アコライト・ソフィア21
まだ操られていた…
『骨に包まれて、骸骨戦士の糧と成るがいい。ふぁはははははは……はぁ?』
黒法衣の笑いはあっさりと止まった。
ソフィアを包んだ骨片は光り始め、やがて雪が融けるように、霧や霞が晴れていくように消えてしまった。
『な、なにぃ?』
「…そう言えばまだ自己紹介していませんでしたね」
ソフィアは黒法衣が居る祭壇に向き直り、服装を直した。
「我が名は、ソフィア・フレイア。アィルコンティヌ寺院のアコライト。基本魔法はピュアリィ、つまり浄化でございます」
『なにぃ…聖者でもろくに憶える者が少ない浄化の術がベーシック・マジックだと?』
「…ということで。序でながら、この杖も自ら法力を持つものですから、私が打ち出す打撃自体が浄化の力を持ってますの」
にっこりと笑いかけるソフィアに骸骨達は後退りをし始める。
今は黒法衣も半魚人達も骸骨達もソフィアを睨むしか仕方がなくなっていた。
40.救出
「さて、もう終りかしら?」
ソフィアは黒法衣に問い掛けながら、ちらりと天井の鍾乳石の間のギゼルを見た。
(そろそろいいかな?)
心で人形達と話すソフィア。
(◎…いいよ)
ウェンディは水糸を出すと祭壇の上辺りの鍾乳石に投げ結んだ。
(○ギゼル。覚悟はええか?)
(おう! いつでもいいぞ!)
(★おしっ!そしたらやろうで)
(☆ソフィア。頼むで!)
(任せて!)
祭壇上の黒法衣を杖で指してソフィアは叫んだ。
「ところで、貴方の御名前は聞いてませんでしたわ。教えて頂けます?」
『なにぃ? 言った筈だが? 憶えていないのならばもう一度言おう。我が名はデオレマ・ダッド・ゲバード…』
「…の偽者さんね?」
『な…』
指摘され、言葉につまる黒法衣。
その時! 上から奇声を発し、黒法衣目掛けて飛び降りるギゼル。
「おりゃりゃりゃりゃあぁぁぁ…」
水糸に捉まり、振り子のように祭壇めがけて降りていくギゼルは黒法衣に蹴りを出した。
『ひぃっ!』 慌ててしゃがみ込む黒法衣。
「おりゃあぁ……ありゃ?」
ギゼルの蹴りは空を切り、降りてきた反動でそのまま向こうへと振り上がる。
『…なんじゃ? あれは?』
上へと遠ざかっていくギゼルを見て唖然とする黒法衣。
「…ノランさんとミクラちゃんを返して頂きに上がったのよ」
思わず下を向き、頭を抱えるソフィア。
『…確かに上がったな。天井に…』
見上げる黒法衣に、気を取り直し、髪を振り上げて毅然と問い直すソフィア。
「とにかく、貴方は誰なのかしら? 仮面を取りなさい!」
ソフィアは指先に絡んだ髪に術をかけ、霊精で固めて黒法衣に投げつけた。
『ぉうっ!』
霊精で固まり水晶のような針となった髪は黒法衣の眉間に突き刺さり、仮面を二つに割った。
「…しまった」
仮面の下から顕れた顔は間違いなく普通の人間。初老の…不自然ながらも若々しい雰囲気を持った…ただの男だった。
どよめく半魚人達。
『誰だ?』
『人間だぞ!』
『デオレマ様はどうしたのだ?』
「…少なくとも、リッチ、つまり幽体では無いわね。どなたかしら?」
「ううっ。憶えておれ!」
祭壇の裏に飛び降りようとした時、ギゼルが天井から帰ってきた。
「おりゃあ!」 「ぐぎゃ」
今度は見事に蹴りが決まり、祭壇を転げ落ちる偽黒法衣。はしゃぐギゼル。
「やりぃ!」
が、蹴った衝撃か、水糸が結わえてあった鍾乳石がポキっと折れてしまった。
「あ?…ひゃあいっっ! てっいたっ! 痛ぁたたぁぁ…」
偽黒法衣に続いてギゼルも壇上の侍女共々祭壇の階段を転げ落ちてきた。
偽黒法衣は勢いよく岩壁まで転がり頭を壁に打ちつけて気絶している。そしてギゼルと侍女が転げ落ちた所は祭壇下のノラン達が縛られている十字架の所だった。
「いててて…ん?」
気絶した侍女の胸の下敷きになっていたギゼルは…何故か真っ赤になる。
「…あっ、ミクラ。大丈夫か?」
ギゼルは頭をさすりながら、侍女の下から抜け出してミクラが縛り付けられている十字架に近寄り声を掛けた。
ミクラはギゼルを涙いっぱいの目で見ているが猿轡のためか声が出ない。
「…不可抗力だよ」
何故か変な釈明をするギゼル。
「ギゼルくん! 縄を切るのよ。早く!」
「おぅ!」
ギゼルは気を取り直して素早くミクラ達の縄を切っていく。
「よしっ、これで…ぐふっ?」
ギゼルが最後の縄を切った時、背後から首を絞めたのは…ミクラだった。
41.呪縛
「な…なに?…げふっ」
