アコライト・ソフィア19
腐泥の洞窟にいたのは…
36.焔蛇
「…随分と巫山戯た相手ね」
『★そやな。腐泥の洞窟て、西の尾根にあるとかいう腐泥の沼の洞窟の事かな?』
「そうでしょうね」
『☆ところで、こいつらどないする?』
周りを見ると本棚や机の焔が蛇の形に戻り、ソフィア達を睨んでいる。
「そろそろ、本は食べ飽きたようね」
『○封じる?』
『◎…凍らせようか?』
「こんな相手にみんなの力を使う事は無いわ」
『★そしたら、どうするん?』
「こうするの!」
ソフィアは竜髭靴に気を送り飛び上ると部屋を飛び出した。文字通りに飛んで。
『★こ、こないな狭いとこを飛ばんでもええやん』
「時間がもったいないでしょ!」 ソフィア達は出口に向かって飛び続けた。
後ろから焔蛇が奇声を上げながら追いかけてくる。
『○けど、この先にキメラ達が…』
最初の角を曲がるとそこに一つ目の巨人。
「ヴェ・レェイ!」
ソフィアが唱えると同時に杖の先に閃光が走り凄まじく光る宝珠が顕れた。
「ぐゅおぅおぉぉ」
暗闇に馴れた目には強烈すぎる光に一つ目の巨人は目を覆う。その脇を飛びながらすり抜けるソフィア達。
『★なるほど聖火燈の魔法やな』
『○聖火燈の光には浄化の力も在るもんな』
強烈な光と浄化の力で小さなキメラは蒸発するように消えて行く。
『☆…んでも、アタシ達も目を開けられんけど』
「ここまで来る道はちゃんと憶えてるわよ」
目を閉じながら飛ぶソフィア。
『○化けモンはどうやって避けるん?』
「気合よ!」
『◎…え?』
青ざめる人形達。気合だけでこの先、キメラ達にぶつからずに飛べるのだろうか?
「あ、違う。気配よ。それと殺気」
『★んでも、こいつら気配、無いで』
「だから、気配の無い殺気が擬似生命のキメラの特徴よ」
『☆なるほど…あ、判ってきた』
ソフィア達はキメラ達の脇をすり抜けて飛び続けた。その後ろで、焔蛇に呑み込まれ燃えていくキメラ達。
『○んでも、焔蛇はどないするん? …段々、大きくなってきたで』
焔蛇はキメラ達を呑み込みながら成長していく。数多く居た焔蛇も次第に数が減り今は一匹だけになり既に胴は廊下の幅いっぱいの大きさになっている。
『☆合体しているし…強力になってるな』
「そうね。最後ぐらいは御相手しましょ。やあっ!」
最初の扉の前に辿り着くと地面に降りて、ソフィアは杖の先の光の宝珠を黒き焔蛇に投げつけた。
「どう? 聖火燈の御味は?」
それを事も無げに呑み込み、何事も無く進み来る焔蛇。
「…あら?」
『★「あら?」やあらへん!』
『☆どないするんやっ?』
「こうしましょ」
ソフィアは両手を突き出すと呪文を唱えた。
「…ルキュル」
両手から光の呪紋様で飾られた盾が地下道いっぱいに顕れた。焔蛇は呪紋様の盾にぶつかり弾き返され、地下道で悶えている。そして、向き直っては盾に向かって牙を立てるが、その牙も盾を傷つけることは無かった。
「この盾を霊体のまま、すり抜ける事はできないわ。邪悪な焔蛇さん。霊力がなくなるまでそこにいなさい」
『☆…なんや、こいつ霊体の焔なん?』
「そういう事。さぁ、行きましょ」
扉を開けソフィア達はホールに出た。そこには石像と青銅の像が並び立っている。
『○…あれ?』
『☆さっき、壊したんやなかったん?』
「取り憑かせた魂を浄化したんだもの。像は直しておかないと…」
ソフィアは天井の暖炉の穴の下を目差して歩き始めた。
『★時元修復の術を使ったん?』
「まぁね…それが、礼儀でしょ? …えっ?」
その言葉が終る前に後ろの扉が燃え出す。振り返るソフィアの目に映ったものは…
『○焔蛇!』
先程まで大きさは無いものの扉を喰い破った焔蛇が、ゆっくりと迫ってくる。
『★なんでや?』
『☆霊体だけや無かったんか?』
慌てて逃げ出そうとするソフィアの前の戦士の巨大な石像が動き出した。
『○な、なんで動くん?』
『◎…ちゃんと、浄化した?』
「したわよ! その後で直したんだから」
行く手を遮られ立ち止まり石像を見やるソフィア達。ソフィアを見ながら石の剣を逆手に振りかざす戦士の石像。ゆっくりとにじり寄る焔蛇。
『☆あかん、挟まれた…』
『★何で動くんや? この石像は!』
焔蛇と動く石像に挟まれ動けないソフィア達。そして、焔蛇が狙いすまして飛び掛かるのと石像が剣を振り下ろすのは同時だった…
「あら?」
『★あれ?』
『☆なんで?』
『○どして?』
『◎…石像さんが焔蛇を?』
