アコライト・ソフィア12
竜の試練とは…
『すっきり? …だと?』
『★ソフィア。良かったなぁ、久しぶりに力を出せて』
『☆ほんまや。んでも物足りなかったんとちゃう?』
『○まぁ、ストレス解消にはなったやろ?』
「うん。まだまだ力は有り余ってるわよ」
(竜の傷を癒すのがストレス解消程度だと?)
竜はソフィアの法力がまったく消耗していないのを見て呆れてしまった。
(杖の力も使っていない。むしろ杖を法力の緩衝材として使っているようだ)
竜は自分の傷が癒った事よりソフィアの法力の大きさに感心しているとウェンディは天井を見上げながらソフィアに声を掛けた。
『◎…洞窟、壊れなくてよかったね』
「ウェンディ。さっきは聞き流したけど、それはどういう意味? …っ、きゃあっ!」
と、ウェンディに詰め寄ろうとするソフィアの目の前に大きな鍾乳石が落ちて砕けた。
『◎…そういう意味』
『☆危なぁ』
『○ま、とにかく治療は終わったし…』
埃を払って竜の方に向き直り、ソフィアは深々と頭を下げた。
「それでは、オロチ・ブラギーヌ…えぇっと…ラギダヌス…ザジ…」
『オロチ・ブラギーヌ・ザジ・ラダギヌス三世じゃ。オロチでいいぞ。人間』
「失礼しました。ではオロチ様。私達はこれで失礼いたします」
立ち去ろうとするソフィア達をオロチは呼び止めた。
『待てい。人間』
呼び止められたソフィアはオロチの無礼な物言いにちょっと怒りながら振り向いた。
「私の名はソフィア・フレイアと申します」
『判った。ソフィア・フレイア、そう怒るな』
「それで何か御用でも?」
『人界に棲もうともワシはこれでも神獣の端くれ。黙って帰す訳にはいかん。神獣として、そなたに試練を与えねば立つ瀬が無いのじゃ』
ソフィアと人形達は顔を見合わせて溜め息をついた。
『★…やっぱり試練や。せやから言葉を話す竜と会うのは嫌やったんや』
ソフィアはもう一度、溜め息をつくとオロチに聞いた。
「治療は試練にならないと言う事ですね?」
『すまんがそういう事じゃ。まぁ、そう嫌がるな。さて…白魔法師ならば謎かけは殆ど応えられるだろうからして…』
暫くの間の後、オロチは尻尾を高く振り上げて鋭く振り下ろすと一枚の鱗が剥がれ落ち、地面に突き刺さった。
『★ひぁあ。危なぁ…硬そうな鱗やなぁ』
『○これが試練かな?』
「これをどうしろと?」
ソフィアは地面に突き刺さった背の丈ほどの大きさの鱗を見ながら確認した。
『二つに、いや四つに切ってもらおうか』
「私は白魔法師。白魔法の道を歩んだ者は剣の類を持てない…故の試練という訳ですね?」
『そうじゃ。まぁ、例え剣士だとしてもワシの鱗を切る事は容易くは無かろうがな。手段は問わん。風の精霊の力を借りてもかまわんぞ』
ソフィアはアェリィと真剣な表情で顔を見合わせて、そして笑いだした。
『☆オロチのおっちゃん。これを切るぐらいやったらアタシの力はいらへんわ』
『○ソフィア一人で充分やで』
『なにぃ?』
『★まぁ見とき』
ソフィアは鱗に近づくと杖でちょっと叩いた。
「この硬さなら大丈夫ね」
『言っておくが、杖で砕くのは無しじゃぞ』
「御心配なく。ちゃんと四つに切断致します」
ソフィアは杖を片手でくるくると回しながら鱗からちょっと離れた。
(それにしても自分の背丈よりも長い杖をあのように指先だけで扱えるとは……腕力や握力の方も並みの人間ではないな)
オロチがソフィアの力に感心している間にソフィアは鱗の方を振り向き、杖の中程を両手に持ち高く掲げて精神統一して低く呪文を唱え始めた。
人形達はオロチに近づき言った。
『☆オロチのおっちゃん。よく見とき』
『★珍しい物が見えるで』
『ほほう。楽しみにしておこう』
竜の言葉が終わると同時にソフィアの杖の一方が光り始めた。
「霊精よ。我が意思の元に集い姿を顕し、今異なる二つを一つとせよ」
ソフィアは光っている杖の一方を背中の袋鞄の中に入れて呪文を続けた。
「フィジョン!」
杖全体が光り輝き、袋から出された杖の端には大きな刀刃が付いていた。
『な、なにぃ? なんじゃ? その刃は?』
問い質すオロチにソフィアはにっこりと笑って応えた。
「私の父の、いえ家族の形見ですわ」
『いや。何故にその杖に刃物がつくのじゃ?』
『★ソフィアのオリジナルの魔法やで』
『○ソフィアは杖を持っているだけで、杖に刃物が繋がってるだけなんや』
『☆杖とあの刃物を霊精の綱で堅く繋いであるんや。「融合」の術でも繋げんモノ同士やで』
『◎…薙刀は持てないけど刃物が霊精で繋がっている杖は持てる。そゆこと』
白魔導師は短刀はおろかあらゆる刃物を素手で持つことはできない。それは神の力である白魔法を使うために自ら戒めた事。自戒故に逃れる術はない…筈。
