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その76「夏夜姉とファミレスに行った・下」


 夏夜姉とメールでやりとりをして、駅前で待ち合わせをすることになった。


 俺は少し早めに出たが、駅に着くと、夏夜姉はベンチで携帯をいじっていた。


 「あっ、夕一……」


 俺を見つけると、まっすぐ近づいてきて、手を繋いでくる。夏夜姉が人恋しくなるとき、よく出る症状だった。


 「早いね、夏夜姉」


 「ええ。電話をしてからすぐに家を出たから」


 俺は駅の時計台を見る。電話をもらってから、約1時間半が経過していた。


 「ねぇ夕一、とても言いにくいんだけど」


 「なに?」


 「残念なお知らせがあるの」


 「どうしたんだ?」


 「この近くに、ココスがなかったわ」


 俺がココスを渇望しているとでも思っているのだろうか。夏夜姉の表情は沈みきっていた。


 「いや、別にどこでもいいよ」


 「ほんとに?」


 「正直、別にココスに特別な思い入れないからね」


 俺たちは歩き始める。2つしか歳の離れていない夏夜姉と、手をつないで歩いている。傍から見れば、恋人同士と思われてもおかしくなかった。


 駅前は居酒屋が立ち並び、サラリーマンや学生の集団が店の前でたむろしていた。考えて見れば、この辺でファミレスというのも、あまり見かけない。


 「もう別に、居酒屋でもいいけど」


 「私、騒がしいところが苦手なのよ。ちょっと待ってて」


 夏夜姉は、携帯をいじって、ファミレスを探す。俺が覗き込んだ頃には、もう結果が出ていた。


 「車道沿いに少し歩いたところに、ファミレスが一件あるわ。よく知らないところだけれど」


 「そこにしよう」


 俺たちは少し歩き、大きな看板のあるファミレスに入った。少しさびれたレストランで、立地的には悪くなかったが、客はそれほど多くなかった。


 席に案内されるとメニューとおしぼりが渡された。俺たちはメニューを眺める。


 「ファミレスなんて、本当に久しぶりだな」


 「私はわりと来るわよ。家だと集中できないことは、外ですることにしてるから」


 メニューをめくっていく。洋食がメインの店のようだったが、最後の方には、和食のコーナーがあった。


 「どうしてファミレスって、こんなにメニューが多いんだろうな」


 「きっと、大人のニーズに応えるためでしょう。夫婦でその日、同じものが食べたいとは限らないし」


 「まぁ、たしかにそうだね」


 夏夜姉は、別でラミネートされた、季節限定メニューや子供向けのメニューも眺める。そういうのが好きなのだ。


 「見て。このお子様ランチ、どれも常識で考えればひどく高いわ」


 見ると、お子様プレートもお子様うどんセットもお子様からあげセットも、少量なうえ、明らかに冷凍食品であろうものが皿の上を飾っていたが、値段は大人のものとそう大きくは変わらなかった。


 「確かに」


 「ファミリーレストランはお子様ランチで儲けているのよ、きっと」


 こういうところでも真面目に考察をしてしまうあたり、なんとも夏夜姉らしかった。深月姉であったら、ひたすらにはしゃいで終わりだっただろう。


 「それで、なににしようか」


 「そうね。私はカキフライセットにするわ」


 店員を呼んで、注文する。俺はハンバーグステーキセットを頼み、夏夜姉はカキフライセットを頼んだ。


 「あ、あとドリンクバーとサラダバーも2つお願いします」


 夏夜姉がそう言って、店員は書きとめ、厨房に戻っていった。


 「……ドリンクバーとサラダバーを頼まなければ、ファミレスに意味なんてないわ」


 「そこまでのものだとは思わないけどね」


 行きましょう、と夏夜姉は立ち上がり、店の中央部に置かれたサラダバーへ向かった。俺もその後ろについて行く。


 夏夜姉は、皿を持ちトングを握るなり、コーンとポテトサラダを高々と盛り付け、その上にごまドレッシングをなみなみとかけた。


 「私はこの世に生を受けて、今年21になるわ」


 「うん、知っているよ」


 「でも、これまでの21年間で、こんなにたくさんのポテトサラダとコーンが乗ったサラダを、私は店で出されたことがないわ」


 「まぁ、サラダのわりにはだいぶずっしりしてるしね」


 夏夜姉はトングを置き、そして俺の方を、じっと見つめた。


 「いい、夕一?一つだけ断言しておくわ。この世に現存するなかで最もおいしいサラダは、『コーンとポテトサラダにごまドレッシングをかけたもの』、よ」


 それを、真顔で語る夏夜姉。その左手には『コーンとポテトサラダにごまドレッシングをかけたもの』。俺は思わず笑ってしまった。


 「夏夜姉、意外と可愛いとこあるね」


 「なによ。私は本気よ」 


 なら食べてみなさい、と夏夜姉に『コーンとポテトサラダにごまドレッシングをかけたもの』が入った皿を押し付けられる。そして俺が取った皿を奪って、その皿にまた『コーンとポテトサラダにごまドレッシングをかけたもの』を盛り付けていた。