石の剣が突き刺したもの焔蛇の頭。焔蛇は激しく蠢き、石の剣と石像に焔を巻きつかせていたが、やがて焔は消えて一匹の蛇へと姿を変えた。
「蛇を媒体にして霊体の焔蛇を召喚したのね」
『☆実体分が…それだけに纏える分だけが対魔光盾を透り抜けたんか』
『★それにしても何で動いたん? この石像』
『◎…恩を返したんじゃない?』
『○そかな? そんなの聞いたことあらへん』
ソフィア達が見上げる石像は剣を地面に突き刺したまま動きが止まっている。
「きっと、この像に取り憑かされていたのは不器用な剣士さんだったんでしょ。まったく…せっかく浄化したのに。天の場所が判らないで戻ってきたんじゃない?」
『◎…まだ憑いてるの?』
「もう居ないわ。天の場所を思い出したんでしょ…」
『★そか、不器用なんか…ソフィアの好みのタイプだよね』
『○えっ? そうなん?』
『☆だって、この前、惚れかけたんも…』
ごちっ
『☆いったぁ!』
「無駄口言ってないで。行くわよ。腐泥の洞窟に」
ソフィア達が暖炉の穴から飛び去ると、闇の中から蝙蝠がヒラヒラと飛び出てきた。その蝙蝠が触れた石像や青銅の像は音も無く崩れ落ち…蝙蝠は全ての像に触れると暖炉の穴から飛び出て行った。
後に残ったものは…地面に突き刺さった石の剣だけだった。
37.腐泥の洞窟
腐泥の沼は夜の空からは直ぐに判った。
夕日が伸ばす尾根の影の中に一際黒い場所、そこに湧き出したガスが燃えて鬼火となっている。畔に降りて見渡すと岸壁に洞窟の口が開いていた。空からは洞窟の上の岩が迫り出しているために見つけ難い場所だった。
『★ここが腐泥の洞窟か…』
『○…硫黄が吹き出すって、この沼の事やな』
「さあ、行くわよ」 洞窟の口に立ち止まりソフィアは呪文を唱えた。
「光よ聖なる力を持て闇と邪悪を祓い賜え。ヴェ・レィ・レェイ」
ソフィアの杖の先に光の宝珠が顕れ洞窟の中を照らし出した。
『◎…さっきより、随分小さいね』
「目眩ます必要は無いし、ゾンビぐらいだったらこの光を恐れて出てこない筈よ」
杖の先の聖火燈の明かりを頼りにソフィア達は歩き出した。しかし、幾つかの枝道を調べながら進むソフィア達はなかなか、先へとは進めない。枝道と思えない道もそれが先に続くかどうかは進んでみないと判らなかった。そして、何度目かの行き止まりに辿り着いた。
「ふう…ここも行き止まりね」
『○しゃあない。戻ろ』
『☆どっちにしろ、進むしかあらへんし…ぅおっと』
ソフィア達が元の道まで戻った時、何かが襲いかかってきた。頭上から振り下ろされた棒をソフィアは杖で防いだが、その衝撃で聖火燈は落ちて消えてしまった。
闇の中でソフィアは叫んだ。
「何者? 名乗りなさい!」
襲いかかって来た影は何故かすっとんきょうな声で応えた。
「名乗りなさいって…ソフィア姉ちゃん?」
「その声はギゼルくん! どうしたの?」
『★ゾンビと違うんか?』
「ひでぇ。俺は正真正銘ギゼル・ゼェダー・セドルだぜ」
再び杖の先に聖火燈を点し見るとギゼルが鉢巻き、胴帷子、木の盾、鉈を持って立っていた。さっき振り下ろされたのは棒では無く鉈だった。
『☆…危なぁ。間違ったら脳天割れてたで…』
『★そこまで言わんでも…んでも危なかったなぁ』
「本当よ。どうしてこんな所に?」
「どうしてって、俺、ノラン姉ちゃんとミクラを助け出しに…そういうソフィア姉ちゃんは何処へ行ってた? 俺はてっきりこっちに来たもんだと…」
「うぅん。領主の館の方に…でも、ギゼルくんは何でこっちだと思ったの?」
「だって、竜の石像ってこの中にあるんだぜ」
『★☆○◎…え?』
「竜の石像って西の森の何処かじゃ…」
「俺もそう思ったんだけど、今日、昼前にミクラが調子良くなった時にそういう話をしたんだ。竜の石像は西の洞窟の中にあるって」
ギゼルの話は混乱してる。それはミクラが隠したい何かを示していた。
(ミクラちゃんが? 何故、隠していたの? そう言えば…)
ミクラの亡き母親は巫女。ミクラがなりたがっているのも巫女。東の竜の洞窟に在ったのは…別の祭壇。もしも、男女別々の選礼式が行われていたのならば、男であるギゼルには知っている総て…女の選礼式の総てを話したくは無かったのだろう。
「…だから、今度、西の森で逸れたらこの洞窟の所に居るって言ったんだ…今日」
読んで下さりありがとうございます。
これは光と闇の挿話集 長編の1作目になります。
19/30話目です。
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