驚き、そして呼吸ができずにもがくギゼル。
「ミクラちゃん。何してるの!」
ソフィアは祭壇下に近寄ろうとしたが半魚人と骸骨達に阻まれて行く事ができない。
「ギゼル…お願い…逃げて…体が…いう事を…きかないの…」
泣きながらもその手をギゼルの首に食い込ませていくミクラ。
近づけないソフィアは人形達に声をかける。
「サーラ、アェリィ、ノーラ、ウェンディ! 何してるの? 早くギゼルくんを助けるのよ! …どしたの?」
人形達は階段の途中で気絶している。どうやら、ギゼルが祭壇から転げ落ちた時に離れてしまったらしい。
「しょうがないわねっ!」
ソフィアは両手を頭上で交差させながら呪文を唱えた。
「死ね!」
この時をチャンスとばかりに襲いかかる半魚人と骸骨達。
「やぁぁぁぁ!」
がごぉぉぉん。
「ぎゃん!」
透明な壁に顔面を打ちつけ、もんどり打って地面に転がる半魚人達。
「やぁね。障壁結界ぐらい既に張ってるわよ」
障壁の中から外で蠢く半魚人達を横目にソフィアは両手を振り下ろした。
「届け! ボォルテ・ウィップ!」
両手から振り出された風の鞭は、障壁を透り抜け、半魚人達を包むように左右から迫った。
「槍を地面に立てろ!」 半魚人の誰かが叫ぶ。
びしゅゅゅゅぅぅぅぅぅぅ
電撃鞭の威力は三叉槍を伝って地面に逃げ、半魚人達が痺れることはなかった。振り向くと一際長い三叉槍を持った半魚人。
「あら? 一昨日御会いしたばかりなのに懐かしいですわ。ネダさん」
半魚人はにやりと笑う。
「ほほぅ。俺達を見分けることができるとは素晴らしい。だが、得意の魔法はもう効かないぞ」
不敵な笑みを浮かべるネダにソフィアも負けずに笑い返した。
「あら。風の術は得意な方では在りませんし、ちゃんと届いて効いてますわよ。ほら」
ソフィアが指差したのは、気絶しているギゼルとミクラ。さらに奥には電撃のショックで目覚めた人形達。
「途中で皆さんが程よく威力を削って頂いた物ですから、ミクラちゃん達を傷つけずに済んだようですし、サーラちゃん達をちょうど目覚める程度になりましたわ」
「うぅぅぬ。ならば、もう一度、生贄達を取り押さえろ! ミダル達もだ!」
半魚人達に命令するネダ。時を置かずに半魚人達は罵声を張り上げて気絶しているギゼル達に襲いかかる。その罵声が響いている中、ソフィアはネダにゆっくりと聞いた。
「あら? ひょっとして御偉いのですか?」
「おぅよ。我が地位は将軍。ここに居るのは全て我が配下の者達だ」
ソフィアは小首を傾げた。
「将軍が姫様を亡き者にしてよろしいので?」
「ふん。あのような平和ボケた姫やネゼ侍従長なぞに従う謂われは無い! この地の人間共を根絶やしにし、我らがニクシーの王国を築くのだ! その為に生贄になって頂くのだからな。我が一族への忠義はちゃんと尽くしているのだよ」
「…随分と身勝手な忠義ですのね」
「ふん。貴様に言われる筋合いは無い。…しかし、随分と落ち着いているな? あの人間共はもうじき捕まるというのに。諦めたのか? ふん。殊勝な心掛けだな」
ふふんと鼻で笑うネダ。そのネダにソフィアは笑い返した。
「ちゃんと確認なさったら如何でしょう?」
ソフィアが後ろの十字架の方を手でひらりと示す。
ネダがソフィア越しに見ると…半魚人達は全員、伸びて山になったり、岩壁に張り付いてたりしていた。
「なにぃ?」
目を丸くして驚くネダ。
「サーラは火の精霊。アェリィは風の精霊。ノーラは土の精霊。ウェンディは水の精霊。貴方達、ニクシーさんが束になってかかっても、物の数では在りませんわ」
ソフィアの説明を聞いてもネダは俄には信じられなかった。
「しかし、どうしてこんな…あっさりと」
『★判らんおっちゃんやな』
半魚人の山にちょこんとサーラが乗っかって説明した。
『★アンタらニクシーの弱点は火やろ?』
『◎…水の術はワタシが無効化できるし』
『○槍なんぞの攻撃はウチの結晶結界で防げるし』
『☆まとめて放り投げて壁や地べたに叩きつけたり、電撃で気絶させるんがアタシの得意な術やし』
そこまで言うと人形達は勝ち誇ったかのように腕組みしてネダを見下ろし、声を揃えた。
『★☆○◎…ということで、当然、こうなる訳やね』
読んで下さりありがとうございます。
これは光と闇の挿話集 長編の1作目になります。
21/30話目です。
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