アコライト・ソフィア18
黒幕が姿を顕す…
仲間の破片の中で残った義理を果たすかのようにソフィアを睨みながら這い寄る。
片手片足が肘と膝から先が砕け落ちている石像は残っている腕と足で辛うじて立ち上ると石の剣を振りかざした。
「…どうぞ」
振り下ろした剣は石像が姿勢を崩し倒れかけた為にソフィアに当る事なく地面を叩き、砕ける。再び起き上がろうとする石像の頭に手をあててソフィアは呟いた。
「…忠実なる魂よ。今ここに呪縛を離れ、天に召されよ」
手から放たれた光が石像の中を透り抜けると、石像はバラバラに崩れ落ち、動きを止めた。
「…さようなら」
ソフィアは扉を開け中に入る時、石像達の部屋に紫色の光珠を放ち、扉を閉めた。
34.実験室
扉の中は細長く曲がりくねった廊下。
廊下の壁や天井に微かに光る光苔。淡き苔の光で判るのは廊下の両側に扉の無い小部屋がずっと奥まで並んでいる事だけだった。
ソフィアはすぐ近くの部屋の中を窺う。
部屋の壁一面に棚が設えてあり、棚には大小様々な硝子の瓶。天井と床の光苔の灯に微かに照らし出されているのは硝子瓶の中の透明な液体と、その中で揺らいでいる不気味な生物。
ヘビの頭を持つ鳥。翼を持つ魚。八つ目のトカゲ…
「キメラ?」
『★ほんまや。気色悪ぅ』
サーラが背中の刀身を入れている袋鞄からひょいと頭を出した。
「あら? 居たの?」
『☆居たの?や、あらへんがな。またウチらの事を忘れてたやろ? せやろと思って刀の袋の中に潜り込んだんや』
『★んでも、さっきまでは声もかけられん程、気合入ってたもんなぁ』
『○ほんまやで。下手に声かけたらウチらまでどっか飛ばされそうやったもん』
『◎…ソフィアとワタシ達は一心同体だからね』
「そう…そか。そだね。ありがとう」
『★ええって。それにしても気色悪ぅもんが置いてるんやな…』
『☆この並んでいる部屋に全部こんなんが在るんやろか?』
『◎…ミクラちゃん達はどっかの部屋に居るのかなぁ』
『○行ってみよ』
「うん」
部屋の中を確認しながら進むソフィア達。
奥に行くに従って部屋の中の瓶は大きくなり中身は段々と不気味さが増していく。
『○うぅぅ、気持ち悪さが胸一杯やわ』
『☆今夜の御飯は要らへんわ。こんなん作ったんは絶対、変質者やで』
そして、幾つ目かの角を曲がると…
『★ぎゃあぁぁ』
目の前の部屋に背の丈より大きな瓶。中には一つ目の巨人が不自然な形で押し込まれている。
『☆サイクロプス?』
「…違うわ。サイクロプスならば子供でも、もっと大きいし、仮にも神族だから、こういう風に捕まる訳が…これは…」
『○ひょっとして人間の…人間を使ったキメラ…?」
『違う』
不意に不気味な声が響いた。
『それはホムンクルスを使った物じゃ。擬似生命という奴だが…』
「誰?」 ソフィアの問い掛けには応えずにその声は続いた。
『そもそも、生命とは何だ? 幾多の生命が生命であるという理屈と作り出された生命が生命でないと言う理屈は相容れない…矛盾しているのじゃよ…それは生命そのものの存在が矛盾しているのと同じようにじゃ』
『◎…奥の方から聞こえる。ソフィア。行こう』
「うん。落ちないように隠れてて」
人形達が襟元や背中の袋鞄に隠れると奥に向かって走り出すソフィア。
廊下の両側の部屋に垣間見える瓶には擬人的な神話的なキメラが見える。双頭のワシの顔を持つ体。腕と足が無数の蛇になったもの。腕の数が多いとか、足が鷲のような鋭いつめを持つだけのものは、むしろまともに見える。そんなもの達が見渡す限り続いている。
ソフィアがその中を走り続ける間も不気味な声は続いた。
『…擬似と言われながらも生命は生命。その生命を無限に作り出せるのならば、生命そのものはとるに足らない物。そう思わんかね?』
「思わないわ!」
『…とるに足らない命を自由に扱える者。それは神ではないか? そして、擬似ながらも生命を自由に扱うワシ等も…神ではないのか?』
「違う! 命を弄ぶ者が神ではないし、神に近い者とも認めないわ!」
『ワシ等は神に近づくために様々な実験を行った。そして、自由に命を扱えるようになり、神と同一となった。そして、その証として不死の力を手に入れリッチとなった』
幾つもの角を曲がって走り続けると、長く真っ直ぐな廊下が顕れた。向こう端に見えるのは重厚そうな扉。
「不死になるのはバンパイアでもゾンビでも一緒よ。自分でゾンビになった者を誰も神とは呼ばないわ」
『神の力を恐れぬ者よ。我が力の前に平伏すがいい』
「平伏すのはそっちよ!」
