アコライト・ソフィア23
最大の防御結界の中でソフィアが…
黒い霧は、ソフィア達を取り囲んでいる骸骨に重なり…そして実体化した。その姿は対魔呪紋に飾られたフルアーマーの剣士…重戦士達。
『この者達はな、ワシが甦らせた古の竜を倒した者達。剣の腕が立つばかりか、魔法をも自在に操る…言わば、不死の魔剣士デュランヌ。この者達には御主とて敵うまい?』
(デュランヌ?…伝説の魔剣士。古の書物に「…人であり人では無く剣士を越え魔導師をも越えて神に疎まれし者…」と記述されていた…伝説にしか存在しない者をも創り出したというの?)
ソフィアの脳裏に浮かぶ寺院で読みふけった書物の知識。知識は恐怖だけを連れていた。
「どうかしら?」
強気に言い放つソフィア。
『くっくっくっ…御主の弱点はすでに判っている…』
「私の弱点?」
『くっくっくっ…直ぐに判るさ…者共、かかれぃ!』
デュランヌ達は右手を高く掲げ、呪文を唱えると手に禍々しい形の魔槍が顕れ、即座にソフィア達に向けて投げつけた。唸りを上げて、魔槍が襲いかかる。
「光よ聖なる壁となり、邪悪を退けよ…メィ・ルキュル・ドメイン」
ソフィアが唱えると同時に張られる透明な障壁結界。
魔槍はその表面で跳ね返され…なかった。
剰え、障壁に深々と突き刺さった。
「なんですって?」
『くっくっくっ…それ、槍が変化するぞ』
魔槍はゆっくりとうねり、形を変えていく。
「いけない! 邪悪なるものよ。聖なる光の前に退け! ルー・ルキュル・ルキュラ」
障壁結界の内側にもう一つの光る呪文で飾られた壁が張られるのと、魔槍が…変化した焔蛇や氷蛇が襲いかかってくる寸前だった。
光魔障壁で防がれた焔蛇達。
しかし、再び形を…蛇に変えていく。
『くっくっくっ…御主の障壁は2種類ある…一つは物理的な障壁、もう一つは魔法を防ぐ障壁。つまり…物理的な障壁は魔術を通し、魔法を防ぐ障壁は物理的な攻撃を防ぐことはできないのだろう? くっくっくっ…もうすぐ、その魂が我が物となる…くっくっくっ…』
ソフィアはくすりと笑い、杖で地面をトンと叩いた。
「申し訳ありませんけど、この魂を差し上げる事はできませんわ」
『…その強がりももうじき終る…そら、蛇が頭を出してきたぞ…くっくっくっ』
ソフィアの頭上の光魔障壁から顔を出した蛇が焔蛇となり襲いかかると、ソフィアは片手をかざして呪文を唱えた。
44.迷宮
「…聖なる力よ、邪悪を封じよ。ロー・レキュル・ク・ラ・イン」
掌に虹色に輝く宝珠が顕れ、焔蛇を呑み込んだ。
『なにぃ?』
驚くデオレマを横目にソフィアは虹色の宝珠に障壁の中に入り込もうと蠢く蛇達を全て呑み込ませてしまった。
『…なんだ、その魔宝珠は?』
「結界宝珠…歪空間結界というのが正式名称らしいですけど?」
『歪空間? だからなんだ、それは?』
「たぶん、私のオリジナル・マジックだと思いますわ。書物にも基本構造呪文だけが記述されてましたもの」
『…ベース・スペルだけだと? それを何処で…いや、どうやって完成させたのだ?』
「…その基本構造呪文に浄化の呪文を足し付けただけですの…確認なさったら?」
ソフィアは手の上の宝珠をデオレマに投げつけた。
易々と障壁を通過した宝珠を餓えた獣が突然に餌を見つけた時のように慌てふためき掴まえようと手を伸ばすデオレマの様子を冷やかに見つめていた。
(自分で…ミクラちゃん達を強制召喚した時に使ったのはこの術の応用術でしょうに…基本魔術を知らずに応用魔術だけを知っているなんて…随分と歪な知識。いや、歪だからこそ…)
ソフィアは地下の実験室を想い出した。
(…だからこそ、あのような実験を繰り返していた?)
