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その98「ハチが出た」


 「夕一!!たいへんだよっ!!」


 昼間。突然、深月姉は叫びだした。


 「どうしたんだ深月姉」


 「夕一!蜂だよ蜂!」


 深月姉が指さした方角を見ると、たしかに小さめの蜂が部屋の中を飛んでいた。見たところ、ミツバチだろう。


 「蜂だなー」


 「なんでそんなに落ち着いてるの!?蜂だよ!?」


 「そうだなー蜂だなー。……あ、そういえば深月姉知ってる?ハチミツってさ、厳密には蜂のゲロなんだってさー」


 「へぇっ、そうなの!?私、もうハチミツ食べれなくなるかもー」


 「だよねー。あ、俺コーヒー入れるよ。深月姉は?」


 「お願いー」


 俺は湯を沸かそうと立ち上がり、キッチンに向かう。そのとき、後ろでばたっと立ちあがる音がした。


 「って、蜂と一緒じゃほっこりできないよっ!!」


 「どうしたんだよ深月姉、たかが蜂くらいで」


 「されど蜂なんだようぅーっ!!蜂をみくびってはならないんだようー」


 深月姉は端に寄って、蜂とできる限り距離をとる。その表情は恐怖そのものだった。


 「あのさ、いいか深月姉。ミツバチっていうのは、人を刺したら針が抜けて自分も死んでしまうんだ。いわば、あの針は命を引き換えにした諸刃の剣なんだ。ミツバチが灯した最後の灯なんだ」


 「んん、なるほど……」


 「そんな最後の武器を、深月姉なんかに使うと思うか?」


 「えぇ、あぁ……うん……使わないね……」


 「だろう?」


 説得されて、深月姉はまたゆっくりと腰を下した。俺はキッチンでマグカップを二つ用意する。


 「砂糖は何個入れる?」


 「みっつ……」


 「おっけー」


 俺はシュガースティックの入ったポットを取り出す。そのとき、いきなり深月姉は立ち上がった。


 「って、それとこれとは違うようっ!!」


 「どうしてだ。どうせ深月姉なんか刺してこないんだぞ?深月姉みたいなニートは」


 「そこはニート関係ないよっ!!蜂もさすがに職歴から刺す人は選ばないよっ!!」


 「ならなんでそこまで気にするんだ?」


 「夕一は、隣にナイフを持った連続殺人犯が居ても平気でいられるの!?」


 「いや、それは無理だろう。だって連続殺人犯だし」


 「なら、絶対刺さないって約束した連続殺人犯なら?」


 「連続で殺してる時点で信じられねぇよ」


 「次刺したら死んじゃう連続殺人犯ならどう!?」


 「どんな原理でだよ」


 深月姉も、気が動転してきている。だが、深月姉が言いたいこともわからないわけでもなかった。


 「わかった。危害は加えなくても危ないものが近くにあったら怖いということが言いたいんだな。でも、理由がないじゃないか」


 「そんなの夕一にわかんないでしょ!?もし私が嫌いな蜂に似てたらどうするの!?」


 「蜂と似てる顔ってどんななのさ。なにを考えてるんだよ」


 「退治してよーっ!!」


 「仕方がないなぁ」


 俺は台所からハエたたきを取り出す。深月姉はそんな俺の背中にすっぽり隠れる。


 「さぁ、蜂はどこだ?」


 「カーテンのあたりだよ!」


 俺を壁にしてカーテンを指さす深月姉。俺はその場へと近づいていく。


 「よし、いくぞ……」


 「うん…………。あ、でもさ」


 「なんだよ深月姉、こんなときに」


 「もし一発目を外したら、どうなるの?」


 「まぁ、襲ってくるだろうな。生命の危機だし」


 「理由作っちゃったじゃんっ!!私たちを襲う理由!!」


 いきなり俺の服の背を、深月姉は引っ張り出す。


 「ちょ、なにするんだよ、深月姉」


 「やめて!蜂の命を奪おうとしないで!」


 「さっきまで率先して奪う方向で進めてた人間がなに言い出すんだよ」


 「恐いからだようー」


 駄々をこねる深月姉。


 結局、窓を開けて出ていくのを待つことになったが、蜂が出ていくまでの約15分、深月姉は泣き言を言い続けていたのだった。


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