アコライト・ソフィア11
ソフィアの法力は…
「あぁ。痛ぁい…」
『★んでも…なんとか着地できてよかったやんか』
「ふぃぃ…まぁ、そうね」
『○ソフィア。あんな所に祭壇が在るで』
ノーラが指差す洞窟の奥まった所には小さな祭壇。斧と鎌と鎚が象られた装飾からは、その祭壇が鍛冶と木こり達の物だと言う事を示していた。
「それより、あの人を助けないと」
『○あ、そやった』
ロープの山に近づき、下敷きになっている誰かの足に触れてみるとまだ暖かかった。
「大丈夫。気絶しているだけね。怪我はどうか判らないけど」
『☆女の人やね。誰やろ?』
『◎…ソフィア、これ』
ウェンディが指差しているのはロープの山の下に埋もれている人の右手に握られている半透明の布に包まれた杖。それは…
「…私の杖だわ」
『☆…ということは?』
「ノランさん!」
『★やっぱり…んでも、なんでこんなとこに?』
ノランの右手には、杖を包んでいた薄汚れた水衣がまだしっかりと握られていた。
『☆…これ水衣とちゃうか?』
『○なんで、水衣を持ってるんやろ?』
「そんなことはどうでもいいでしょ。ノランさん、怪我は無い?」
ソフィアの問い掛けにノランは小さく呟くだけだった。
「…ギーゼ…ごめん…もう…私…耐えられ…ない…もう…」
『★何の事やろ? うなされとる…なんでや?」
「…打撲傷はあるけど大した事は無いし、外傷も無いし…骨折した訳でもなさそうね」
『◎…気絶しているだけ?』
「ちょっと違うみたい。…杖の法力を浴び過ぎて精神的に疲れているのかも」
『☆しかし、やっぱりノランさんが杖を持って行ったんか』
『★せやけど何の為や? 普通の人間には何の役にも立たへんで』
『○何処ぞの誰ぞに売っ払うとか?』
『★せやったら、その誰ぞは誰やねんな?』
『☆んな事、判るかいな』
『★判らんで済ますなや』
『○普通の人間やったら持っても仕方ないし、精霊の類でもあまり使いモンにはならへんで』
『★せやろ? なんで持ち出したんやろ?』
『☆せやから判らんと言うとるやろが』
人形達の声が洞窟の岩に反射してソフィアの頭の中に響いている。ここの岩は精神波というか法力を反射するようだった。
「ちょっとうるさい(ぞ)わよ」
24.洞窟の竜
「…え?」
『★☆○◎ …へっ!』
ソフィアの声と重なった声は後ろの岩影、枝に分かれた洞窟の先から聞こえてきた。
「誰かな?」 『☆それは見てみんことには…』
ソフィア達はノランをロープの上に寝かせ置いて岩影の向こうを覗いてみた。そこは大きな鍾乳石と石筍のホールになっている。その中に大きな蠢く物が見える。
「すみません。明かりを点けてもよろしいでしょうか?」
『…覚悟があるなら点けるが良い』
「覚悟」という言葉に人形達はそれがなんなのか朧気に判った。
『★ソフィア…止めとこ』
「でも…一緒でしょ?」
ソフィアも気付いたようだが、結果がさほど違わない事を人形達に諭した。
『☆せやけど…』
「点けさせていただきます」
ソフィアは覚悟を決めて明灯の呪文を唱えた。
「ライティ!」
ソフィアの手からゆっくりと天井に向かって浮かび上がる光の球が照らしだしたのは巨大な竜だった。
『★☆○ひゃあぁぁぁ…』
巨大なホールの天井に届くかのような巨大な竜。竜は頭をこちらに向けていたが明灯の光が眩しいらしく目を閉じていた。竜の鱗は黒光りしているが光の当り方によっては金色に見える。
『◎…峠で見た黄金の竜だ』
『ほほう。御主達、ワシが戦っているところを見たのか?』
文字どおり地の底から響き渡るかのような声で黄金の竜はソフィア達に尋ねた。
「ええ。あの時に戦ってらした竜はどうされました?」
『ふふん。ワシに恐れをなして逃げていったよ』
『◎…勝ったん?』
『おおさ。このオロチ・ブラギーヌ・ザジ・ラダギヌス三世に敵う者などそうはおらん。散歩中に不意を衝かれたとはいえ、あの死にぞこないのゾンビ・ドラゴンなんぞにやられるほど老いてはおらんさ』
「でも怪我をなさっているようですね? 治療致しませんと…」
竜の方から漂ってくる血の香りが傷を、しかもかなりの傷を示していた。黄金竜は薄く目を開けてソフィアを見た。
『御主の名は?』
「失礼しました。私はアコライト。ソフィア・フレイアと申します」
『アコライト? 見習い僧侶か。それならば御主には癒せんさ』
「さぁ? 癒せるかどうかは試してみないと判りませんわ」
自信たっぷりにソフィアは応えた。
『ならば癒してみい』
竜は横たわったまま、翼で隠していた右足をソフィアに見せた。鱗が剥がれ落ち、紫色に変色した皮膚と傷口が見える。
「毒にやられているようですね」
『ふん。あの死にぞこないの竜にも何かしらの特技があると言う事さ』
ソフィアには竜の言葉がただのやせ我慢にしか聞こえずにくすりと笑った。
『★ソフィア。大丈夫なん?』
「うん、大丈夫よ。悪いけど杖を持ってきてくれない?」
『☆杖なら持ってきたで』 アェリィとノーラは二人がかりで杖を運んできた。
「やっぱり、杖が無いと調子でないのよね」
つまらなそうに杖を見ながら呟く。
『その杖は? 誰から譲り受けた物かな?』
竜は大きく目を開き杖を凝視している。
「詳しい由来は知りませんが、今は私が所持しております」
竜はソフィアが杖を掴み、くるりと回すのを見ると目を閉じた。
(まさか、あの伝説の杖にお目にかかれるとは…しかも、使える人間に会えるとは)
竜は一目で杖の素性を理解した。
(杖の力を借りたのならば、解毒ぐらいはできるだろう)
「さて、解毒と治療をしなきゃね」
(ん? 解毒に治療だと?)
