福ちゃん・・・3
小太郎は、トイレでおしっこをするたびにご褒美をもらう習慣が付いていたので、その引換の証明がなくなるということは、彼にとって大きな損害になるのだ。しかも、迷惑な話、小太郎はそのために、責められることもあったのだ。
「小太郎。黙ってしたらあかんやん。ちゃんと言わな」
理不尽に叱られる小太郎は不思議に思う。
「なんで、怒られなあかんねんやろ? ぼく賢かってんで」
くりくりの目をいっそう丸くして、腑に落ちないという顔で、小太郎は首を傾げる。福ちゃんは何食わぬ顔して、その場を去って行く。
そして、彼女はさらに考えた。まずはじめに考えたのが、人間の見ているところでは絶対に糞をしない、ということだ。しかし、これには少々無理があったようで、こっちに時間の余裕と、根気さえあれば何とかなることだった。どうもうまくいかないと思った彼女は、次に人間トイレ作戦を実行する。
人間もトイレに入ることがある。その瞬間を狙えば、ゆっくりと食することができるのだ。しかも、その後何食わぬ顔をしていれば、みんな気付くことなどないに違いない。
犬ながらよく考えたよい案だったのだろうが、母のフェイント攻撃により、これも何とか対処できるようになった。母は、トイレに入る振りをして、福ちゃんを騙すことに成功したのだ。しかし、相変わらず、福ちゃんは糞食をやめない。そして、そんな福ちゃんを小太郎は不思議そうに見るようになった。
「何を食べているのだろうか……」
それでも意味の分からない小太郎は、不思議な感じだっただろう。しかも、福ちゃんがそれを食べた後はご褒美がもらえなくなる。みんなまで、意味の分からないことを言う。
そんな小太郎のことを何とも思わない彼女は、留まることを知らない。福ちゃんのすごいところは、どれだけ離れていても小太郎が糞をすると、人間よりも早く反応して、人間よりもすばしっこく、糞を食べに行くということだ。それはもう、必死だ。だから、福ちゃんがてけてけ走り出したら、こっちもゆっくりしていられない。
「ちょっと!ふくちゃん!」
福ちゃんは何かに取り憑かれたように、必死になってそこへ駆けつける。そして、何が何でも食べ続けるのだ。自分からやめようとしないそんな彼女を仕方なく、いきなり抱き上げる。福ちゃんは何が起こったのかわからないような、驚いた顔をする。それを不思議そうに見つめる小太郎。こんなことが続いていると、小太郎も少し賢くなった。ある日、福ちゃんがそれを食していると小太郎が「キャンキャンキャン」と騒ぎ立てるようになったのだ。
福ちゃんの敵が小太郎を含め、六人になった。
しかし、どれだけ邪魔するものが増えようとも、福ちゃんは決してあきらめなかった。そして、人間の方が先に彼女の粘りに負けてしまった。負けてしまったというよりも、食べてはいけないと、覚えさせることをやめたのだ。もちろん、やめたといっても、その行為を黙認するということではない。
もう高齢で、ほぼ習慣となっているものを叱っても仕方がない。可哀想だ。とにかく気を付けて取っていくしかないだろうという結論だった。それに、おそらく彼女自身はいつまでも若い「少女」のつもりなのだろうが、寝ている時間も増えてきたし、ぴょこぴょこ歩いていた足取りも、がくがくになってきていた。硬いものが食べられなくなってきて、朝ご飯もふやかしてもらわないと食べられない状態になった。
そして、散歩が大好きだったのに、最近は日向ぼっこ程度で充分疲れてしまうようになった。彼女は本当におばあさんになっていた。
ある日私は、そんな福ちゃんにそっくりな鬼を見つけた。その鬼は希棄鬼という中国の鬼で、自分の糞尿を食べる鬼だった。そして、そうすることで自分が幸せになれると信じているらしい。福ちゃんがあんなにも必死なのは、幸せになりたいからなのかもしれない。そして、それをしているのは、福ちゃんではなく、希棄鬼なのだ。福ちゃんは悪くない。
膝の上で眠っていた福ちゃんが、目を覚ました。
「元気なんやけどなぁ……」
そして、福ちゃんは私の膝から降りて、鈴を鳴らしながら、ふらふらとおしっこをするために水を飲みに行く。