その95「深月姉が夢に出てきた」
「あれ、ここどこだ……?」
気づいた時、俺は見知らぬ部屋の中にいた。
部屋の広さは二十畳近くあるだろうか。ログハウスのようで、フローリングに木目調の壁と、ウッディーな感じに仕上がっている。床には高級そうな絨毯、それに使い勝手のよさそうな大きなシステムキッチンまで完備されている。
「……なるほど、これは夢か」
年に数回ほど、明らかに夢だ、と思う夢を見る時がある。今日がそのときだった。
最近では疲れのせいか夢をあまり見なかったが、こういったところに居られる夢であれば悪くはない。
日々の労働で疲れた身体を休めるにはいいだろう。
「それにしても、テレビに出てきそうなくらいの豪邸だな……」
「そうだねー。なんだか、長野県あたりにこんな別荘ありそうだよねぇ」
「うんうん…………ん?」
聞きなれた声。
声のした方を向くと、深月姉がソファの脇にもたれていた。
「ん?どうしたの、夕一?」
「……あのさぁ、夢にまで出てきてくれないでもらえるかなぁ。夢の中でまで俺は深月姉の面倒見なくちゃいけないの?」
「え、もしかしてねーちゃん、邪魔だった?」
「いや、そういうわけではないけどさ……」
俺はやれやれと頭をおさえた。
「わかった!夕一は、ここでゆったりとしたいんだよね!ならお姉さんであるこの私が、夕一の代わりにごはんを作ってあげよう!」
「おおっ!マジで!?」
現実の深月姉ならほぼほぼ言わなさそうな台詞に、俺は思わず立ち上がった。
「ふふん、ねーちゃんに任せておきなさい」
そう言って深月姉は、ピンクのエプロンを身に着けキッチンに向かう。料理初心者の深月姉にはもったいないほどの設備だったが、まぁ夢の中なので別にいいだろう。
俺はゆったりと、ふかふかのソファにもたれかかった。
「よし、できた!」
「えっ、もう!?」
さすがに夢の世界。驚異の時短クッキングだった。
深月姉は早速、出来上がった料理を並べていく。
「えっと……深月姉、これはなんだろうか」
「そうめんとおうどん、それに白ご飯だね」
見たこともない組み合わせ。これが同時に出された食卓を俺はこれまでに見たことがない。
「いや、作ってくれるのはありがたいんだけどさぁ。なんていうか………全体的に白くない?」
そうめんもうどんも白ご飯も、見事なまでに見た目が白い。そしていやがらせのようにすべてが白い食器に盛り付けられている。
「白い?なんのこと?あ、わかった。炭水化物ばっかりだから嫌なんでしょ。ちょっと待っててね。今白ご飯に合うおかずを出すから」
そう言って深月姉は冷蔵庫を開く。そしてラップに包まれた一つの容器を俺に渡してきた。
「深月姉、これなに?」
「大根と白菜のお漬物だよ」
「いや、白いよね?双方共に白いよね?」
「え、なんのこと?」
白いテーブルマットの上に並べられた白い料理たちの横に、これまた白い容器の白い漬物が並べられた。
俺は席に座る。深月姉が作るのだからあまり期待はしていなかったが、それにしてもまるで修行僧のような献立だった。
「あー、もしかして夕一、今質素だなぁって思わなかった?安心して、今からお刺身切るから」
「えっ、刺身もあるの!?」
さすが夢の世界。現実世界ではほぼほぼ食べられない代物に、俺の胸は高鳴る。
これまたすぐに、料理は出された。
「今日は奮発して、高級魚買っちゃったー。なんとねー、黒鯛だよ!」
「いや、白いよね!?黒鯛の刺身、白いよね!?」
「えっ、でも黒鯛は黒いよ?」
「外側黒くても、白身魚だから刺身は白いんだよ!」
「で、刺身のつまに千切り大根を……」
「それすらも白いよね!?」
「あ、デザートも作ってあるんだよ。今出すね」
そう言ってまた深月姉は冷蔵庫を漁る。
「はい、どうぞ」
「深月姉……これなに?」
「牛乳プリンだよ」
「だから白いんだって!」
あえてなぜ牛乳足してくるのかよくわからない。
「やっぱりそれだけじゃ味気ない?それじゃ上からソースをかけてみて?」
そう言って深月姉は小さなカップを渡してくる。
「はい、練乳」
「だから白いんだよっ!」
主食からおかずからデザートから、なにからなにまですべて白だけで構成されている。
「え、もしかして夕一って牛乳プリン嫌いだった?それじゃ、別のデザート出すね」
またしても深月姉は冷蔵庫を開く。だが取り出されたものを見て、俺は表情を変えた。
「おおっ!これは……!!」
「バウムクーヘンだよ」
並べられたのは、ブラウンとクリーム色で構成された西洋感あふれる配色のバウムクーヘン。
「よかった。やっとこの食卓に白色以外のものが……」
「で、仕上げに溶かしたホワイトチョコでコーティングして……」
「ガッデム!!」
結局は白いデザートになり果ててしまった。
「あのさぁ……。深月姉、食卓を見てみてよ。一面真っ白だよ。白銀の世界だよ」
「もう!こんなに私ががんばって作ってるのに、どうして夕一はそう不満ばっかり言うの!?」
「いや、不満ってわけじゃないんだけど……」
「それじゃご飯とおかずが一体になってたら食べてくれる!?なら私、お寿司握るよ!」
そう言って深月姉はどこからかでかい寿司桶を持ち出して、寿司を握り始めた。
「はい、イカおまちっ!」
「だから白いんだよっ!!シャリもネタも全部白いんだよっ!!」
「もう!せっかく私が頑張ってるのに、どうして夕一は文句ばっかり言うの!?もう知らない!夕一なんて、一人寂しく白ご飯にしらすでもかけて食べたらいいじゃない!」
「だから白いんだって!!即席の料理まで白いよ!」
「デザートならどうなの!?はい、ヨーグルト!」
「これも白いよっ!!」
「で、これにホワイトソースをかけて……」
「もうカオスすぎるよ!!」
混乱のあまり、俺は地に伏して頭を抱え込む。
暗くなる視界。そして、意識は遠のいていった。
そして、目を覚ましたとき、俺は布団の中にいた。起き上がり見回すと、いつもの六畳一間。窓から差し込む朝の陽光が眩しい。
「あ、ゆーいち、起きた」
枕元では、何故か汐里が正座でこちらをのぞき込んでいた。
「ゆーいち、ずっとうなされてた」
時計を見ると、いつも起きる時間よりも30分以上過ぎていた。仕事に間に合わなくなるというほどでもないが、急がないといけないのは確かだ。
「夕一、働きづめだから疲れてるんだよきっと。今度休みもらった方がいいんじゃない?」
声がする方を向くと、珍しく深月姉がキッチンに立っていた。時間が危なかったため、汐里のご飯を作ってくれていたのだろう。
「お仕事大変だろうけど、これ飲んでがんばって」
深月姉は湯気立つマグカップを俺に渡す。
「はい、ホットミルク」
「いや、白いよっ!!」




