その78「野球ゲームをした・上」
夜。夕食も終え、部屋にはほっこりとした雰囲気が漂っている。汐里はリスの人形とドールハウスで遊んでいて、深月姉と俺はその横でぼんやりとテレビを見ていた。
「最近楽しい番組ないよねー」
「そうだな。毎週楽しみにするほどのはなくなったよなぁ」
小学生の頃はゴールデンのこの時間帯になると、夢中になってテレビにかじりついていたが、最近はそんなことはすっかりなくなっていた。昔のテレビ番組が面白かったのか、あるいはもう昔ほどあまりテレビに夢中になれる歳じゃなくなってきたのかもしれない。
「ねぇ夕一、今日はちょっと早いけど、もうゲームしちゃう?」
「んー、そうだなぁ」
いつもは汐里が寝静まった午後9時以降に、明かりを落とし豆電球にして、こっそりゲームをプレイすることになっている。さすがに6歳の汐里が観るには不適切な内容のゲームもすることがあるためでもある。
「しちゃおしちゃお」
俺の腕を掴んでゆすってくる深月姉。汐里を見ると、彼女は彼女でシルバニアファミリーの仲間たちと自分の世界に浸っていて、かまってやる必要もなさそうだ。
「わかった。それじゃ、汐里が見ても大丈夫な内容のゲームならいいよ」
「やったー!それじゃ、コール・オブ・デューティは?」
「だいじょばないゲームの代表格だよ」
戦争時の敵兵を撃ち殺すゲームなど、おおよそ幼稚園児には適切ではない。
深月姉はテレビ下の棚に並べられたゲームソフトをどれにしようかと指先でなぞっていく。俺は先に洗い物だけしてしまおうと立ち上がった。
「なににするの?」
「んー、久しぶりにパワプロしよっか」
「いいよ」
深月姉はゲーム機にディスクを入れ、準備する。その間に俺は、夕食分の皿を洗っていた。
タイトル画面が現れる。2.5頭身くらいのキャラクターがバットを振っている絵だ。
「これ、今年の開幕版だね」
「うん。毎年楽しみだけど、でもタイトルが変わる度にまた新しく選手を作らなくちゃいけないから、面倒だよね」
「深月姉は、自分で設定つけてキャラ作りたがるタイプだからね」
深月姉は自分設定の架空選手で架空のチームを作るのが好きなため、タイトルが変わるごとに、また同じ名前で同じ能力の選手を作り直しているのだった。
そんなとき、汐里が手を止めて画面を凝視していることに気がついた。
「どうしたんだ、汐里?」
「やきゅう……!!」
汐里は目を輝かせていた。
「ああ、そうか。汐里野球好きだっけ」
汐里の父親は、インチキ占い師でありギャンブラーであり、そして大の巨人ファンなのであった。
「しおも、それしてみたい」
「え、パワプロをか?」
汐里が野球ゲームをするというのはたしか初めてだっただろう。どうする?といった目で深月姉が俺を見たが、俺は許可を与えるように頷いて見せた。
俺の代わりに、2Pのコントローラーを握る汐里。深月姉は、2人対戦ができるように進めていく。
「汐里はどのチームにするんだ?」
「阪神」
「巨人じゃないんだな」
汐里も父親と同じで、負ければヤケになってジュースをがぶ飲みするほどの巨人ファンだ。そのため、汐里がライバルの阪神を選んだのは意外だった。
「おねーちゃんは、巨人にして」
「うん、いいよ」
「これでしおがわざと負ければ、ぜったいに巨人は勝てる……!!」
「そこまでして巨人に勝たせたいのかよ」
自分が負けてでも巨人の勝ちを優先するとは、汐里の巨人好きも筋金入りだった。
「自分の好きなチームを使ったほうが楽しいぞ、汐里?」
「ん、でも、巨人に負けてほしくない」
「汐里ちゃん大丈夫、私、手加減するから」
「……わかった。それなら、巨人にする」
汐里は阪神をキャンセルして、巨人を再選択した。その表情は、いささかうれしそうだ。やはり内心では、巨人を使いたかったのだろう。
「おねーちゃん、もししおの巨人が負けたら、罰ゲーム受けて?」
「えっ、勝ったのに罰ゲームを受けなくちゃいけないの?まぁ、いいけど」
汐里の巨人愛を知っているため、深月姉は承諾する。
「私が負けたら、どうすればいいの?」
「インド人になってほしい」
「物理的に無理だよ!」
「……フィリピン人だったら?」
「人種の問題じゃないよ!」
「しおが負けたら、肩たたきする」
「落差がありすぎるよ!」
これほどツッコミをする深月姉も珍しかった。
ゲームは進み、スターティングメンバーのオーダーに入っていく。汐里は初プレイのため、その辺は代わりに俺がやった。
「汐里のは打撃と投手以外全部オートでいいよね」
「うん。パワフル設定でいいよ」
俺は汐里の好きな選手を聞きながら、スタメンを決めていく。
「それじゃ、始めるよ」
深月姉が試合開始ボタンを押す。
そうして、深月姉の阪神VS汐里の巨人の試合が、幕を開けたのだった。




