デオレマは瞬く間に蝙蝠へと姿を変え、天井の小さな穴へと姿を消した。
「…逃げられた」
『★んでも、アタイ達も逃げんと!』
『☆けど、もう来た道は塞がってるで』
既に外へ繋がる洞穴は崩れ塞がっていた。今、居るのは既に自壊するまでに破壊された洞窟。上からは絶え間なく落ちる岩塊。
「ソフィア殿。あの湖へ!」
ネゼが祭壇の後ろの湖を指差す。
「あの湖は水中でワシ等の沼に繋がっております。ちょっと息を止めて頂ければ、ワシ等が岸までお連れします」
「判ったわ。湖まで結界を伸ばしますから、ノランさん達を御願いします」
「ソフィア殿は?」
心配するヌーラ姫にソフィアは笑って応えた。
「障壁結界を張った術者はその場から動けないのです。結界を維持する間は…」
「…では、どうやってここから…」
「心配要りません。こういう結界を張っていない時は、私の周りに防御結界が創られますから…最初に御逢いした時の事を思い出して下さいな」
「…あぁ。確かに絶対防御が…けど、落石には…?」
「大丈夫です。私一人だけなら落石にも耐えられますから」
『○伊達に頭衝きで色んな物、壊してないもんな』
『★そうそう、この前なんか鋼岩犀と頭衝きして引き分けたもんな』
「…余計な事は言わないの! ですから姫様、ノランさん達をよろしく御願いします」
ぺこりと頭を下げられヌーラ姫とネゼは顔を見合わせ承諾した。
「判った…だが、気をつけてな」
「ええ。では、これを」 ソフィアは虹色の宝珠をヌーラ姫に手渡した。
「この中にノランさん達や侍女の方々の魂が。もう『糸』は切れている筈ですから、岸に付いたらこれで衝いて宝珠を割って下さい」
髪を芯にした霊精の針を受け取り、髪に挿してからヌーラ姫は両手でソフィアの手を固く握り締めた。
「…すまぬ。この礼は後で必ず。…じゃから、じゃから。必ず無事で。良いな?」
「御心配なく。楽しみにしてますわ。では、結界を伸ばしますから…パセージ!」
透明な曲壁が水面まで伸ばされ、その中をヌーラ姫と、ノラン達を背負い、侍女達をも脇に抱えたネゼが通って無事に水中へと消えて行った。
「…さて?」
『★…結界消して』
『☆…あの蝙蝠を』
『○…捕まえて』
『◎…二度と悪さできないように』
「懲らしめに行きましょうか!」
『★☆○◎おう!』
落石の中、結界を消すとソフィアは蝙蝠が消えた穴を目掛けて飛び上がった。
読んで下さりありがとうございます。
これは光と闇の挿話集 長編の1作目になります。
25/30話目です。
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