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アコライト・ソフィア 1

 1.霧の記憶

 …ソフィアを…ソフィアを帰してくれ。

 …ワシ等の娘を、帰してくれ!

『ならぬ! あの娘は聖なる杖の継承者。主らのような、平民共とは資質が違う!』

 …あの娘は私の娘です!

 …たとえ血は繋がっていなくとも

『ほほう。ならば忘れてしまうがいい』

 …あたしは忘れないわ!

 …ソフィアはあたしの妹だもの。

 …絶対に忘れない。忘れないから!

『ならば…』

 …何するの?

 …ソフィア姉ちゃんに何するの?

『記憶を浄化するのさ。光の杖の継承者として相応しい記憶だけに』

 …ソフィア! …ソフィア?

 …ワシ等が判らんのか?

 …判らんのか?

 …………。

 …せめて、これを渡してくれ。

 …私達の、家族としての証として…

『判りました。今は無理でもいつか必ず。必ずお渡しします…』

 …待って。待って!

 …お父ちゃん! 母ちゃん!

 …お姉ちゃん! …ちゃん!

 …えっ?

 …名前が出てこない?

 …待ってぇ! 名前を教えてぇ!

 …わぁあぁぁぁぁぁ!

 …誰か記憶を返してぇぇ!


 2.霧の峠

『☆どないしたん?』

『★せや、汗びっしょりやん?』

『○また思い出してたん?』

『◎…いつか逢えるよ。きっと』

「ありがと。みんな」

 フードの付いた白い僧侶服を着た濃い栗色の長い髪の色白の少女が杉の木の下で上身を木に預けて休んでいた。そこは峠を登りきった所の小さな平場。霧が晴れるのを待っていた間に微睡んでしまっていた。四つの人形が少女の顔を心配そうに覗き込んでいたが、浅い眠りから醒めた少女は含羞みながら眼を擦り、涙の跡を消した。

『★せやけど…』

「何?」

『☆あないに、ぎゅって抱きしめてたから…熱いんちゃう? ソフィア』

「えっ?」

 ソフィアは寝ている間に絹の袋鞄を抱きしめていたのだが、今はその指先や腕からから煙が上がっている。

「きゃあぁぁぁ! 熱ぃいぃぃぃぃ! ウェンディ、水ぅ!」

 四つの人形のうち蒼い帽子の人形が呪文を唱えた。

『◎…ウォタル』 …ばっしゃあぁぁん。

 空中に滝が出現し、大量の水を彼女達に落として…滝は消えた。手や腕の煙と共に。

『☆多いんとちゃう?』

『◎…ごめん』

『○ええやん、いつもの事やし』

「ははは…。私の影響だから仕方ないよね」

 ソフィアは笑いながら両袖から水を絞り落とし、自分の指の状態を確認する。

「ん! 火傷はしなくて済んだみたい。ありがと」

『★んじゃ、アタイの出番』 『☆アタシの力も必要でしょ?』

 二つの人形、紅い帽子の人形と萌黄色の帽子の人形が呪文を唱える。

『★焔よ。淡き熱と態て顕れよ。ファイ!』

 紅い帽子の人形の指先にぽぅと紅い球が出た。

『☆風よ。彼の力を纏い我らの結界と成れ! ウィンヴェン』

 ひゅう、と風が舞い、紅い球を呑み込み、熱風となって彼女達を包み、衣をはためかせる。

「うぅん。イイ風ね」

 二つの魔法で出来上がった熱風は彼女達の服を忽ちの内に乾かしていく。

「ありがと。サーラちゃん、アェリィ」

『★てへ』

『☆ずるいぃ! サーラだけ”ちゃん”つけたぁ!』

『○どうでもいいやん』

「…ごめんね。サーラは”ちゃん”つけたほうが言いやすいんよ。でも、今度から気をつけるね」

 他愛もない人形達の会話は、ソフィアの心を慰めるため。その事を誰よりも彼女自身が判っていた。

「うわぁっ! みんな、霧が晴れてきたよっ!」

 アェリィの風に誘われたのか、谷底から涼やかな風が湧き上がり、峠を覆っていた霧を吹き飛ばして、霧のベールの下から大樹海が顕した。樹海の向こうにはまだ靄に覆われている湖か沼が見える。沼の全体は見えないが、靄を通して見える深き碧と大樹海の深く軽やかに煌めく緑が谷底からの風を一層涼やかにしているようだ。

「……綺麗。きゃっ!」

 ソフィアの呟きが突風を招いたのか、黒髪とも光に透かすと金髪とも見える濃い栗色の軽くウェーブのかかった長い髪をはためかせ、野暮ったい僧衣を吹き付けてソフィアの引き締まったしなやかな肢体を顕す。大地母神を思わせる豊かな胸が引き締まった肢体のコントラスト。麗人と呼ぶにはまだあどけなさが残る端正な横顔を風に遊ばれた髪が隠す。

「ん〜。心地よい風だけど景色を楽しんでいる暇はなさそうね。さて? そろそろ出発しないと。夕方までに依頼された村まで辿り着けないわ」

『○せや、発と!』

 ソフィアは傍らに立て掛けていた鈍く銀色に輝く杖を持ち立ち上がった。その杖は少女の背より高く、表面に微かに細かな紋様が刻まれている。

 ソフィアは杖を暫し見つめ、ふうっと息を吐いて諦めたように、悲しげな瞳のままで微笑み、抱えていた袋鞄を背中に背負って、ぽんと叩いた。

「さて、そろそろ霧も晴れてきたし…」

 出かけようか、と言いかけた時、突然、空で大きな叫び声がした。


 3.峠の空

「何?」

『◎…竜だよ。二匹』

「ギルドの紹介では一匹だったよね?」

 空からの叫び声は、はっきりと2つの竜の存在を示していた。一つは、竜独特の万里に届くかという声、もう一つは少しくぐもった地響きのような声。晴れてきたとはいえ、霧の中から空を見やって竜の所在を見つけだすのは難しい。一人と四つの人形はあちこちと見渡し捜すのだが、なかなか見つからない。