ソフィアの疑問を余所に、デオレマは両手で宝珠を掴まえると…まるで子供が新しい玩具を手にした時のように嬉々とした様子で、繁々と眺めた。
『…これが…どうやって? …こうか? …いや。違う…』
デオレマは宝珠を解析しようとしたが、訳が判らないようだった。
『通常の魔宝珠は魔法を実体化する時に結晶化させ、固めた物だが…これは、宝珠自体が一つの呪文で出来上がるとは…』
デオレマの両手から白い煙が上がっている。
「ところで、デオレマさん?」
ソフィアがデオレマに尋ねた。
『…なんじゃ? 今、忙しいのじゃ。後にせい…』
「構いませんけど。手が浄化されてますが…よろしいのですか?」
デオレマの両手から激しく白い煙が上がっている。
『…なに? …ん? ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ』
デオレマは宝珠を放り投げた。
宝珠はデュランヌの一人に当たり、脆く割れ、壊れる。
と、中から出てきた光の蛇がデュランヌの甲冑の中に潜り込み…
『ぐぅえぇぇぇぇぇぇぇぇぇ…』
デュランヌの断末魔の叫び声の響きと共に光に包まれ、崩れ落ち…中の骸骨も光の塵となって消え、鎧だけが後に残った。
「…どうやら、デュランヌさんの弱点を教えて頂いたようですわ。ありがとうございます」
ソフィアは深々とデオレマに頭を下げて一礼した。
『…うぬぅぅぅ。者共かかれ!』
ソフィア達の周りにはまだ数十体のデュランヌ。
それらが一斉に呪文を唱えながらソフィア達に襲いかかった。
「…パレス」
一礼したままのソフィアが呪文の最終句を唱えると周りに透明な宮殿が一瞬、顕れ、直ぐに消えた。が、見えない壁や柱に遮られてデュランヌ達はソフィア達に近づく事ができない。
『えぇぇい、呪文で攻撃せい!』
デュランヌ達の手から焔の槍や氷の槍などが次々と放たれる。
「…ド・クノッソス」
透明な壁や柱の表面に光の呪紋が顕れ、魔法の槍を弾き返す。
そして…光の呪紋が飾られた壁や柱、床さえも静かに位置を変えていく。
壁に遮られずにソフィアを攻撃する位置に移動しても、また遮るように壁が顕れる…まるで生きているかのような防御結界。変化する槍の攻撃も突き刺さった壁が外に移動し、その内側に別の壁が顕れ、弾き返し続ける。さらに床も外に向かって動き続け、実体化した蛇を外に放り出す迷宮殿。
デュランヌ達の攻撃は全て無為と消えていく。
「どうですか? 私の対魔迷宮殿は? どこの御城にも優る防御でしょ?」
『うぅぅぅぅぬぅぅぅ』
「前にも言いましたけど、白魔法は最強なのですから。このクリスタル・クノッソス・パレスを破る事は誰にもできませんわ」
(★んでも、広い場所でしか張れないのが欠点やけどな)
小声で呟く人形達。
(☆それにアタシらも出れんし…)
(○相手が諦めるのを待つしか無いのも欠点やで)
(◎…でも、諦めそうにも無いけど)
周囲で剣や槍、さらには幾多の魔法で攻撃しているゾンビの魔法剣士。不死にして疲労はおろか、感情自体が無い。
(★☆○…だよねぇ)
感情が無い以上、諦める事は無い…
「…いいじゃない。この間にノランさん達の様子を見ましょ」
今は迷宮殿の結界に守られて一息つくソフィア達だった。
45.不意打ち
『☆ほい。ソフィア。竜髭靴持って来たよ』
「あ、ありがとう。やっぱり、裸足は心許ないわよね」
『◎…ミクラちゃん達は、どうなの?』
「電撃の傷は無いし身体の異常は無さそう。だけど、操られているのが問題なのよね」
『☆ところでミクラちゃん達は気絶させたままにしとくん?』
「…うーん。その方がいいんじゃない? 起こしてアイツの言いなりになっても困るし…浄化の魔法で『糸』は切れると思うけど。耐えられるかどうか…」
『○そんなら、ヌーラ姫さんは大丈夫なん?』
「そうね。姫様は魔法耐性が高いから…かけときましょ。ネゼさんのロープを解いてね」
『☆おっけぇ!』
周りではデュランヌ達が攻撃の手を緩めてはいなかったが、攻撃の全ては対魔迷宮殿に阻まれて、ソフィア達には何も影響は無い。
「姫様。ちょっと失礼しますね」
ソフィアはヌーラ姫を抱き起こして蟀谷に手をあてて暫く念じていた。手を盆の窪に移して…首の後ろ、うなじの辺りを両方の中指で挟んで念を込めた。
「はっ!」
ビクンとヌーラ姫の体が痙攣し、やがて、ゆっくりと目蓋を開けた。
「う、うぅぅん。なんか、体がだるい…けど…おぉぉっ、ちゃんと動くぞ!」
「良かったですね」
にっこりと笑い、ほっとするソフィア。周りを取り囲み、薄笑いする半魚人達。
その時っ! 人形達にロープを解かれ、猿轡をとったネゼが叫ぶ。
「ソフィア殿っ。後ろを!」
「え? きゃあぁぁ!」
近衛兵と名乗っていた半魚人達がソフィアに襲いかかってきた。
「その者達は近衛兵なぞではありません! 姫様の近衛兵は、侍女達の事でございますっ」
「ヤット、隙ガデキタ」
「スベテハ我ガ神…我ガ神…でおれま様ノタメ…すきゅらガ導ク楽園…」
肩の盾と杖で応戦するソフィアだが多勢に押されて呪文を唱える時が無い。
「ぎゃあぁ!」
右肩に突き刺さった三叉槍。
苦痛に堪えかねて地面に倒れるソフィアの純白のローブが血で赤く染まっていく。
その瞬間…
迷宮殿の結界の外壁が一つ消えていった。
読んで下さりありがとうございます。
これは光と闇の挿話集 長編の1作目になります。
23/30話目です。
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