アコライト・ソフィア10
竜の洞窟でソフィアは痛いコトが…
『一個植えて七本芽が出る。ワシ等の仲間でもめずらしい木じゃよ』
「すごい生命力ですね」
『そうじゃ…じゃが、この木は瘴気に滅法弱い。この実を神泉に沈めておいたのも、泉の近くに植えたのも瘴気を避ける為じゃて』
瘴気。それ程までにこの地の生き物全てに忌み嫌われる物がどうして存在し続けるのか。
(なにか、邪悪な意思を感じる)
ぼんやりと感じてきた何者かの存在を今は、はっきりと意識することができる。そして、それでもこの地を守り生きようとする此処に生きる者たちの思いを今はっきりと意識した。
22.竜の洞窟
『★ソフィア。なんであの胡桃を返したん?』
「受け取ったわよ。三個」
『☆五個やったら、一人一個やったのに』
「やだ。食べる気だったの?」
『○いんや、ペンダントにしたら綺麗やったやろなぁと思て』
「確かに綺麗な木の実だったわね。でもね、実が生っている姿を見てみたいと思わない?」
『★生っているところ…綺麗やろなぁ』
『○おっきぃ蛍みたいな実がいぃっぱい生っている木…』
『☆確かに見てみたいわ』
「そうでしょ? それで残してきたの」
『★せやったら全部置いてきたらよかったのに』
「さっきと違う事、言ってない?」
『★…気のせいやて』
『☆○そうそう』
「ふーん。ま、そういう事にしときましょ」
話しながら歩きついたのは東の尾根の下。ドリァードの言っていた竜の洞窟の入り口。辺りには焼け焦げた岩が散乱している。焔の魔岩が落ちた衝撃で砕け散り、焔が岩を焼いたのだろう。
「凄い魔力を封じていたのね。魔岩は…。アィヒェさんはツタで絡めて放り投げ込んだから、全部、ここに落ちて砕けたかどうかは判らないと言ってたけど」
『☆それでも凄い命中率やで』
確かに焼け焦げたのは洞窟の付近だけだった。
『○森の中からここまで投げてこの辺りだけにしか落ちてないとは』
『◎…いつでも槍投げのプロになれるね』
『☆それを言うなら砲丸投げやろ?』
『★そういう問題か?』
人形達のやりとりを余所にソフィアは辺りを調べて溜め息をついた。
「それにしても、全部、砕けてなくなったようね。赤い焔の魔岩は」
『★欠片でもあったらどういう術者とか判ったんにね』
『☆洞窟の中には無いんかな?』
「調べてみましょ」
ソフィアは洞窟の中を探ったが、洞口から急に下に降りていて底はよく見えない。
「深そうね」
『☆洞窟というよりは井戸みたいやな』
『★天井も高いで。縦に細長い洞窟や』
『○どのぐらい深いんやろ?』
小石を投げ入れてみるとかなり経ってから聞こえる鈍い音。
『○なんか底は岩や無さそうな音やな』
「でも、落ちたら大怪我する深さのようね」
『☆大怪我ですまんと思うけど』
『★へんなガスが溜まってないやろな?』
落ちていた小枝に火をつけて投げ入れると、小枝は燃えたまま底で燃えている。
小枝の焔で浮かび上がった底には所々、土があるのが判った。
「中に入っても大丈夫そうね」
『○底は泥というか土みたいやね。砕けていない魔岩があるかも知れん』
「そうね。じゃ、入ってみましょうか?」
『★とは言っても、道があらへんがな』
『◎…ソフィア。こっちに道があるよ』
ウェンディが指差したのは壁づたいにやっと通れるかという岩棚だった。
「ちょっと心許ないけど行ってみましょ」
23.洞窟の底
岩棚をゆっくりと手探りで進むとやがて少し広い岩棚の上に出た。
「ふぅ。これで壁に張り付いて歩かなくても大丈夫ね」
『○ソフィアが岩蜘蛛の術をちゃんと使えたらいいんやけどね』
岩蜘蛛の術とは手や足を岩肌に吸い付かせる術である。
『☆岩ごと、むしり取ってしまうんやから使えんよなぁ』
「…あんたたち。もう少し表現を…」
ソフィアが笑いながらも引きつっている。
『★斜めになってたから…かなり降りたけど』
素知らぬふりをして話を続ける人形達。
『☆んでも、先があらへん。暗ろうてよう判らんし』
「じゃ明かりを点けましょ」
ソフィアは両手を合わせて呪文を唱えた。
「光よ全ての闇を退け賜え。ヴ・レイ・ライティ」
ほわっとした光の宝珠が両手から浮かび上がり肩の高さで止まった。
「うん。上出来」
『★めずらしくうまくできた明灯やな』
『☆うんうん。この前なんか眩し過ぎて目が開けられんかったし』
『○その前なんか火花バチバチ跳ばす稲光やったもんな』
「…他に言いたいことはあるかしら?」
