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お仕事

 小太郎は、いつもと変わらずそこにある自分の黒い鼻先を見つめながら、母の帰りを待っていた。今日もまた置いてけぼりを食らってしまったのだ。「明日こそは」そう思い、鼻で溜め息をついた。


 それにしても、あれは一体なんだったのだろう。


あの後、父が小太郎を抱いてくれて、一緒に床に就いた。怖かったが何とか眠ることもできた。眠ってしまえば、何も怖くなかった。そして、不思議なことに、朝起きると、いつも通りの家の中、いつも通りのみんなの顔があった。しかし、そんな安らかな日は続かず、ここ何日か見えない日が何日かランダムに、小太郎に襲い掛かってきていた。小太郎は不思議に思いながら、たまにそのことを考えていた。


 そして、昨日もまた、同じことが起きた。さすがに、あの時ほど驚かなくなったが、こんなことが続くのは、困りものだ。なぜなら、誰もわかってはいないのだろうが、小太郎は毎日忙しいのだ。喧嘩の仲裁をしなければならないし、侵入者の見張りもしなくてはならない。


 喧嘩の仲裁。小太郎はこの仕事に誇りを持っている。


 この家の中で小太郎は唯一喧嘩をなだめられる存在なのだ。そう自負している。だから、小太郎は喧嘩が始まると、怒っている人の傍に行って、自分を抱かせてやろうとするのだ。そうすればみんなの顔に笑顔が戻って、みんなが仲良くなるのだ。そして、喧嘩が始まると、一体どの人についてあげるのがいいのかを考える。一番弱くて、一番傷ついている人。


 小太郎は、しっかりと観察して、見定めなければならなかった。それが小太郎の役目なのだ。それにたまに、見つめているだけで喧嘩が回避されるのだ。だから、この行動は無駄ではないはずである。


「ほら、小太郎が喧嘩してると思ってるから、もうやめとき」

 母が言う。なぜか、姉、兄、ノリちゃんの顔が緩み、笑って小太郎を見る。小太郎はみんなの笑顔が大好きだ。だから、やめられない。


「別に喧嘩なんてしてないで」

「あほやなぁ」

「小太、おいで」


 そして、小太郎はもう一度、これ以上ないほどの心配な顔をして尋ねるのだ。小太郎はその効果を充分考えた上で、もう一度みんなの顔を見上げる。


「ほんと?」


 それだけ確かめて、ゆっくりと近づいて行く。すると、兄に抱かれたり、姉に抱かれたり、ノリちゃんに抱かれ、ほっとする。全く人の気も知らないで。小太郎はそう言いたかったが、また喧嘩になると困るので、心の中で止めておく。

 

 困ったものだ。


 そして、小太郎は溜め息をついた。小太郎の溜め息の数が多いのも、本当はみんなのせいなのに、誰一人、小太郎の気遣いに気付いていないように見えてしまう。


 そして留守番中の小太郎も、暇ではなかった。小太郎は神経を張り詰めて、この家を護ることに徹しなければならない。福ちゃんはいつも寝ているし、小太郎がしっかりしないといけない。それに、この家にはたくさんの侵入者が現れる。猫がすぐ傍で、鳴きわめいているのをみんなが放っておくから、屋根裏にまで侵入されるはめになるのだ。みんながしっかりしていないから、ネズミが家の中のものを荒らしたりする。


 だから、小太郎はみんなを護らなければならなくなる。しかし、家族はそんな小太郎を見て笑う。これだから、小太郎がしっかりしなくてはいけないのだ。どうしてわからないのだろう。そして、また溜め息が出てしまった。


 家の前をたくさんの自転車が通って行く。その中には、家の中に勝手に手を突っ込んで、小さい紙を入れたりする自転車もいる。そのたびに「入ってくるなー!」と大声で叫ばなければならない。そのほかにも、ゲラゲラ笑いながら歩いて行くのもいるし、家の前で何か話をしているのもいる。そのたびに小太郎は何事かと思い、耳をそばだてて、危険なものかどうか観察し、見定めなければならなかった。


 そして、同じく母の帰りを待っている福を見た。福は小太郎と目が合うと「何よ?」と怒ったように小太郎を見つめ、「ふん」とそっぽを向いた。小太郎は福と仲良くしたいと思っているのだが、どうも福は小太郎のことが嫌いなようだ。しかし、最近小太郎が寝ていると、その傍によってくる時がある。そんな時、家の人は「見えてないねんで」「面白いよな」と言う。しばらくはそのまま一緒にいるのだが、いつも、小太郎を見るたびに怒る福を思い出すと、小太郎はなんだか居心地が悪くなって仕方なくその場所を福に空け渡すのだ。その福は相変わらず、いつも通りである。福はおばあちゃんだから、耳も遠いし、行動も遅い。


 多分、一時間くらい経ったと思う。小太郎の耳はずっと立っている。相変わらずいろんな音が聞こえてくる。風の音、猫が屋根の上を歩く音、そして、聞きなれた自転車の音がして、よく知っている足音が聞こえた。少し嬉しくなって、シッポがかってに背中に乗った。そして、(かす)かに動いた。


「ただいまぁ」


 やっぱり、おねーちゃんだ。小太郎は甲高い声を出して「おかえり」を体中で表現して、姉を出迎えた。


 外で何もなかった? いじめられたりしなかった? 何かあったら、ぼくが助けてあげるからね。


小太郎はそう言いながら、姉に変化のないことを確かめた。姉はそんな小太郎の頭を撫でてテレビの部屋まで行った。小太郎は、また何かにつまづいたようで、前足に痛みを感じた。そして、姉が「あほやなぁ」と言っていたが、姉の手を舐めるので忙しくてあまり気にも留めなかった。そして、小太郎は姉に背を向け、背中をたくさん撫でてもらった。福ももう片方の姉の手の下をくるくると回って、体を撫でてもらっている。いつもと変わらない。そして、ふと、まだ留守番中であったことを小太郎は思い出し、姉から離れた。姉も動き始めた。


 姉はそのまま自分の部屋へ戻り、ご飯まで出てこない。小太郎はまた、玄関の見える特等席に腰を落ち着け、外の見張り番を再開した。母はまだ帰ってこない。


「早く帰ってこないかなぁ」


 そして、二匹は同じ考えで溜め息をついた。

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