福ちゃん
久しぶりの更新です。
冬になると人間の膝の上でさも当たり前のように大鼾を掻いて眠っているのが、福ちゃんである。年齢不詳の、魔性の女である。彼女の首輪には鈴が付いていて、歩くたびにチャリチャリ音がする。これは小さい福ちゃんが踏まれないようにと、母が付けたのである。
最初は、「犬は鈴を嫌うねんで」と言って、母の行為を馬鹿にしていたが、実際お風呂上りに鈴を付け忘れ時にはどうも、みんなに蹴られてしまうことが多かった。だから、鈴は福ちゃんの存在を確かなものにするアイテムとなり、彼女はたくさんの鈴のスペアを持っている。
そして、二倍以上の大きさの小太郎とは、どうも反りが合わないらしく、小太郎が傍を通るだけで「ふー」と葉のない口で怒りをあらわにする。
しかし、これは、小太郎が一方的に悪いので、仕方のないことなのだ。きっと、彼女に聞いても「最初は仲良くしようと思ってたのよ。あの子が悪いのよ!」と答えると思う。
そんな彼女は放浪しているところをとある駐車場で警察に保護され交番、ある家庭、そして、なぜか再び交番を経由して我が家にやってきた。そして、私の家に来てから、彼女は生死を分けるような子宮摘出手術まで経験している。
要するに、人生の辛苦を網羅する女である。
初めて家にやってきた時の彼女は、パンパンに太っていて、目玉だけがやたらと大きくて、映画のグレムリンそっくりの顔をしていた。その風体から、私が「ぽんぽん」と名付けたが、それはすぐに却下されてしまった。そして、「福」があるようにと母が福ちゃんにしてしまった。そして、今はちゃんと「福ちゃん」の顔になっている。
「福ちゃん、うちに来て幸せかなぁ」
妹はよくみんなにそれを尋ねる。確かに、福ちゃんを飼うことに今も反対し続けている弟、キレると自分を見失う厄介な犬のいるこの家に居ついてしまったのは、考えようによっては不幸かもしれない。しかも、手術を受けなければならなくなったのは、半分、小太郎のせいでもあるような気もするのだ。なぜなら、彼女の病気は老犬に多いもので、若い雄犬によってホルモンバランスが崩され、引き起こされることが多いということだったからだ。
「幸せやって」
私も母も、妹の質問にいつもそう答える。もちろん確証はないが、安心して眠っている福ちゃんの顔には、初めて家に来た時のあの不自然な奇妙さなどなく、素直なかわいさが覗える。
彼女が家にやってきたのは、本当に突然だった。ある日私が短大から帰ってきて、扉を開けるといきなり彼女が私を出迎えてくれた。そして、彼女は小さいしっぽをピコピコ動かした。
「この子、何?」
あまり機能を果たしていない居間への扉を開けると。思い出したように小太郎が彼女に吠え掛かりに行く。もちろん、噛み付けるほどの度胸はないので、高いところから気が狂ったように吠え立てるだけだ。しかし、近所の迷惑もあるので、急いでその扉を閉めて、小太郎から見えないようにした。
そして、改めて彼女のことを聞いた。
「玄関に犬おってんけど、どうしたん?」
「お父さんがもらってきてん」
「ふーん」
これまでも父は二回もらってきたことがあったので、あまり驚くこともなく受け流した。
「今回は何日くらいおるんかなぁ」
それまでの二匹は、すぐに元の飼い主が見つかったり、別の飼い主が見つかったりしたので一ヶ月そこそこで、この家を出て行ったのだ。そして、そのたびに、小太郎はこの狂気ぶりを発揮している。全く疲れないのだろうか、とも思うが、それが彼の仕事だと思っているので彼はやめようとしない。
そして、今回も前の二匹のように、きっとそんなに長くはいないだろう。見た感じ、人懐っこくて、犬種はポメラニアンか長毛のチワワだ。この犬だと飼い主もきっと捜しているだろうし、すぐに見つかるだろうと、その時は思った。
五月二六日、それが彼女の一応の誕生日である。そして、六年目を迎える彼女の推定年齢は、十六歳。すぐにいなくなるだろうという、私の勘は外れて、彼女はずっとこの家に居座った。居座った理由は、野菜を嫌がらずに食べたから。出て行った犬と、とどまる犬の違いはこれなのだ。だから、今も彼女は小太郎と一緒に台所で野菜をねだる。
「もちろん、くれるわよね?」
そういった感じで、いつもはしないお座りをして自分をアピールするのだ。しかも、もらえないと、しゃがれた声で吠え始める。彼女が食べ物にこれだけ執着するのは、放浪生活のせいと、その後のダイエットに由来するのかもしれない。