ソフィアに笑いながらジロリと睨まれた人形達は慌てて道を探した。
『☆★○え、え〜と先に続く道は…』
『◎…ソフィア。ここにロープがあるよ』
「ロープ?」
ウェンディが見つけたロープは岩棚の端の壁に打付けられた鉄楔に結わえられていた。
「こんな所にロープ?」
『★誰かがここを使ってたんやな』
そのロープを手繰ってみるとほんの数mで千切れていた。
『☆千切れたんは最近やね』
『○つまり…最近まで使うてたんかな?』
岩棚から下を覗くと千切れたロープが山となっていた。その山の下から白く細長い物が覗いている。
『★アレ何やろ? 大根かな?』
『○ちゃうで。足やで』
「本当だ。誰か倒れてるわね」
『☆降りて助けんと…でもロープ切れてるで』
「飛翔界で降りましょうか?」
人形達は洞窟の天井を見上げた。遥か上に尖った鍾乳石が幾つも見える。
『○☆★…まだ死にたくない』
「どういう意味よ。それ」 憤慨するソフィアに人形達は冷静に言った。
『★自分の胸に手をあてて考えてみ。この前、子供が離してしもうた風船とって上げようとして、枝に頭突きを食らわしてたんは誰やった?』
「わたし…だけど?」
『○黒城で地下牢から飛び出したんはいいけど、吹き飛ばした天井にわざわざ飛んでいって頭を打った衝撃で気ィ失って屋根で延びてたんは誰やった?』
「わたし…だね」 事実なだけに否定はできなかった。
『◎…ソフィアの魔法は強力だけど、制御できないのが欠点だよね』
『★そうそう。回復や治療系の魔法は数こなしただけに巧くなってきたけど』
『☆他の系の魔法は制御できへんもんね。全部、ウチらのフルパワーレベルやのに』
「いいじゃない。大は小を兼ねるのよ」
既に開き直るしか道は無かった。
『○風呂桶はコップを兼ねへんで』
「どゆこと?」
ソフィアは引きつった笑いを浮かべながら判りきっている意味を聞き直した。
『★失礼やな。それを言うならクラーケンの飼育プールは盃を兼ねへんと言わんと』
「…あのね」
『○それより、どやって降りる?』
「そうね…ロープの代わりになる物といえば…」
『◎…水糸は?』
「そうだ! でも持つかしらね?」
取り出した水糸を引っ張り、強度を確かめる。一本ならば心許なさそうだが、二本ならば持ちそうな強さを持っていた。ソフィアは水糸の端を結び、二本にして岩に刺さっている鉄楔に結んだ。
「さぁ、降りるわよ」
ソフィア達はとんとんと岸壁を蹴りながら少しずつ降りていった。あと少しで下に辿り着けるという高さになった時、ソフィアの動きが止まった。
『★どしたん?』
「糸がもう無いの。短かった…」
下まであと十m近く。飛び降りるにはちょっと…というか、かなり高い。
「やっぱり、飛翔界で…」
『☆○うぅぅ。短い人生やったなぁ』
アェリィとノーラは目を閉じて祈り始めた。
『★飛翔界よりは飛び降りた方が…』
サーラは脂汗をかきながら提案した。
『○そや、その方がええ。命賭けるよりは腕か足を賭けた方がええ』
「随分じゃない? そこまで言うなら飛翔界を意地でも使いこなしてあげるわ」
ソフィアは人形達をジロリと睨み、構わず飛翔界の呪文を唱え始めた。
『★☆あぁ短い一生やったなぁ』
『◎…でも飛翔界って確か』
『○どした?』
『◎…呪文の詠唱が終わる前に両手を広げて指を伸ばすんじゃなかった?』
『★☆○…あ』
「あ…そか」
気付いた時、既にソフィア達は落下していた。
落下しながらも飛翔界を唱えると…勢いよくソフィアの身体は上昇した。…頭の方向へ。水糸を使って、岩壁を降りていたときの姿勢は…ほぼ水平。そして手を放した直後の体勢は頭を下にして、落下し始めたタイミング。従って…上昇(?)した方向はほぼ水平方向というかやや下方向。結果としてソフィアは反対側の岩壁へと頭を打付けた。盛大に。丁度、そこにあった岩棚を破壊して。
「ーーっ! ったぁ!」
破壊の衝撃が飛翔界の勢いを相殺したのか、彼方此方に頭を打付けることなく、そのまま下へと落下して地面にふわりと…と言うか、それなりの速度で着地できたのは少なからず飛翔界の呪文の効果だろう。
「ーったぁっかったぁ。しかし、それでも飛翔界の…ぎゃあっ」
痛がるソフィアが呪文の効果を確認しようとしたとき、岩棚の破片がソフィアの頭に落下し、割れ砕けた。
読んで下さりありがとうございます。
これは光と闇の挿話集 長編の1作目になります。
10/30話目です。
感想などいただけると有り難いです