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その77「深月姉がギャルを目指した」

 バイトを終えた昼下がり。今日は早朝からのバイトだったため、お昼まででお勤めは終わりだった。


 アパートの部屋に帰ってくると、深月姉はいつものようにパジャマ姿でテレビ画面に向かっていた。テレビからは料理の解説と感嘆の声が聞こえる。ゲームではなくお昼のニュースバラエティを観ているようだった。


 「ただいま、深月姉」


 反応がない。番組に集中しているのだろうか。


 俺は特に気に留めず、バッグを部屋の端に置いた。


 「マジありえないんだけどー」


 そのとき、おおよそ深月姉の口からは出ないような言葉が飛び出していた。思わず俺は耳を疑う。


 「……どうしたんだ、深月姉?」


 「夕一マジありえないんだけどー」


 「マジありえないの俺だったのか」


 話の展開がまったくつかめず戸惑う。俺は頭を掻いた。


 「どうしたんだよ深月姉。悪いもんでも食ったのか?」


 「チョベリバなんだけどー」


 「いつの時代だよ深月姉」


 数十年前のギャル語を我が物顔で駆使する深月姉。ちなみにチョベリバは、「超ベリーバッド」の略である。


 「話が全然見えないよ。深刻な悩みでも抱えてるなら、俺が聞くから」


 「マンモスウレピーなんだけどー」


 「さらに時代が逆行しているよ深月姉」


 もう俺は頭を抱えるほかない。ちなみに「マンモスウレピー」はほぼほぼ「うれしい」の意で、この言葉の創始者は薬物違反で捕まった過去がある。


 「もうさ、まず理由を説明しよう。話はそれからだよ深月姉」


 「MK5なんだけどー」


 「なんでマジで恋する五秒前なんだよ。深月姉の乙女心のツボがわかんないよ」


 「チョベリグなんだけどー」


 「……怒るよ深月姉」


 「ごめんなさい!!」


 即座に深く頭を下げ謝る深月姉。根性がヘタレなだけあって、変わり様も素早かった。


 俺はため息をついて深月姉の前に座る。よく見ると、深月姉は化粧をしているようだった。


 「……あのさ、どうしたんだ深月姉?」


 「いや、ちょっとイメチェンをしようかなって」


 「イメチェン?」


 深月姉は頷く。


 「ほら、私って気が弱いし、すぐなんでもあきらめちゃうでしょ?」


 「あ、自覚はあったんだね」


 俺の言葉に、深月姉はむっとする。


 「……とっても心が繊細だし、辞め際の見極めが早いほうでしょ?」


 「いいように言わなくていいよ、深月姉」


 俺はまたため息をついた。


 「それでね、私とは正反対の、明るくて厚化粧で出かけて図太くて派手に騒げる、ギャルの人たちの容姿や言葉を真似れば、ちょっとはそれも直るかなって」


 「なるほどね……。その判断が正しいのかはさておき、その発言はいまなお活動する全国のギャルに対してとっても失礼だよ」


 「ごめんなさい」


 また深々と頭を下げる深月姉。もうほとんど条件反射だった。


 「それで、やってみた感じはどうなの?方法はともかく、気持ちが変わったりはした?」


 「んー、どうだろう。いつもの私じゃない気はしたけど、あんまり変わってないかも」


 「まぁ、口調変えただけだからね」


 深月姉はテレビを消して、頭を抱える。しばらく、うんうんとしばらく悩みこんだ後、なにか思いついたのかバッと頭を上げた。


 「そうだ!口調や化粧だけじゃなくて、服装まで徹底して変えたらどう?そうしたら、ギャルたちの心情もちょっとはわかるかも!」


 そんなわけがあるはずはなかったが、目をキラキラさせて言う深月姉に意見することもできず、俺はタンスを漁る深月姉をただじっと眺めていた。

 

