アコライト・ソフィア17
強制召還っ! ソフィアは領主の館跡へ…
『☆えぇっとね…領主の館跡にはいつ行くん?』
「…そうね。ミクラちゃんとノランさんが元気になったら…明日かな?」
『○明日?』
「そうよ。結局…多分、瘴気はその人達の仕業だと思うけど、今の所、瘴気を出しているしか悪さしてないし。これ以上、ノランさんを呼び出す事も無いでしょ。ノランさんも行かないだろうし」
『★☆○まぁ、そかなぁ』
「だから、ゆっくり力を溜めてから懲らしめに行きましょ」
ソフィアは空を見ながらゆっくりと指を鳴らした。その表情には静かに決意と気合いが漲っている。
決意の程を感じとって人形達はたじろいだ。
(★☆○…ソフィアが暴れる気やで)
(◎…また、壊しまくるのかなぁ)
「なんか言った?」
ソフィアのジト目に人形達はびびって話題を変えた。
『★な、なんで、さっきノランさんの事、かばったん?』
「ノランさん? …あぁ、ミクラちゃんとのやり取りね。別に荒立てる事も無いでしょ。ミクラちゃんもノランさんの立場は判っただろうし。ご老人の気をこれ以上には…」
『☆でも、納得してないんとちゃうか?』
「どうして?」
『○だって、騙されてたにしても、ノランさんがミクラちゃんの両親を…』
「しっ。誰か来たわ」
ソフィアがアェリィの話を遮って物干場の入り口を見やるとちょうどギゼルが顔を出した。
「あら。ギゼルくん。どうしたの?」
「ミクラが…ノランねぇちゃんが変なんだ。ちょっと来て!」
32.強制召喚
下に降りて廊下を通り抜けると暖炉の部屋。
その部屋のソファで寝ているノランとミクラの所に辿り着いたソフィアは息を呑んだ。
今朝方、碧玉胡桃のスープで体調を戻した筈の顔色がおかしい。普通の肌色にまで戻っていたが、今は真っ青に蒼ざめている。
「…そんな。あのスープには毒は無かった筈…」
「それは間違い無い。一緒に飲んだワシ等が何にも無いのじゃから…」
老人も青ざめてノランの手を握り締めている。
ふと、ノランが目を醒まし辺りを見回した。
しかし、その表情には恐怖だけがあった。
「ここは? ここは何処なの?」
「ここはワシ等の家じゃ。どうしたノラン。大丈夫か?」
「違う。ここは家じゃない。ここは祭壇? おじいさん? 何処に居るの? 聞こえるけど見えない…」
「ここじゃ。お前の手を握っているぞ」
「手…? 嫌だ、何にも感じない。」
「ノラン!」
「ノラン姉ちゃん!」
「ノランさん。気を確かに!」
「あぁ。おじいさん、ギゼル、ソフィアさん。…助けて。 おねがぃ…」
ふぅっと、まるで空気に溶け込むようにノランの姿は消えてしまった。後に残ったのは、かけてあった毛布だけ…
「そんな、消えてしまった…」
「そうだ、ミクラ!」
ギゼルの声に弾かれたようにミクラを見ると…
「ミクラ…」
ミクラの体は布団を被ったまま宙に浮いていた。
「ミクラちゃん?」
ソフィア達は立ち止まったまま動けなかった。老人も言葉も無く立ちつくすしかできなかった。
ミクラが振り絞るように叫ぶ。
「おねぇちゃん? 助けて…体、動かないの…変な焔が見える。誰? …そこに居るのは?」
「ミクラっ! 今、助けるぞ!」
ギゼルとソフィアは浮いているミクラを掴まえようと近づくと同時に、ミクラの体は回転し始めた。
「ぎゃあっ!」
「きゃおっ!」
ギゼルとソフィアが掴んだのは布団だけ。弾かれて二人とも壁に飛ばされてしまう。
「ミクラちゃん。ちょっと待ってて!」
立ち上がろうとした時、ミクラの体は声と共に消えてしまった。
「きゃあぁあぁあぁぁぁぁ…」
「ミクラぁぁぁぁ!」
ギゼルの叫び声はミクラが消えた後の静寂を際立たせるだけ。そして…静寂を破ったのはソフィアだった。
「…私、取り返してきます」
立ち上がり、自分の荷物が置いてある部屋に向かった。
ソフィアには消えた理由が判っていた。
(…あれは強制召喚法術。嫌がる人を勝手に召喚するなんて…)
召喚術の中では難しい部類に入るこの術を使う以上、相手の力量はかなりの物と推測された。が、それ以上にソフィアは怒りを抑えきれずにいた。
(年端も行かない女の子を勝手に召喚するなんて…)
召喚した理由も想像できた。
(許さない!)
