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ドライブ

 小さい頃から、よく車に乗っている小太郎はドライブが好きだ。そして、「ドライブ」という言葉には多大な魅力があるらしい。


 山登り、ハイキング、大きな公園。まだ見たことのない場所へをいざなう言葉。そんなに大した期待ではないかもしれないが、「楽しい」をイメージできる言葉なのだろう。たとえ、それがただ、車を車庫へと片付けるだけの場合でも、彼は魅惑のパラダイスにでも行ってきたかのように、満足して帰ってくるのだ。そして、今も彼は父とともに車を片付けに行っている。車嫌いの福ちゃんは留守番をしている。


 私はその福ちゃんを膝の上に抱きながら、手紙を書いている。小さい福ちゃんだからできる技である。もし、これが小太郎なら、こんなに楽に仕事ができるはずがない。彼女は載せているのを忘れるくらい、おとなしく膝の上で眠っていてくれるのだ。


「福ちゃん、ほんまにお前はいい子やなぁ」


 そう呟きながら、必死になって、ドライブへ連れて行ってもらおうと努力していた小太郎の姿が、思い出された。全く正反対の性格なので、可笑しくなってくる。


 小太郎は本当にドライブが好きなのだ。家の前に車がスタンバイさせてあると、いつになくそわそわし始め、人が動くたびに「行くの?」とその人を目上げる。そして、騒ぎ始める。


「絶対、僕も行くからな。忘れんといてや」


 そう言いながら、みんなに自分をアピールしているのだ。しかし、彼のしつこさと、うるささは半端なものではなく、よく叱られるのだ。叱られようが、怒鳴られようがそこを譲らないのが小太郎だ。だから、最後に母が言う。


「もう、誰か、小太郎、先に乗せといてくれる?」

「はぁい」


 そんなわけで、彼は先に車に押し込められてしまうのだ。思い通りになった彼は、一応静かになるが、子Tン度はまた違う不安が出てくるらしい。誰も乗っていない車の中で、本当にみんなが乗ってくるのかが心配になってくるのだろう。小太郎は出かける準備をするために出入りする人間を必死になって見つめているのだ。そして、みんなが車に乗り終わるまで彼の心配は続く。たいがいの乗客は父母、たまにそれに私、弟、妹が加わる。


 車が動き出すと、小太郎は大きな顔でシート一つを確保してしまう。そして、あろうことか、福ちゃんまで一つ確保していることがある。このお陰で、たまに誰かが、補助席に座るはめになるのだから、彼らの存在は大きい。そして、後部座席が静かになることはまずない。小太郎はじっとしているのにも疲れてくると、今度は車の中をうろついたり、窓を開けてとせがんだりする。そして、車嫌いの福ちゃんまで、「おりるのーっ」と言って騒がしくなるがら、目的地に着くまで、窓の外の景色に、ゆっくりとたそがれる暇もなくなる。


 しかし、その目的地が小太郎の思っている楽しい場所であることはほとんどないような気がする。もちろん、たまにはハイキングにも出かけるし、二匹のために大きな公園に出かけたりもするが、大概の行きつく先は、動物病院なのだ。そうなると、また小太郎はみんなの顔を見始める。「えっ、ちょっと待って!」そんな顔である。小太郎は動物病院へ向かう道の途中で、そのことに気付く。そして、ほんの少し開いている窓から、吻だけを突き出し、何度も確かめ始める。そして、間違っていないことを確かめた後、不安そうにまたみんなを眺めるのだ。


「行きたくないんだけど……」


 しかし、みんなは意地悪そうに笑っている。小太郎にとっては大きなミスを犯してしまった感じだろう。動物病院は小太郎の最も苦手とする場所の一つなのだ。


 動物病院にはたくさんの「イヌ」も「ネコ」もいる。これほど怖いところはそんなに存在しないだろう。だから、小太郎はよく診察台の上で粗相をする。それを考えれば、小太郎が病院を嫌がることも頷ける。しかし、それに比べれば、福ちゃんは度胸がある。その辺りはさすが、いろいろ乗り越えてきたという感じである。そして無事診察も終えると、彼は一目散に車に飛び乗り「帰ろう」と言い出す。そして、家に着くと「疲れたぁ」という顔でぐっすりと眠りに就くのだ。


 しかし、それでも小太郎がドライブに魅力を感じているのは、今回のことも含めて確かなことである。「変な犬」私はそう思い、福ちゃんを膝に乗せたまま伸びをした。そして、「変な犬」を訂正し、「アホな犬」にした。それは小太郎が小さい時に体験している楽しい思い出に関係しているかもしれないと思ったからだ。


 小さかった彼はよく車に乗って、山へ行ったり、大きな公園で走り回ったりしていた。子犬だった彼は、人に吠えることもなく、本当に情けないだけの犬だったので、そんな時はリードを放してもらって、自由に遊ぶこともできていた。怖がりで人の姿が見えないと不安で立ち止まってしまう小太郎は、そういう面で信頼されていて自由だったのだ。


 山登りに行った時も元気な小太郎は、よく誰よりも前を歩いて、みんなから少し離れると立ち止まって待っていた。そして、たまに、一番後ろまで行って一番遅い人を確認して、また一番前に行く。その時から、小太郎は王子様だったのだ。彼はその楽しい思い出を今でも覚えているのかもしれない、と思ったのだ。覚えているとすれば、「賢い犬」である。しかし、いつも楽しいことばかりがあると思っているのなら、やっぱり「アホな犬」という感じだった。


いや、馬鹿で単純なかわいい奴なのかもしれない。


 そして、手紙を書き終えた私は、福ちゃんに話しかけた。


「一緒にポストまで行こっか」


 車に乗ることは嫌いだが、福ちゃんは行きたいといっていたのだ。私は置いてけぼりを食らっている福ちゃんを見て、少し可哀想に思った。


 少しくらい連れて行ってあげようかなぁ。


 福ちゃんがそれをどう思うかは知らないが、それは私の気まぐれな犬のお世話だった。それに、小太郎もまだ帰ってきていないし、ちょうどいいだろう。福ちゃんの大きな目が私の顔を見つめ、何度も首を傾げた。歩くのはちょっと疲れてしまうかもしれないが、抱いて行けば問題ない。


 そして、私はぬいぐるみのように大人しく抱かれている福ちゃんと一緒に、一番近くのポストまで歩いて行った。


次は小太郎目線のお話です。小太郎が一大事に陥ってしまいます。

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