『★喧嘩してるんとちゃうか?』

「そうみたいね」

『☆居たぁっ! あそこ! 向こうの尾根の尖ったところのちょっと左!』

 アェリィが指差す方には確かに2匹の竜が居た。が、遠くに霞んでいるために、どういう竜かは判らなかった。

『○曇った声のするほうは、変やな。なんや、ゾンビっぽいで』

「ゾンビ? ノーラ、毒を持っているという事?」

『○ん〜たぶん持ってるで』

『★もう一匹の方はなんやキラキラしてるで…金竜?』

「竜は齢を重ねるに従い、色が変わる。赤竜から青竜、青竜から数色へて黒竜。黒竜から金竜に。金竜からは確認されていない…寺院の図書に書いてあったけど。どのぐらい生きてるんだろうね?」

『○さぁ? ウチらよりは永く生きとるんやろ』

 暫くの間、ソフィア達は竜と竜の戦いを見ているとウェンディが呟いた。

『◎…竜と竜が戦う時…雨になる』

「え?」

 程なく黒い雲と共に、雷鳴が轟き始めた。

『◎…特に金色の竜は雷を呼び嵐を呼ぶ』

『★はよ言わんかい!』

「みんな。走るわよ!」

 降り始めた雨の下、ソフィアと人形達は村を目指して峠を走り下りた。雨雲の上では、ひとしきり大きい竜の叫び声が響き、そして静かになった。


 4.峠間の村

 …とんとん…夜分すみません。

 雨音の中に戸を叩く音と誰かが呼び掛けている声が、村外れの家に響いた。

「おじいちゃん。誰か来たよ?」

「うむ。ニクシーか、バンジーか…」

 蒼い髪の女の子の声に応えて白髪の老人は斧を握り、玄関に向かった。

「おじじ、気をつけて!」

 老人の後ろに鉈を持った少年が続く。

「お前は下がって、ノランとミクラを守っておれ」

 少年は少しふくれて、それでもおとなしく下がった。

「気をつけて。おじいさん」 下がった少年を抱きしめて、赤い髪の少女が少年に囁いた。

「守ってね?」 少年は少し含羞んで、おう、と小さく応えた。

 少年を抱きしめた腕には火傷の跡。少年はその跡を自分の掌で隠す。それを横目で見ていた女の子は小さく呟いた。

「…やらしいの」

「うるさいぞ。ミクラ」

「静かにしておれ、ギゼル」

 老人は、振り向き少年をたしなめると、玄関の戸に手をかけて問い掛けた。

「どちらさんかの? ここは生者の家じゃ。亡霊ならば墓場に、水の精霊ならば水に帰るがよい。クラム・クライ・ク…」

「クライ・クラム・クロウ・クゼイ。者々よ、棲み宿う処に帰れ。霊帰の呪文をご存じということは、木こりさんですか?」

 戸の向こうの声は、老人の唱え始めた呪文を言い終えると老人に問い掛けた。

「自ら呪文を唱えて何事も無いとすると、亡霊ではない…旅人かね?」

「アィルコンティヌ寺院のアコライト、ソフィア・フレイアと申します。ギルドの紹介で参りました。」

「アコライト…修行僧か?」

「ええ。私はまだ未熟者で修行の旅をして居ります。一つは白魔法の技を極めるため、いま一つは人々の助けとなるために。ジエルの町に立ち寄ったところ、こちらの依頼を承りました」

「依頼を? それは失礼した。いま戸を開けるから、ちょっと待ってくれ」

 ガタゴトと戸を開けるとそこには白い僧衣の美少女が微笑んでいた。

「夜分に申し訳ありません。夕刻までには訪れたかったのですが、雨に降られて道に迷ってしまいました」

 深々と礼をするソフィアを見て老人は尋ねた。

「…雨の中を歩いてきた割には、さほど濡れておらんようじゃが?」

「はい? あ、ええ。ちょっと魔法で…」

『◎…ソフィア。まだ風の結界が残ってる』

「えっ? あ、本当だ…」 見上げると、ソフィアの頭上に大きな水玉ができあがっている。

「なんじゃあ? これは?」

 老人は上を見ずにソフィアのフードの中から出てきた蒼い帽子の人形を見つめた。

「おじいちゃん。旅の人なの? あっ、可愛いお人形さん」

 いつの間にか近づいたミクラが目敏くウェンディを見つけた。

「こんばんわ。あたしと同じ髪の色のお人形だ…あっと、帽子なのね」

『◎…こんばんは』

「きゃあ! 挨拶した! って、…おねえちゃん、人形使い?」

 笑っていた顔に怯えの色が浮かび、ミクラは老人の後ろにささっと隠れた。

 人形遣いとは堕落した白魔導師。術を改竄し、死霊を操るという。


 読んで下さりありがとうございます。

 これは光と闇の挿話集 長編の1作目になります。

 1/30話目です。


 感想などいただけると有り難いです。

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