解毒はともかく治療の魔法は相手に自分の法力を注ぎ込む術。片足とはいえ、竜の生命力に人間の法力、つまり生命力が間に合う訳が無い。
『人間。癒すのはかまわんが、それで御主の法力を使いきってしまわんようにな。癒った時にミイラが転がっているようでは目覚めが悪い』
ソフィアと人形達は顔を見合わせて笑いだした。
「それは有り得ませんから、どうぞ御心配なく」
『☆せやせや。心配はいらんで竜のおっちゃん』
『おっちゃん? …ふん。まあいい』
竜は再び目を閉じて頭を向こうに回した。
(ミイラになる前に術を使えんようになるだろう…その時に助けたらいい)
ソフィアはノーラと一緒に傷口を調べ始めた。
「毒の種類は腐毒で間違いない? ノーラ」
『○間違いないで。毒は結構、体に回っているようやから遠慮はいらんで』
「そっか。じゃ、ちょっと離れててね」
『★よっしゃ』
『☆ささっと片付けようで』
『○今度はえらく過剰になっても構わんし』
『◎…洞窟、壊さないでね』
竜は人形達が石筍に隠れながらソフィアにかけた声を不思議そうに聞いていた。
(竜に治療の魔法をかけるというのに何も心配していないとは…?)
竜は頭を回してソフィアを見た。
(聖者…いや、賢者程度の資質ならば在るようだが…)
ソフィアはうきうきしながら杖をくるりと回して両手で持った。が、近くの大きな石筍に杖をぶつけた反動で転んでしまった。
「きゃっ。あ痛たたた…」
『☆相変らずそそっかしいな。ソフィアは』
人形達は石筍の影から心配そうに見ている。
(…賢者はおろか司教、いや、司祭にもなれまい)
「あ、そうそう…」
ソフィアは埃を払いながら、思い出して尋ねた。
「念のため御尋ねしますが、この洞窟には以前から御住まいなのですか?」
『いいや。その傷…は大した事は無いのだが、ちょっと疲れたので休んでいるだけ。この辺りは…そうさな。百年ぶりぐらいだな…それがどうした?』
「いえいえ、ちょっとこちらの事ですわ」
(ギルドの依頼にあった竜ではないようね)
ソフィアはくすりと笑った。
(この竜の退治を依頼するのは戦ってた竜ぐらいかもね)
『…何がおかしい?』
「いえ別に。さて、始めましょうか」
ソフィアは再び嬉しそうに杖をくるくるっと回してから両手で持ち呪文を唱えた。
「光よ。全ての力を聖なる力とし、邪悪と闇を退け、その力を顕し賜え。ラ・レイ・レム・ギ・ピュア・リィ」
ソフィアの両手の間から眩いばかりの光の球が傷口に向かって放たれる。光の球は傷口に吸い込まれ、竜の身体全体を一瞬、光らせた。
『おぉおうぅ。解毒ではなく浄化だと?』
竜は傷口ばかりではなく身体中に回っている毒が消滅していくのを感じていた。
「さて、続けて治療ね」
ソフィアは左手で杖をくるくると回しながら、右手を傷口にあてて呪文を唱えた。
「聖なる力よ、全ての力を甦らせ賜え。エリ・ライ・リィ・ディ・カヴァー」
右手から傷口にかけて光が放たれ、ゆっくりと輝きを増していく。
『おぉぉう!』
(この人間。凄まじき法力を持っているっ!)
竜は自分の体に注ぎ込まれる法力が一瞬で尽きると思っていたが、ソフィアの手から注ぎ込まれる法力は尽きかけるどころか、むしろ時と共に増し、しかも洞窟に共鳴している。
(これ程の洞窟を共鳴させるとは…)
ふっと光が消え、ソフィアは竜から静かに離れた。
「癒ったわ」
竜の右足の傷は跡形もなく消えていた。
『…人間。大丈夫か?』
「ええ。久しぶりにすっきりしましたわ」
読んで下さりありがとうございます。
これは光と闇の挿話集 長編の1作目になります。
11/30話目です。
感想などいただけると有り難いです。