ギゼルが聞いたノランと黒マントの話。
《魂を吸い取ったのはワシ達だ》
何らかの理由で魂を集めている者達。
そのために村を焼き払った。
そのために瘴気を放ち、木や精霊の命を削り続けた。
そのために竜退治の依頼を…
そのために…そのために…
ソフィアの中で様々な出来事が一本の糸になって繋がった。
「許さない!」
ソフィアは荷物の中から袋を取り出すと、様々な装飾品を取りだし、身に着け始めた。
聖魔絹で作られ銀糸で呪紋様が飾られた白魔導師のローブ、ロンググローブ。銀地金に水晶で飾られたブレスレット、アンクレット、胸にブローチとネックレス、ピアス、髪飾り、そして額に一際大きい水晶を飾りたてたブローチ。
ブローチを下げる鎖にも水晶の飾りが下がっていた。
そして、それら水晶の中に刻まれた呪紋様は服の呪紋様とソフィアの法力に共鳴して眩く虹色に輝いている。
最後に金竜から授かった盾と竜髭靴。
杖を持ち、形見の刀身が入っている袋鞄を背負った。
部屋を出ると暖炉の部屋で呆然としている老人が居た。
深々と頭を下げて決意を告げる。
「私の力不足。注意不足で、このような事になりまして…すみません。これから二人を連れ戻しに参ります」
言い終るより早く、ソフィアは家を飛び出した。未だ見ぬ敵へと。
33.領主の館
空を飛び、館の焼け跡につくと真っ直ぐに暖炉に向かう。
暖炉に近づきながら右手で杖を回し、そのまま横殴りに暖炉を叩き壊す。
石の暖炉はまるで脆い土器でできているかのように砕け散った。
ソフィアは無言のまま、杖を握り直すと暖炉の床を一撃で衝き壊す。
壊し開けた穴から飛び降りると、地下の空間にふわりと舞い降りた。
ソフィアを埃っぽい湿った空気が包み、闇の中に無気味な殺気と何者かの存在を伝えた。
「ライティ!」
呪文と共に左手から飛び出した光は火花と光の粉を撒き散らして湿った空気を引き裂きながら突き進み、壁にぶつかり砕け散る。
辺り一面に飛び散った光はソフィアの周りに数多くの巨大な石像や青銅の像を浮かび上がらせる。
像は戦士や禍々しい化け物の姿をしている。
しかし、光は像以外の存在を映す事は無かった。
ならばこの殺気は?
巨大な石像達を一瞥してソフィアはふっと笑って言った。
「…いいかげん動いたらどうかしら?」
その声に反応するように一斉に全ての像が軋みながら動き出した。
動く石像、リビングスタチューとは術者が侵入者を排除する為に擬似的な生命を石像などに吹き込んだ物。当然のごとく攻撃は打撃だけだが力は強く、また、魔法防御も高い。青銅でできた物は内部に油や毒液を仕込まれ、焔や毒を吐き出す場合も多い。
石像の戦士達はソフィアに詰め寄りながら、石の剣を振りかざした。
それを無表情に見つめるソフィア。
石像が剣を振り下ろした時、ぶつかる寸前に小さく呪文を唱えた。
「…ドメイン」
ばきぃいぃぃん
鈍く響き渡る音。
それは振り下ろした石の剣が砕け散った音。
石の剣はソフィアに届く事なく、粉々に砕け散り、そして、飛び散る石片すらもソフィアに降り懸る事は無かった。
驚く石像達。戸惑いを振り払うかのように別の石像がソフィアの脳天めがけて拳を振り下ろした。
べきぃいぃぃん
石の拳もまたソフィアに当る前に何か透明な壁にぶつかり脆くも壊れた。
「悪いけどその程度の力じゃ、私の障壁結界を破ることはできないわ」
たじろぐ石像を押し退け、青銅の魔物の像達が取り囲み、その大きく裂けた口から焔と毒霧を吐きつけた。
が、全てソフィアの障壁結界に跳ね返される。
障壁はドーム状にソフィアの周りに在り、全ての方向からの攻撃を跳ね返す。
幾度と無く攻撃する石像達。だが、全ては無為と消えた。
障壁の中でソフィアは静かに辺りを窺っていたが蠢く石像達の後ろに目指す物を見つけた。
(…扉だ。あの向こう側に…)
ソフィアは扉を凝視しながら、石像達に別れを告げた。
「悪いけど、そろそろ終りにしましょう」
ソフィアは両手を広げ、障壁に掌をつけるとゆっくりと呪文を唱えた。
「…障壁よ、光の飛礫となり嵐の中で邪悪を打ち砕け。リィ・ダルーネ・ド」
障壁の外壁が音も無く飛び散り、小さな光の飛礫となってソフィアの周りを回り始め、やがて竜巻となって石像達に襲いかかった。
ごおぅうぅぅぅ…
光の嵐の中で石像達は無機質な音を立てて砕け散り、石屑と青銅の板切れに変っていく。
光の飛礫は青銅像に仕込まれていた毒をも蒸気に変えて消していく。
やがて静寂が訪れ…
毒の蒸気と焔と油の残り香だけが石像達の名残となって地下に漂っている。
無言のまま、扉に向かって歩き出したソフィアの後ろで不意に石が軋む音がした。
「………?」
振り返ると石屑と青銅の板屑の中から壊れかけた石像が這い出てきた。
読んで下さりありがとうございます。
これは光と闇の挿話集 長編の1作目になります。
17/30話目です。
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