小太郎・・・7
一時、引っ越しをしていたネズミがまた戻ってきたようで、天井裏で暴れ出したのだ。それでなくても、侵入者(飼い主側から見ればお客様)から家族を護ることに忙しかった小太郎は、すっかりこのネズミに翻弄される日々を送ることになったのだ。
小太郎はこのネズミのお陰で、色々な迷惑を被っている。始まりは小さい時、彼はネズミも引っ掛からないネズミホイホイに引っ掛かったことがあるのだ。
朝起きてくると、いつもなら嬉しくて傍に寄ってくる小太郎がいっこうに動かないのだ。しかも、後ろ足をパソコン代の下に突っ込んだまま、ただ、情けない顔で、悲しそうに見上げるだけだった。そんな小太郎を抱き上げると、なんと後ろ両足がペタッとネズミホイホイに捕えられていた。
きっと、どうして、自分の足が動かなくなったのかわからず、また怖くて声も出せなかったのだと思う。しかし、毛むくじゃらの足を強力粘着剤から外すのは本当に大変だった。仕方がないので、また、病院へ行き、動物用のバリカンで毛を刈ってもらうことになった。お陰で、しばらくの間、彼の足はスースーしたはずだ。しかし、彼がネズミを恨む理由はこれだけではない。
勝手に家に侵入してくるのも、腹の立つことだが、ネズミは彼の大事なドックフードのストックを食べてしまうのだ。そして、あろうことか、彼のビスケットにまで手を付け始めた。
だから、彼は必死でネズミと戦う。しかし、闘っている割には、実際にネズミが小太郎に向かってきたら即座に逃げて、悔しそうに遠くから吠えているのだ。どう見ても、「負け犬の遠吠え」である。だから、結局、吠え立てるだけの小太郎は「黙れ」と叱られてしまう。
しかし、一度、本当にネズミと接触したことがあった。
ネズミは電子レンジの奥で息を潜めていたらしい。もちろん、人間の方はもういなくなったと思っていたので、小太郎がいまだに緊急事態に陥っていることを、みんなで笑って見ていた。その辺りは、さすがに「犬」である。
「もう、大丈夫やねんで」
そう言われても、小太郎はふがふが言いながら、家の中を行ったり来たりしていた。また、縁の下も気になるらしく、鼻を突っ込んで臭いをかぐ。そして、レンジに向かって、甲高い声で吠える。とにかく彼は必至だ。
「小太郎! いいかげんにしいや」
テレビの音も聞こえにくいし、近所にも迷惑なので。小太郎はまた叱られる。しかし、小太郎はあきらめなかった。そして、小太郎が間違っていなかったことが証明されたのだ。
小太郎のしつこさが影響したのか、どうなのかはわからないが、天井に上がろうとしたネズミが、足を滑らせて小太郎の上に落ちてきたのだ。驚いた小太郎は、滑るように後ろへ下がったが、彼は果敢にもそのネズミを追いかけた。それは初めて小太郎が頼りになる犬に見えた瞬間だった。そして、見事ネズミを追い払ったのだ。
もちろん、このときの勝負は小太郎の勝ちである。
そして、ネズミがいなくなってからみんなは、半分以上信じられないといった口調で、小太郎に話しかけた。
「ほんまにおってんなぁ」
小太郎は「ふん」と言うかををして、みんなの顔を見て、ソファの上で威張って休息を取った。
しかし、その小太郎の奮闘もむなしく、あの後もネズミは小太郎など小馬鹿にするように、天井裏で大運動会を繰り広げ、食料を求めて家の中を散策し続けている。だから、小太郎は今でも、いつ終わるともしれないネズミとの戦いを続けている。
そして、戦闘中の小太郎は絶対に気付いていないのだが、人間と、何となく家に居座ってしまった四代目迷子犬の福ちゃんにとっては、小太郎がネズミよりも危ない存在になっているのだ。
身体の小さい福ちゃんなんて、ほぼ命がけの瞬間だろう。私たち人間は彼に噛み付かれないように、椅子の上に足を上げ、福ちゃんは小太郎に吠える。もちろん、無駄な抵抗である。そして、「噛み付かれたー」と悲壮な声を上げて人間に抱き上げてもらおうとする。
とにかく福ちゃんを助けなければならないので彼女を抱き上げ、しばらくの間、そのまま彼を見ている。そして、小太郎が落ち着いてもう大丈夫になった後、抱いていた福ちゃんを降ろすのだ。そして、その後肝が冷えた福ちゃんは、ゆらゆらしながらトイレに歩いて行くのだ。
実はその福ちゃんがまた、厄介な癖のある犬だった。
小太郎のお話がいったん終わります。
次作は「福ちゃん」のお話です。長らくのお付き合いありがとうございました。これからもよろしくお願いします。