 「………あ」


 そうして、なにかに気づいたようで、声をもらす深月姉。


 「どうしたの?」


 「そういえば、ルーズソックス家にないや」


 「まぁ、深月姉普段履かないしね」


 それどころか、生涯一度たりとも履いたことはないだろう。そんな姿は見たことがない。


 「高校の制服も実家にあるし、困ったなぁ……」


 「ギャルっぽい私服なんて、深月姉持ってるわけないからね」


 ただでさえ外用の服が少なく、どちらかというとかわいい系のファッションが好きな深月姉の手持ちの服では、ギャル風のコーディネイトをできそうにはなかった。


 「ホットパンツとかも履いたことないし、どうしよう。夕一、どうしてギャルの人はあんなに露出度の高い服を着ようとするの?」


 「ギャルになると急に体温が高くなったりでもするんじゃないか?」


 また深月姉は考え出す。俺は昼飯の準備に取り掛かろうと、キッチンへ向かう。そのとき、深月姉は声をあげた。


 「そうだ!逆をいけばいいんじゃない?」


 「ん、どういうこと?」


 「つまり、体温を高めればいいんだよ!ギャルになると体温が高くなるなら、逆に体温を高くすればギャルに近づけるはずだよ!」


 「いや、それは……」


 そもそも体温のくだりがただの冗談だから、前提から間違えているのだが、当の深月姉はやる気まんまんでいる。


 「温かくしようよ夕一!今日のお昼はお鍋にしよう!」


 「昼から家で鍋つついてる時点でおおよそギャルっぽくないけどな」


 そうは言いつつ、鍋は調理も楽なので俺は戸棚から土鍋とガスコンロを取り出す。ちゃぶ台にそれを置くと、深月姉は無邪気に顔をほころばせた。


 「温湿布を貼って、しょうが湯を飲んで、あとは湯たんぽとちゃんちゃんこを……」


 調理中も、深月姉の口からは明らかにギャルっぽくない単語が飛び出している。もう深月姉の目的がよくわからなくなっていた。


 「あ、そういえば、運動すれば体温が上がるよ」


 「それは却下」


 即答する深月姉。いくら目的のためでも、徹底的に怠惰は貫くようだった。


 昼食のお鍋を一緒に食べてしばらくのんびりしていると、幼稚園のお迎えの時間になった。いつもは深月姉に頼んでいるが、体温が下がるからと、俺が行かされることになった。


 俺は仕方なく家を出て、歩いて幼稚園まで向かう。そして汐里と他愛もない話をしながら、二人帰ってきた。


 玄関を開けると、もわっとした熱気が流れ込んできた。


 「………あつい」


 汐里も顔をしかめる。


 俺たちは真夏のように蒸し暑い部屋を進んでいく。


 そしてリビングのドアを開けると、そこにはちゃんちゃんこを着て腹巻きを巻き、頭に温湿布、腕には湯たんぽの深月姉がいた。こたつに入って湯気の立つココアを飲んでいる。

 ゲームでもやりこみタイプの深月姉らしい愚直なまでの徹底ぶりだった。


 「どう、汐里ちゃん。お姉ちゃん、ギャルっぽくなった?」


 暑さで顔を真っ赤にした深月姉が聞く。状況が飲み込めないのか、汐里は首をひねる。


 「おねーちゃん、風邪をひいたの?」


 「とっても元気だよ。それより、今のお姉ちゃん、どう思う?」


 また首をひねる汐里。そして、口を開いた。 


 「なんか、おばあちゃんみたい」


 「がーーーん!!」


 暑い、と言って窓を全開にする汐里。ショックに打ちひしがれる深月姉は、それをとがめようとはしなかった。 


 俺は深月姉を見る。ちゃんちゃんこに腹巻、それに温湿布を貼るその姿は、汐里の言うとおり、明らかに定年退職後の老人のファッションだった。


 「ねぇ、夕一……」


 「なに?」


 「そもそもどうして、私たちギャルを目指してたんだっけ……?」


 「さぁ……」


 着ていたちゃんちゃんこを脱ぎ捨て、コタツにもぐりこんでしまう深月姉。汐里はそれを不思議そうに眺める。


 相変わらず残念な深月姉なのだった。

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