 それらをひとまずテーブルに置いて、次はドリンクバーに向かった。


 そしてこのときも、グラスを握るなり夏夜姉はこう言った。


 「いい、夕一?この世に現存するなかで最もファミレスに適した飲み物は……」


 夏夜姉はものものしげにグラスをドリンクバーの機械にセットし、そして少しの間を置いて、ボタンを押した。


 「ウーロン茶よ」


 「あ、そこはシンプルなんだね」


 「カロリーが気になるからよ」


 「あ、そこは普通の理由だね」


 せっかくのドリンクバーなので、俺はオレンジジュースを入れて、テーブルに戻った。


 「いい?メインが来るまでに、サラダは食べ終わって、おかわりはしないのが鉄則よ」


 「どうして?サラダバーは何回も行けるのが魅力なんじゃないの?」


 「甘いわね、夕一。肝心のメインの料理が来たとき、少しでもお腹が膨らんでいたらおいしく食べられないじゃない。サラダバーの2回目以降は、メイン料理の後、少し物足りないと感じたときに食べるものなのよ」


 「なるほど……」


 かなりの回数ファミレスに行ったのだろう。夏夜姉の中では、ファミレスの楽しみ方にかなりのこだわりがあるようだった。


 「ちなみに、メイン料理の後のサラダバーでのおすすめは、『水菜とレタスに和風ドレッシングをかけたもの』よ」


 「そうなんだ」


 「理由は、一皿一皿が軽いから、満腹に至るまでの調整がしやすいことよ」


 「なるほど……」


 かなり考えられた作戦のようだった。


 サラダを食べ終えた頃にちょうど、メインのカキフライとハンバーグが運ばれてきた。そして2人で会話をしながら食べ終わると、夏夜姉は本当にもう一度サラダバーへ行き、『水菜とレタスに和風ドレッシングをかけたもの』を持ってきた。


 「この『水菜とレタスに和風ドレッシングをかけたもの』を食べたとき、私は今日ファミレスに来てよかったと感じられるのよ」


 「もういっそ本でも出すべきだよ、夏夜姉」


 会ったときは気分が沈んでいたようだったが、『水菜とレタスに和風ドレッシングをかけたもの』を頬張る今では、すっかりその陰鬱さは消えていたのだった。


 そして食事を終え、会計を済ませる。自分で出すと言ったが、夏夜姉は自分が出すと言って譲らなかった。このへんが深月姉との違いなのだろう。


 帰り道、また夏夜姉は手をつないできた。俺もそれを受け入れる。


 夏夜姉を送るために、駅へと向かう。そのとき、突然、前の方で叫び声が上がった。


 「あ、あんたそれ、いったい……!!」


 見ると、制服姿の灯華が立っていた。手には、なにやらアニメがプリントされた袋をいくつも抱えている。


 「ああ、奇遇だな、灯華」


 「奇遇だな、じゃないわよ!だ、誰よこの女!」


 「誰って、そりゃ……」


 説明しようとするが、灯華の凄まじい威圧と睨み顔で、言葉に詰まってしまった。


 「あんた、それどういうつもりよ」


 「どういうことだよ。全然意味がわからないぞ」


 その返答が火に油となったのか、さらに灯華の表情が険しくなる。両手の紙袋も、アスファルトの上に落とされ倒れてしまった。


 「そ、そりゃ、あんたが誰となにをしようが知ったこっちゃないわよ。でも、遊園地では私にあんなことをしておいて……」


 「おい、人聞きの悪いことを言うな。なにもしていないだろう、なにも」


 俺の言葉は聞こえていないのだろう。灯華は踵を返し、振り返りざま睨んできた。


 「もういいわ!ちょっと気を許した私が馬鹿だったのよ!知らない!この馬鹿!」


 「いきなり罵倒してくるなよ。反応に困るだろ」


 俺の言葉には反応しない。そのまま灯華は、駆けるようにして去って行ってしまった。


 その後姿を、俺と夏夜姉は呆然として見つめる。


 「ねぇ夕一、あの子はいったい……」


 「えっと、灯華は……」


 どう説明したものだろうか、俺は考える。その間にも、周囲の通行人が立ち止まり、好奇の目で俺たちを見ていた。


 目の前には、灯華が持っていたアニメの紙袋が放置されていたのだった。


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