アコライト・ソフィア24
敵の波状攻撃が始まる…
46.反撃
『くっくっ。はぁはっはっ。どうかね? 切り札というものは最後まで隠しておく物だよ。やはり、結界の中では自分の防御結界は張る事ができぬようだな? くっくっ…』
祭壇でデオレマが嘲笑する。その声に苛つきながら、人形達は自分達の不甲斐なさを相手への怒りに変える。
『★おのれぇ…』
『☆操られとったんかいっ!』
『○仲間のとこに行けやっ!』
『◎…包んであげる…氷で』
駆けつけた人形達の容赦無い攻撃の前に敵となった半魚人達は一溜まりもなかった。火で焙られ、氷や岩で固められ、風で飛ばされた半魚人達は、迷宮の動く壁に突き飛ばされてデュランヌの足元に転がった。その半魚人達を剣で切り裂き、踏みつぶすデュランヌ達。敵味方の区別無く襲いかかる姿はまるで殺戮機械のようだった。
『☆味方も容赦なしに殺すんかい…』
『○なんちゅうことや…』
『◎…この結界が無かったら』
『★アタイらも…』
人形達は呆然と結界に遮られながらも中に入り込もうと蠢くデュランヌ達を見つめた。その間にも、また一つ…結界の壁…迷宮殿の外壁が消えかけていた。
「ソフィア殿! 気をしっかり!」
「爺。何か無いのか? このままでは…えぇい!」
ヌーラ姫は自分の水衣を引き裂き、包帯を作った。
「ソフィア殿。槍を抜きますからな。御気を確かに」
槍に手をかけて引き抜こうとするネゼを止めてソフィアは人形達を呼んだ。
「…ちょっと…待って。サーラ…お願い…来て」
『★何? ソフィア、何したらええん?』
「…傷口…焼いて…血を…止める…から」
『☆そしたら…跡に残るで』
「…いいの…自分で…癒せない…けど…誰か…白魔導師に…癒して…もらう…から」
『○ソフィアの法力を上回る力を持った白魔導師でないと巧く癒せんで…』
「…いいから…焼いて…お願い…」
『★…判った』
「…では、サーラ殿。抜きますからな」
『★おっしゃあ!』
ネゼが槍を引き抜くと同時にサーラの手が傷口に当てられ、焔が傷口を焼いていく。
「ぎゃあぁぁぁぁ…」
ソフィアの悲鳴がサーラの意志を、力を挫けさせる。だが、未だ…
『★ソフィア。ソフィア…もう一回、背中の方も…堪忍…堪忍や』
サーラが泣きながら背中の傷口に手を当て、もう一度、焔で傷口を焼いた。
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ…」
ぐったりとしたソフィアの傷口を泣きながら水衣の包帯で巻いていくヌーラ姫。
「すまぬ。こんな馬鹿げた事の為に…馬鹿な部下達の為に…どうして…こんな…」
ヌーラ姫の頬に手をあててソフィアが言った。
「…いいのですよ。みんなを守るのが私の、白魔導師の仕事なのですから……」
ゆらりと杖を支えにして立ち上がったソフィアの右腕は力無くだらりと下がっている。
『くっくっくっ…その傷では結界を維持する事もままなるまい? 結界が消える時…その時が御主達の最後じゃよ…くっくっくっ…』
祭壇で笑うデオレマをキッと睨みつけてソフィアは言った。
「その前に…貴方達を倒してあげるわ」
『くっくっくっ…無理じゃよ。御主にはワシ等を攻撃する手段があるまい? ミダル達の攻撃も御主に接近した時しか使えんようだしの。御主の攻撃は杖による打撃と初級魔法だけ…デュランヌ達は叩き潰すことはできんぞ。…たかが初級魔法如きは呪紋の鎧で総て弾かれる…くっくっくっ』
ソフィアは杖を正面に見据え、呟いた。
「御願いね…」
杖を結界の中心に突き立て念を送る。杖は虹色に輝き、周囲の結界と結びつく。ソフィアは迷宮の上の結界を少しだけ開けた。次の瞬間、竜髭靴で飛び上がり、上空から結界の外に出て、開けた結界を即座に閉じる。だが、結界を残し外に出たソフィアは無防備に近い。この時とばかりにデュランヌ達は容赦無い魔法攻撃を仕掛けた。
『なにぃ? 外に出てどうやって結界を維持しているのじゃ? …あの杖か?』
魔法攻撃を避け、飛び続けるソフィアは右肩の痛みに耐えながら気を練り、左手に虹色の宝珠を創り出す。
「…ク・ラ・イン。はぁっ!」
虹色の宝珠でデュランヌの黒い焔の球を吸収すると、くるりと地上に降りて虹色の宝珠を右手に掴み直して次の呪文を唱え始めた。
(お願い…動いて)
両手で掴んだ虹色の宝珠をデュランヌに向けようとするが右腕が動かない。
(…ぃぃぃえぇい!)