『しかし、あれはまるで薙刀…』
吃驚しているオロチに人形達は言葉を荒げた。
『☆ごちゃごちゃ言わんと見てみい』
『★薙刀やったら今頃ソフィアの手は火傷しとるで』
『○なんにも起きないということはアレは杖という訳や』
確かにソフィアの手は何事も無く杖を掴んでいる。ソフィアはオロチの方を見て静かに笑いながら鱗に近づいていく。ちょうど杖の長さ程度に近づいた時、杖を一気に振り下ろす。鈍い金属音が響きと共にちょっと飛び上がり杖を体ごと水平に振り抜く。ソフィアは鱗に背を向けて音もなく着地すると杖で地面をトンと叩いた。
ず、ずずぅん
鱗はゆっくりと動き始め、見事に四つに分れた。
『★やりぃ』
『☆見事な切れ味やな』
『○ほんまや。あれ以上の太刀筋は滅多にお目にかかれんで』
人形達が騒ぎ、オロチが驚きの余りに沈黙する中、ソフィアは杖に付いている刀刃を背中の袋鞄に入れて呪文を唱えた。
「レディクテ」
杖と袋が光る。ゆっくりと輝きが消えてから、袋鞄から出した杖からは刀刃が外れていた。
「これでよろしいのでしたよね?」
にこやかに問い質すソフィアにオロチはたじろぎながらも認めるしかなかった。
『ん、む。何はともあれ、確かに鱗は四つに切断された。見事じゃ』
「では、これで失礼します」
たおやかに一礼して立ち去ろうとするソフィアをオロチは呼び止めた。
『ちょっと待てぃ』
「まだ何か?」
振り返るソフィアの眉間のシワがあからさまな嫌悪感を示していた。
『そう嫌がるな。見事に試練をこなした以上、褒美を渡さん事には立つ瀬がない』
人形達は顔を見合わせた。
『★褒美やて』
『☆なんか勝手やな』
『○まぁええやんか。なんか貰うておこうで』
ソフィアはきちんとオロチの方に向き直り静かに聞いた。
「それで、何を御譲りいただけるのですか?」
『そうさな…何か欲しい物はないか?』
ソフィアの欲しい物は決まっている。しかし、それが適うとは思えなかった。
『確かに、失われた記憶は無理じゃ』
オロチの言葉にソフィアは驚いた。
「何故、それを?」
『これでも神獣じゃ。そのぐらい強き想いならば声に出さずとも判る』
「そうですか…」
ソフィアには想いが判られた驚きよりも、想いが適えられぬ悲しさが大きく、目を伏せた。
『まぁ、ここはミダル達が考えている事を適えることとしよう』
「えっ? 何を考えてたの?」
『☆あのなぁ…』
『★そのなぁ…』
「何よ。はっきりしなさい」
『○怒らへん?』
「別に怒らないわよ。何?」
きょとんと尋ねるソフィアにオロチが代わりに言った。
『そこなミダル達は「安全に飛びたい」そうじゃ』
「えっ? 安全に? …ってアンタ達ぃ」
ソフィアがキッと睨むより先に人形達は逃げ出した。
『★だって飛翔界はいつまでたっても巧くならないやんか』
『☆そう何度も頭打ってられへんし』
『○こんなとこなんかで術使こうたら命が幾ら在っても足りへんし』
「だからって…ちょっと待ちなさい!」
ソフィアと人形達は石筍の間で追いかけっこしながら言い合う。
『まぁ、いいではないか。さっきの様子からして然程には空を飛ぶのは巧くはなさそうじゃしの』
「…見てらしたんですか?」
オロチの言葉にソフィアは立ち止まり赤面した。
『おぉさ。あれほど騒がれたら目を醒まさずには居られまい?』
「失礼しました」
ソフィアは赤面したまま頭を下げた。
『ま、あそこで横になっている人間の所でちょっと待っておれば望みは適えようぞ』
「あ、そうだ。ノランさん!」
『あの人間はワシが寝込んでいる時に来たらしいな。御主達が来るまで全く気付かんかったぞ』
『☆そや。なんでノランさんはここに来たんやろ?』
『★ちょうと様子見てこうで』
ノランの方に駆け寄る人形達の後を追ってソフィアも岩影の向こうに駆け出したが、礼儀を思い出したかのように慌てて立ち止まりオロチに挨拶をした。
「失礼します」
『よい。そうは待たせんが、覗かんようにな』
「判っています。私も神獣への礼儀はわきまえていますから」
ソフィアはにっこりと笑うと岩影に消えていった。
(ふむ。神獣に遭ったというのに落ち着いた娘じゃ。しかもあれほどの法力を持っているとは。あの杖を持つだけは在るか…)
オロチはあの杖をソフィアが持っている事を納得していた。
25.消えた二人
『☆なんか、戦闘天女みたいやな』
読んで下さりありがとうございます。
これは光と闇の挿話集 長編の1作目になります。
12/30話目です。
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