その83「きのこダンスを踊った」
「じつは、ゆーいちにひみつにしていたことがある」
そう言い出したのは、日も暮れてテレビもゴールデンタイムに差し掛かった午後7時のことだった。食卓には麻婆豆腐ともやし炒めが並んでいる。
「どうしたんだ、汐里?」
「じつは、ゆーいちにひみつにしていたことがある」
「いや、それはさっき聞いたから」
汐里は重々しい空気を作り、パクリともやし炒めを口に入れる。そして、一緒にごはんも一口食べた。
「言おうか言うまいか、それがもんだい」
「そんなに重要なことなのか」
「うん。国家れべる」
「マジか」
固唾を飲んで、汐里の次の言葉を待つ。深月姉は意識がバラエティ番組に行ってしまっていて、話を聞いていないようだった。
「もう、言わないでおこうかな」
「いや、ここまできたら言ってくれよ」
汐里はコホンと咳ばらいをした。
「しお、このたび、新しいおどりをかいはつした」
「踊り?」
「そう」
箸をおき、おもむろに汐里は立ち上がる。
「こら、食べてる途中で立ち上がっちゃダメだろ?」
「ゆーいち、いまはそんなことを言ってるばあいじゃない。世紀のはつめい」
すぅっと息を一度吸ってから、汐里は言った。
「名付けてきのこダンス」
「世紀の発明のわりにかわいらしい名前だな」
「……悪魔と血のきのこダンス」
「無理やり怖くしなくていいから」
汐里はウォーミングアップにピョンピョンと跳ねて手足をほぐす。そして、解説に入った。
「まず、りょーてを上にあげる」
「ほう」
「それから、歌いながらりょーてをぱたぱたする」
「なるほど」
言った通り、汐里は両手を上にあげ、ぱたぱたしだす。そして、歌い始めた。
「きーのこだんすーはたのしいでしょー」
「直球な歌詞だな」
「きーのこだんすーはダンスだよー」
オリジナルの歌詞のようであるため、内容はほとんどないと言ってもいい。だが、本人はとてもたのしそうだった。
「ぼーくらーはみーんなー、きーのこーだよー」
「……………」
「こーまかーく言ーえばー、しーめじーだよー」
品種が指定されているようだった。
「おーじいーさんがー、つくったよー」
「……………」
「おーばあーさんはー、でてったよー」
「逃げられたのか」
「むーすめーのかーれしーは、たーつおーだよー」
「唐突に娘の話になったな」
「むーすめーのなーまえーは、さーちこーだよー」
「相変わらずネーミングセンスは渋いな」
「だーかーらさっちゃんって、いーうんーだよー」
「別の歌になってるよね」
「さっちゃんーのいとこーも、さーちこーだよー」
「複雑だなぁ」
それから、数分の間汐里の即興の歌を聞かされることになった。終わったとき、汐里は満足そうにお茶を飲んだ。
「お疲れさま」
「うん。つかれた」
そのとき、汐里の視線が深月姉の方に向かった。深月姉は相変わらずテレビを見て笑っている。
「そうだ。おねーちゃんも、した方がいい」
「へっ?」
突然話を振られて、振り返る深月姉。
「きのこダンス。一緒にしよう」
「いやー、私、身体を動かす関係のものはちょっと……」
「しないと、きのうポテチを食べすぎたのを、ゆーいちにバラす」
「えっ、買い忘れたんじゃなかったんだ……」
「今のでもう本人にバレちゃってるよ!?」
ポテチの秘密はすでに筒抜けになってしまったものの、結局、深月姉も付き合わされることになった。汐里のよくわからない歌と共に両手をぱたぱたさせる深月姉。汐里は満足そうだった。
「ねぇ、夕一」
「なんだい深月姉」
「お嫁にも行かず、こんなことしてる私ってなんなんだろうね……」
「さぁ………」
そればっかりは、こちらとしても言葉に詰まってしまうのだった。




