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その88「お茶を変えることになった」

 「ゆーいち、お茶をかえてほしい」


 晩御飯のとき、さんまの塩焼きをつつきながら汐里はこう切り出した。


 「お茶って、いつも水筒に入れてるお茶か?」


 「そう」


 幼稚園の決まりで、汐里には毎日水筒を持たせて幼稚園に向かわせている。そこのお茶について物申しているようだった。


 「うちで飲んでるのとまったく同じお茶だぞ?どうしてあのお茶じゃダメなんだ?」


 「粗茶だから」


 「マジか」


 「ものごっつ粗茶だから」


 「関西弁が出るほど粗茶なのか……?」


 確かに今我が家で出しているのはかなりの安物だが、まさか身内に粗茶と罵られるとは、思ってもみなかった。


 「いや、粗茶っていうのはな汐里、出してる側だけ言っていいものなんだ。飲んでる側がそれを言い出したらもうそれはただのタチの悪いクレームだよ」


 「それでも、粗茶は粗茶だから」


 「徹底的に蔑んでくるスタイルなんだな」


 汐里のなかでうちのお茶は粗茶だと確定してしまったようで、もうその評価を崩そうとはしない。幼稚園児にそこまで言われるまでのものなのだろうかと、わずかに茶葉の製造会社を憐れんだ後、俺はため息をついた。


 「悪いけど、うちには上等なのを持っていけるだけの経済的余裕はないんだ。汐里は、うちで宇治抹茶や玉露でも入れろって言うのか?」


 「そんなの、ぜんぶ粗茶」


 「マジかよ」


 これですらも粗茶であるなら、こちらにはもう理解のしようがなかった。


 「……わかった。なら聞かせてくれ。汐里は、うちでどんなお茶を入れて欲しいっていうんだ?」


 「………麦茶」


 「へ?」


 「麦茶を、入れてほしい」


 宇治抹茶や玉露を否定して、麦茶を望む。その価値判断基準が、俺には理解しがたかった。


 「教えてくれ。なんで麦茶なんだ?」


 「……今日、さくら組のみんなとおにごっこをした」


 さくら組は汐里が所属している幼稚園のクラスである。


 「それで、はなちゃんがのどかわいたって言って、でももう水筒にお茶がなかったから、しおのをあげた。そしたら、苦いって言われた」


 「……なるほど」


 そこまでで、俺は汐里の言いたいことが理解した。


 うちで出しているのはほうじ茶で、麦茶と比べると少し苦い。それを友達の女の子が指摘してきたのが嫌だったのだろう。きっと、麦茶がほうじ茶より苦くないということは、幼稚園の先生が説明したに違いない。


 「でも、ほうじ茶は麦茶より栄養がいいんだぞ?」


 「栄養とかはいい。そういうのは、ごはんから取るから」


 「とは言ってもなぁ」


 「足りなかったら、サプリメントも飲むから」


 「……………」


 サプリメントで栄養補給しようとする園児もいかがなものかと思うが、そこまで言ってきたものを無下にすることはできない。


 「……わかったよ。それじゃ、今飲んでるやつが終わったら、麦茶に変えるよ」


 「やった……!!」


 汐里は跳ね上がって喜ぶ。俺はそれを微笑ましく眺める。麦茶一つで喜べるとは、幸せなものだった。


 「しお、今からいっぱいほうじ茶飲む」


 「いや、それはお腹を壊すからやめてくれ」


 「ん……。なら、おねーちゃんが飲む」


 汐里はグラスを食器棚から持ってきて、ほうじ茶を注いだ。そして、それを深月姉のところまで持っていき、トントンと肩をたたいた。


 「おねーちゃん、これあげる」


 「え、お茶?今別に喉かわいてないけど……」


 「いいからあげる。飲んで」


 テレビの前に座りコール・オブ・デューティに勤しんでいた深月姉は、ネット対戦の最中半強制的にほうじ茶を飲まされる。ゲームのことが気が気でない深月姉は、ほんの数秒でそれを飲み干した。


 「……ふぅ。飲んだよ、汐里ちゃん。それじゃ、私はゲームをするから」


 深月姉がゲームに戻ったのもつかの間、汐里はすぐさまグラスにほうじ茶をつぎなおして、深月姉にまた渡した。


 「おねーちゃん、飲んで?」


 「え、いや、汐里ちゃん、それさっき飲んだんだけど……」


 「いいから、あげる」


 「そんなにほうじ茶でお腹をタポタポにさせたくないよう。どうしてそんなにほうじ茶をくれるの?」


 「……誕生日プレゼント」


 「いろんな意味で複雑だようっ!!」


 結局、二杯目のほうじ茶を飲まされることになる深月姉。


 そんな汐里と深月姉のやりとりは、汐里が寝静まる午後9時過ぎまで続けられたのだった。

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