無理矢理に左手の力で右腕を動かし、両手を突き出す。
「カーマ・カノン!」
虹色の宝珠から放たれた銀白色の焔の球がデュランヌを襲い焔に包み燃やす。
『無駄無駄…そんな焔なぞで…ん? …なに? 何だと!』
銀白色の焔はデュランヌを燃やしつくし、後に残ったのは地にガランと転がる鎧だけ。
「…やっぱり。きゃ!」
別のデュランヌの魔法攻撃を辛うじて避けて、手に気を集め、宝珠を作るソフィア。
(早くしないと…杖の法力が…)
幾度と無く繰り出される敵の魔法攻撃を全て手の中の虹色の宝珠で吸収し、即座に攻撃してきたデュランヌへと放つ。ソフィアの魔法攻撃は確実にデュランヌ達をただの鎧へと変えていった。
『…どういう事だ? 何故? 何故じゃあぁぁぁ?』
悩み戸惑い叫ぶデオレマを横目にソフィアは虹色の宝珠を掲げながら最後のデュランヌに向かって飛ぶ。デュランヌから投げつけられる氷の槍。氷槍を虹色の宝珠で吸収し、そのまま身体ごとデュランヌにぶつかって行った。
「だやぁりあぁぁぁぁぁ!」
飛び散った虹色の宝珠の中から放たれた銀色の氷はデュランヌを瞬間に凍りつかせ、氷の柱を作った。そして…氷柱の中に在るのは鎧だけ。
「…やった。…間に合った」
氷柱の傍らで疲れて座り込むソフィアが呟きと共に結界の宮殿が消え去っていった。
『★ソフィアぁぁぁ』
『☆大丈夫かぁぁぁぁぁ』
『○傷口、開かんかったぁぁぁ?』
『◎…ソフィア。ソフィアぁぁぁ』
「はぁはぁ…ははは、大丈夫よ」
泣きながら駆け寄る人形達に笑い返すソフィア。
「…すまなかった」
杖を袖で包み持ち走り寄り、ソフィアに渡すヌーラ姫。その肩を借りて立ち上りながらソフィアは微笑んで言った。
「いいんですって。守るのが私の仕事ですから」
「…ありがとう」
涙目の顔を伏せてヌーラ姫は素直に礼を言った。
47.神への資格
『…どういうことだ? どうして、デュランヌ達が…あんな…ただの魔法攻撃で?』
祭壇の上で一人悩み続けるデオレマにソフィアは静かに言った。
「御一人になりましたね…」
『一人?…そんな事はどうでもいい。あの魔法は何だ? 何なんだ?』
ソフィアは少し溜め息をつくと説明を始めた。
「どんな対魔法呪紋でも自分自身の魔法には効力を発しないでしょ?」
『…そうだ。そうでなくては魔法を使えん。そのように呪紋は刻まれている…』
呪紋だけでは無い。対魔法障壁でもそうなることはソフィアがデオレマに浄化の宝珠を投げつけた時にも証明している。その事をも見逃し、自分の歪んだ知識だけで総てを推し量ろうとするデオレマをソフィアは悲しげに…哀れんだ眼で見つめ、言葉を続けた。
「…あの魔法、カーマ・カノンはクラインで取り込んだ魔法を返す。しかも、浄化の力を付加して。元が自分の魔法なのですから、どのような呪紋も無意味。違います?」
『…そうか。そうなのか?』
まだ悩むデオレマを哀れむようにソフィアは言った。
「…まだ、この世にも判らない事ばかりでしょう? 結局、貴方が神になる事は無理なのですよ…誰一人として。悟りを得ることはできても、例え、神の力を手に入れることはできても神自身にはなれないのですから…」
ソフィアの言葉に両手で頭を抱え、悩むデオレマ。
『…神に…なれないのか?』
無言でソフィアは浄化…ピュアリィの宝珠を左手に作った。
「願わくばその魂が天に召される事を…」
宝珠をデオレマに投げつけようと高く掲げた時、祭壇の後ろの水面が黒く盛り上がった。
「え?」
『★なに? なんや?』
『☆あれは…』
『◎…ゾンビ…ドラゴン』
『○腐竜やっ!』
水面に姿を顕したのはドラゴン。所々の皮が腐り落ちているその姿はゾンビと呼ぶに相応しかった。
『ふっ…くっくっ…そうだ。ワシにはまだ御主が居た…くっくっくっ。甦らせ、デュランヌ達と戦わせ、倒れては甦らせた御主が』
デオレマはふわりとゾンビドラゴン、腐竜の頭上に飛び移ると高らかに声を張上げた。
『我が名はデオレマ・ダッド・ゲバード。神の力を手に入れ、神となる者。ドラゴンを甦らせ、ヒュドラを甦らせる者』
「…ドラゴンを甦らせた?」
『おぉぉ! そうじゃ、霊泉の下に眠るこのドラゴンの骨を掘り出し、霊泉の総てを費やして甦らせた…このワシに不可能は無い…無いのじゃ!』
『★チリ紙のような自信やな』
『☆自分で自分に言い聞かせてるし』
『言うがいい。今、ヒュドラが甦る。その時まで…』
「ヒュドラを甦らせる?」
デオレマは腐竜の折れている角の中に手を入れ、取り出したそれは…灰色の塊。その表面には何やら蠢く紋様が見える。
『○なんや? あれは?』
『くっくっくっ…よく見えるようにしてやろう…』
読んで下さりありがとうございます。
これは光と闇の挿話集 長編の1作目になります。
24/30話目です。
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