ソフィアは走り寄った勢いで扉を蹴破った。
「でぇえぃいぃ!」
35.黒法衣
蹴破られた扉はそのまま部屋の反対側の壁まで吹き飛び、バラバラに壊れた。
『ほほう。最低限の礼儀もわきまえぬと見える』
「…アナタには相応しいと思うけど?」
その部屋にはいくつもの本棚が並び立ち、さながら寺院の図書室のよう。
本棚には幾多の古文書、魔導書。本棚が並び立つ奥に小さな机が一つ。そこに黒地に金糸で飾られた法衣を纏い、椅子に座って書物を読みふける人影。その影は本を閉じると、ゆっくりと立ち上った。
『扉を蹴破るという礼儀が存在するとは聞いたことは無いが?』
ソフィアを見るその顔は法衣に隠れ、影になって見えなかったが目だけが鋭く、呪われたかのように赤黒く光っていた。
「悪人にはしてもいいのよ。知らなかった?」
鼻で笑うように言放ち睨みかえすソフィア。影はくっくっくっと喉奥で笑い両手をソフィアの方に突き出した。
『申し訳ないが、既に「人」を超越しておるのでな。そのような事は知る必要も無いのじゃよ』
突き出した掌が光を吸い込み、揺らぎ始めた。
「ならば、これから骨身にしみるぐらい教えてあげるわ」
杖を両手に持ち身構えるソフィア。密かに呪文を唱えながら。
『その言葉が実現されることは無いだろう』
掌から無数の黒き焔が蛇のように吹き出し、ソフィアに襲いかかった。
「邪悪なるものよ。聖なる光の前に退け! ルー・ルキュル・ルキュラ」
ソフィアは半身を返して左手を突き出し、呪文を唱えると手の前に光の呪紋様で飾られた盾が顕れ、鈍い金属音を響かせて黒き焔蛇を事も無く弾き返す。焔蛇は周りの本棚や机に喰い付き、黒い焔となって燃え始めた。
『ほほぅ。流石に言うだけの事は在るな』
「お誉めに預り光栄ですわ」
黒き焔の中、対峙する二人。
『黒蛇喰焔に本を喰わせるとはな…先程のように対魔障壁で防ごうとしたのならば壁が消えるまで…いつまでも焔蛇が待って居たものを…』
「対魔法術において白魔導師が間違うと御思いで?」
黒法衣は手をだらりと降ろし、袖の中から黒水晶の数珠を取り出した。
ソフィアは左手の盾を構えたまま、右手の杖を逆手に持ち変える。
『だが、白魔導師の悲しさよ。防御はできても攻撃はできまい?』
「どうかしら? 白魔法は最強ですから」
言い返すソフィアの言葉に、くっくっくっ、と笑う黒法衣。焔に照らし出されたその顔はまるで髑髏。不気味なミイラのような表情だった。
『…そう言えばまだ名乗っていなかったな。我が名はデオレマ・ダッド・ゲバード。リッチとなってから名じゃが』
「”死の誕生の定理”とは随分と気取ったお名前ですのね?」
『くっくっくっ…不死となり真理を追究し、そして神となる。その為に…』
「その為に幾つの命を奪ったのです?」
『奪ってはいない。形を変えただけ…変換したのだよ。ありふれた命を素晴らしき生命体に…ここまでの小部屋の中で素晴らしき実験成果を見たのだろう?』
「アレが素晴らしい物とはとても思えませんわ」
『ほう。では、その身を持って知るがよい』
黒法衣は数珠を壁に向かって振り上げると数珠から黒い矢が飛び出し、壁に吸い込まれて行き…廊下の方から硝子が砕ける音が鳴り響く。
「…壊した?」
『違う。生き返らせたのだよ。ただし、ほんの少しの命だけでな』
「生き返らせた?」
『そう。そして、生き長らえる為に命を奪い合っている。くっくっくっ…』
廊下から不気味に蠢く音と奇妙な叫び声と…断末魔の叫び声が響き始めた。
『御主がどうやってここを抜け出すのか…楽しみじゃ』
黒法衣の姿は揺らぎ始め、やがて黒き焔の中に包まれた。
『焔蛇も本は喰い飽き始めたようじゃ…廊下にはキメラ達。さて、どうする? くっくっくっ…逃げ道は無い。くっくっくっ…』
「待ちなさい! ノランさんとミクラちゃんはどうしたの? 応えなさい!」
ソフィアは焔の中に消えて行く黒法衣に向かって叫んだ。
『くっくっくっ…腐泥の洞窟で儀式が始まるのを待って居るよ。そうそう、君も招待しよう。もっとも、ここを無事に抜け出す事ができればだが…くっくっくっ』
焔の中の声は小さくなって行く。
「招待なさった以上、私が行くまでは始めないのでしょうね?」
『どうかな? 淑女は時間を守るものだよ…』
声は消え、本棚の黒き焔は焔蛇の形に戻り始めていた。
読んで下さりありがとうございます。
これは光と闇の挿話集 長編の1作目になります。
18/30話目です。
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