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その89「幼稚園に行くのを嫌がった」



 朝。空は雨雲に覆われていて暗く、横殴りの雨が窓に打ちつけている。空気は湿っていた。


 「雨の日はテンションが下がるねー」


 ぼんやりと窓の外を見ながら、深月姉は呟く。


 「晴れてたって外に出ないんだから、深月姉にとっては関係ないじゃないか」


 「出なくても、テンションは下がるんだよー。インドア派はインドア派なりの悩みがあるんだよー」


 深月姉の場合はインドア派というより引きこもりと言った方が正しかったが、あえてそれを口にはしなかった。


 俺は深月姉にいちごジャムのトーストを渡す。深月姉はそれをいかにも憂鬱そうにかじっていた。汐里にも、同じものを渡す。


 「ゆーいち」


 「どうした?ピーナッツバターの方がよかったか?」


 ふるふる、と汐里は首を振る。


 「しお、ようちえん行きたくない」


 「……え?今なんて言った?」


 「ようちえんに行きたくない」


 その発言に、俺と深月姉は顔を見合わせた。


 「どうしたんだ汐里!?なんか幼稚園で嫌なことがあったのか!?」


 汐里はまた首を振る。俺は、ひとまず胸をなでおろした。


 基本的にまじめでいい子である汐里が、突然幼稚園に行きたくないと言い出すのはかなり珍しいことだった。それも、まったく原因がわからない。


 「なぁ汐里、教えてくれ。どうして幼稚園に行きたくないんだ?」


 「あめふってるから」


 「あ、そんなことか……」


 汐里はオレンジジュースを飲んで、憂鬱そうに息を吐く。どうやら深月姉に影響を受けたようだった。


 「汐里、雨が降ってても、幼稚園は行かなくちゃいけないんだぞ?」


 「あめがふってるのにようちえんに行くとか、時代おくれ」


 「マジか……」


 汐里はパジャマから着替えもせず、断固として動こうとはしない。


 「ほら、雨だったら長靴履いていけるぞ?一緒に『あめあめふれふれ』を歌いながら幼稚園に行かないか?」


 「そういうの、時代おくれ」


 「それもか」


 「あめふるのも時代おくれ」


 「気候に時代遅れってあるのかよ」


 汐里にとってはもうあらゆるものが時代遅れのようだった。


 「なら聞くけど、逆に汐里の中で時代遅れじゃないものはあるのか?」


 「エリンギ」


 「またすごい角度から来たな」


 「エリンギは、しおの中でいますっごくキテる」


 おそらく、この前夕飯に出したエリンギと肉の炒め物が汐里の中でヒットしたのだろう。時々汐里は変わったものを好んだりする。


 「いいか、汐里の好きなエリンギだって、雨のおかげで汐里が食べれるまでに成長できたんだぞ」


 「……!!たしかに」


 少し揺らいだようだった。汐里の中でエリンギの影響力はすごいようだった。


 「ほら、今の雨でだって、きっとエリンギは大きく立派に成長しているよ。それを思いながら、ささっと幼稚園に行こう」


 「………………」


 汐里はゆっくりと立ち上がる。俺はほっとして、朝食のトーストをかじった。


 「…………やっぱりやだ」


 だが、思いとどまったようで、また座り込んでしまった。


 「あめじゃなくても、エリンギはそだつ」


 「た、たしかに……」


 「エリンギはすごいけど、あめはすごくない」


 今度は腕を組んでどっしりと構える汐里。


 「しお、ここからぜったいに動かない」


 「もうさ、頼むから幼稚園行ってくれよ」


 「やだ。しおを動かしたかったら、ブルドーザーを持ってこなくちゃいけない」


 「そこまでか」


 「ブルドーザーか、エリンギ」


 「エリンギで動くのかよ」


 汐里のエリンギに対するこだわりも相当なものだった。


 「あと、てこでもびみょうに動く」


 「そこは動かないでくれよ」


 てこでも動かないわけではないようだった。


 エリンギは栄養価も高いため、買ってくるのはやぶさかではなかったが、だが教育上物で釣るというのは、なんとなくはばかられた。


 「……わかった。エリンギは今日買ってくるし、汐里の好きなあの炒め物を夕食にしよう」


 「おお、ゆーいち、話がわかる!」 


 「でもな、なんでも物につられてしかしなかったら、いつか深月姉みたいなぐーたら人間になるぞ」


 「なんでそこで私が出てくるのっ!?」


 「!!」


 深刻そうに、汐里はうつむいて考える素振りを見せる。


 「……それはイヤ」


 汐里は顔を上げた。


 「しお、ようちえんに行く」


 「おお、そうか」


 「それで、しお、きゃりあうーまんになる」


 汐里は急いで服を着替え、幼稚園のバッグを肩にかける。そして一人でさっさと玄関を開けた。


 「ゆーいち、はやく」


 「ああ、すぐ行くよ」


 俺も汐里を追いかけるように急いで準備を始める。だが、部屋の中で一人、今も暗い空気を放つ人物がいた。


 「うぅ……。夕一ー……。汐里ちゃんにとって私は、こうなりたくないっていう悪い例なの……?」


 「えっとそれは……」


 明らかに深月姉のことを出してから汐里の行動が変わったために、なんと声をかけたいいものかわからない。


 「反面教師という名の教材と考えれば……」


 「それじゃ納得できないよう……」


 ただでさえ雨だというのに、違う原因も生まれ、ますますテンションを下げていく深月姉なのであった。

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