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その6「いろいろ足りなかった」

 それは、長い道のりであった。


 足利家武将、柏木深月が主君に反旗を翻し独立をしてはや十余年、ようやく悲願の近畿地方制圧を達成したのだった。


 「ふははははは、それみたことか浅井!ちょっと顔グラがかっこいいからって調子に乗って!」


 捕虜となった浅井長政の処遇選択画面を指差し、下卑た笑いをする深月姉。隣でゲームを見ていた汐里は、明らかに引いていた。


 「ふふふ、毎日『浅井』と書いた紙を破って怒りを発散してたけど、それも今日が最後よ!」


 「そんなことしてたのかよ」


 ゲーム相手にそこまで熱中できるのも、ある意味うらやましかった。


 「それで、浅井はどうする?やっぱり斬首?」


 「いや、捕虜のままにしておいて」


 「え、どうして?」


 「今武士らしく死なせるなんて生ぬるい。一生牢獄につないで、私の臣下となった元浅井家の武将たちにその屈辱的な姿をさらしてやる」


 「うわ、考えが陰湿だな……」


 深月姉の暗い一面が垣間見えた瞬間だった。


 「ふふふ、これからは毎日浅井の苦渋に満ちた顔を見に行ってやる」


 「まぁ好きにすればいいけどさ」


 ただ、これからを考えれば、問題も多かった。


 近畿を統一できたものの、俺がいない間の深月姉のへっぽこ内政により、他家よりも制圧がかなり遅れてしまった。気づけば西は毛利家、東は上杉家と北条家、伊達家に制圧され、また執拗な浅井攻めで兵と兵糧を多く失ったため、ほとんど捕食待ちの状態だった。


 だがそんなことに気づきもしていない深月姉は、ハイテンションなまま俺の背中に抱きついてきた。


 「夕一!次は毛利家!中国地方をもらうよ!」


 「いや、そろそろ買い物に行かないと。冷蔵庫の中もうなにもないんだ」


 「ぶーー」


 露骨なブーイングを飛ばす深月姉。その横で、ひょいと汐里が手を挙げた。


 「しおも行く」


 「そっか。それじゃ、一緒に行こう」


 「今日は、あたらしいようちえんのお洋服買ってほしいの」


 「………へ?」


 固まる俺を、まじまじと汐里は見つめる。


 「どうしたの?」


 「い、いや、なんでもない。そっか。新しい幼稚園に行くんだったら、服とか色々また揃えなくちゃいけないのか……」


 俺はバッグに入れていた預金通帳を確認する。だが、そんなもの見る間でもなく、買える余裕がないのは明らかだった。


 「どうしよう深月姉。全然足りない……」


 「ええっ!?ちょ、ちょっと待ってて!」


 深月姉もタンスから、自分の通帳を取り出す。だが、表情は明るくなかった。


 「私の貯金も、ほとんど残ってない……」


 「なんたることだ……」


 これでは、とてもではないが汐里を幼稚園に行かせることなんてできない。


 「どうする?サラ金にでもお願いする?」


 「バカ。サラリーマンじゃない俺たちにサラ金が貸してくれるわけないだろ」


 「それもそうか……」


 汐里は、不思議そうに俺たちのやりとりを見ている。


 「ねぇ、ニート信用金庫とかないのかな?」


 「ニートのどこに信用できる要素あるんだよ」


 「うぅ………」


 深月姉はがくりとうなだれた。


 勘当されている手前、親を頼ることなどできない。なんとも困った事態だった。


 「……あ、夏夜姉なら助けてくれるかも」


 「ええっ、夏夜ちゃん!?」


 深月姉は、あからさまに苦々しい顔をした。


 夏夜姉は柏木家の次女で、今は大学に通っている、俺の2つ上の姉だった。当然、深月姉にとっては2つ下の妹にあたる。


 「ねぇ夕一、夏夜ちゃんはやめとこうよ……。やっぱりここは、ニート信用金庫にお願いを……」


 「だから、ニート信用金庫なんてないから」


 深月姉は、夏夜姉が大の苦手なのだった。夏夜姉がきっちりとした真面目な性格のため、のほほんとした深月姉とはどうも合わないのだ。


 「夏夜姉、なんでも大学入ってから一人で開発したアプリが当たって、それなりに余裕あるらしいし」


 今、夏夜姉は大学でプログラミングを勉強している。そこであっという間に高等スキルを会得し、スマホ端末用のアプリを作って、それの利益だけで早くも奨学金の返済を済ませてしまった。


 「でも、夏夜ちゃん厳しいから、きっとダメ出しだけで終わるよ?」


 「えっ、見た目は厳しそうだけど、結構優しいじゃん夏夜姉」


 「それは夕一にだけだよぅ……」


 深月姉はしょぼんとしだした。


 「もぅ、それでいいけど、お話は夕一がしてよ?」


 「わかったよ」


 俺は携帯を取り出す。それを見た深月姉は、三歩ばかりのけぞった。どうやら夏夜姉から送られる回線電波すら怖いらしい。


 電話帳から夏夜姉を選択して、かける。


 「あ、もしもし……夏夜姉?」


 『ゆ、夕一っ!?え、やだ、今日私誕生日だったっけ!?』


 「いや、夏夜姉の誕生日はまだ三ヶ月先だろ」


 『あっ……それもそうか……』


 電話の向こうの夏夜姉は、どこか落ち着きがなかった。もしかすると、なにかの作業中だったのかもしれない。

 

 『そ、それでなんなの?なにか用があるんでしょ?』


 「ちょっと折り入ってお願いがあるんだけど、話せば長くなるんだ。一度どこか暇なときに会ってくれない?」


 『ええっ!?私と夕一が二人で!?』


 電話の奥で、やたら激しい物音がする。なにか倒したのかもしれない。


 『わ、わかった。それじゃ、明日の夜七時にレストラン・プラージュでどう?』


 「えっ、レストラン・プラージュって、あの有名な高級フランス料理店の!?いやいや、そのへんのカフェとかでいいって」


 『いいの!それじゃ、明日の七時にね!』


 プツッ、と電話が途切れる。一方的に切られ、会話が終了した。


 俺は首をひねりながら、深月姉を見た。


 「なんかよくわからないけど、明日フランス料理店で話をすることになった」


 「くっ、やはりここ一番で勝負をかけてきたか………!!」


 なにか悔しそうに地団太を踏む深月姉。俺と汐里は、呆然とそれを見るしかなかった。


 「夕一、やっぱり夏夜ちゃんに頼るのはやめようよ。私、なんとかしてニートでも借りられる信用金庫探すから」


 「いや、そんなものは存在しないから。というか、結局ニート前提なのかよ」


 どうせなら、自分が働くから、くらいのことは言って欲しかった。


 「今回は他に方法がないんだから、夏夜姉に頼んでみよう。いくら夏夜姉が苦手だからって、へんな意地を張ることないよ」


 「そういうわけじゃないんだってば……」


 再びしょぼんとする深月姉。そのとき、突然汐里は布団を敷き、中に入っていった。時計を見ると、ちょうど午後九時になっていた。 


 俺は手を伸ばし、明かりを消す。深月姉も、黙って汐里の隣に入っていく。


 俺は、ため息をつくしかなかった。

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