小太郎・・・6
小学校の帰り道、妹は人懐っこいヨークシャーテリアに出会った。もちろん、最初は拾って帰るつもりはなかったらしい。しかし、周りに飼い主らしき人影もなく、交番に連れて行くと落し物扱いで一週間くらいで保健所送りになるらしい。それで仕方なく、飼い主が見つかるまで家で預かることになってしまった。そして、チョコチョコと家から出てきてしまったその犬にはチョコボと名前を付けた。見つかるまでとは思っていたが、やっぱり情は移るもので、しばらくするともう迷い犬の張り紙を剥がしてしまおう、なんてことも考え始めるようになってしまった。
しかし、犬嫌いの小太郎にとっては、恐ろしい日々の始まりになった。チョコボが玄関にやってきた時、彼は及び腰でチョコボに吠え掛かった。もちろん、噛み付くほどの度胸はないのだが、小太郎がチョコボの気配を感じるたびに、小太郎の一匹大運動会が繰り広げられるのだった。
チョコボは、そんな若造の遠吠えなど気にすることもなく、余裕の態度だった。そんな彼だから、小太郎も徐々に慣れてきて、距離が近づいて行った。そして、このチョコボに小太郎は、テーブルの上の食べ物を盗む方法を教えてもらったのかもしれない。その頃の小太郎は、まだ、椅子に飛び乗ってまで、上のものを盗るなんてことはなく、台所のテーブルの上にまで興味はなかった。
しかし、チョコボは、椅子に飛び乗りテーブルの上へ上る術を知っていた。そして、小太郎が上を見上げているその傍で、テーブルの上にあったホットケーキを食べてしまったのだ。きっと、小太郎にとっては理解不可能で、「どうして僕は食べられないのだろう」とぽかんと、チョコボがおいしそうに食べている姿を、情けない顔で見ていた気がする。しかも、その後、チョコボがてんかんを起こしたので、また、病院へ走ることになる。
その後、チョコボと小太郎はちゃんと友達になっていた。小太郎にとって、いても当たり前の存在になったのだ。二匹でおもちゃを持ってコタツ机のまわりを走り回ったり、一緒にお昼寝をしたりしていた。だから、あの「迷い犬」の張り紙を剥がすことにした。
チョコボが来て一ヶ月が過ぎようとしていた。
しかし、その次の日、彼の飼い主が現れた。誤魔化しは利かないものである。飼い主が「ポッキー」と呼ぶ声に、チョコボは一目散に家の外に出て行った。
その後も何匹がの迷い犬が私の家にやってきたが、チョコボほど小太郎と「友達」になった犬はいないと思う。その証拠に、彼が本当の飼い主の元へ帰った日、小太郎は一日中、外の様子を気にしてチョコボの帰りを待っていた。散歩途中でヨークシャーと出会えば、その方をじっと見つめる。そして、チョコボではないと気付くと、急いで吠え始めるのだ。相手の犬にしてみれば溜まったものじゃないが、せっかくできた友達のチョコボが突然、いなくなったことはやっぱり、小太郎にとって意味不明な、理解不可能なことだったのだろう。その姿を見ていると、やっぱりかわいそうに思ったが、犬嫌いの小太郎に、次の友達をすぐに、なんてわけにもいかなかったし、小太郎の方も、いつまでもさみしがっているような暇はなくなってしまった。