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その54「夏夜姉が合コンに誘われた・上」

 その日、夏夜姉としては極めて珍しいことが起こった。事前になんの連絡もなく、突然うちにやってきたのだった。


 夏夜姉は、大学帰りらしく大きめのトートバッグをフローリングに放ると、半ば涙目で俺の手を握ってきた。


 「夕一!助けて欲しいの……」


 その光景に、思わず俺と深月姉は戸惑い夏夜姉を見つめる。こんな夏夜姉の姿を、これまでの人生の中で見たことがなかったのだった。


 「ど、どうしたんだよ夏夜姉」


 「私、合コンに誘われてしまったの……!!」


 夏夜姉は、俺たちに涙目で訴えたのだった。


 「夏夜ちゃん、それって……ほんと?」


 「冗談でこんなことを言うと思う!?」


 この語気から、夏夜姉の話が本当であることは、容易に察することができた。


 「ゆーいち、ゴーコンって、なんなの?」


 汐里が俺の指をにぎり聞いてくる。


 「それはな汐里、彼氏彼女のいない男女が、付き合う相手を見つけるために一緒に飲むことだよ」


 「……?一緒にのみものを飲むと、人を好きになるの?」


 「そうじゃないんだけどな汐里、これは彼氏彼女が欲しい男女の、一種の妥協案であってだな……」


 「……夕一、6歳児になにを話してるの」


 深月姉に注意をされる。夏夜姉はそんなことにはまるで構わず、ただただ泣きじゃくっていた。


 「夏夜姉、とりあえず落ち着いて……」


 俺は夏夜姉と身体を寄せ、そっと背をさする。しばらくすると、夏夜姉は身体の力を抜き、体重を俺に預けてきた。


 「ありがとう、夕一。もう、大丈夫よ」


 夏夜姉の頭が、俺の胸から離れた。


 「それで夏夜ちゃん、合コンって、あの大学に伝わる都市伝説の……」


 「都市伝説じゃないわよ。普通に存在するし、単に姉さんとは縁がなかっただけ」


 「でもまさか、夏夜ちゃんが誘われるなんて……」


 「それが問題なのよ……」


 そう言うと、夏夜姉の身体はまた震えだした。不憫になって、俺はその背をまたさする。


 「でもさ、嫌ならなんで断らないんだ?夏夜姉がそういうのに向かないことくらい、友達ならわかるはずなのに……」


 「大学の友達というのは、それがわからないのよ!!人間関係が希薄だから!!」


 夏夜姉は涙ながらに訴える。大学を出ていない俺は、肯定も否定もすることができず、ただその場に留まっているだけだった。


 「いつまでも私に彼氏ができないから、変に気を遣って、いえ、半ば好奇心で合コンをセッティングしてきたのよ。本当に困ったわ……」


 「それで、相手は……」


 「なんでも、医学部の学生らしいわ」


 その経歴だけで考えれば、食いつく女の子は少なからずいるだろう。しかし、夏夜姉の表情を暗さを帯びるばかりだった。


 「本当に、どうしたらいいか……」


 俺は、夏夜姉の話を頭の中でまとめた。


 「んと、要するに、夏夜姉は合コンに誘われたけど、参加したくないわけだよね?なら俺も一緒に断りに行くからさ、それでどう?」 


 「夕一…………」


 夏夜姉は、目に雫を溜め、じっと俺を見た。


 「……甘いわ!!弟が一緒に乗り込んだくらいで中止になるはずがない。いくらなんでも、世間を甘く見すぎよ!!」


 「えっ、なんで怒られてるの、俺……?」


 急に態度を厳しくする夏夜姉。なにがなんなのか、よくわからなかった。


 「この合コンを回避する方法は、一つしかないの」


 「なんなの?」


 夏夜姉は慈悲を請うようにしゃがみこみ、俺に手を合わせた。


 「夕一お願い!私の彼氏であるフリをして!!」


 「……………」


 俺と夏夜姉は、顔を見合わせる。おおよそ夏夜姉の口から出たものとは思えない案だった。


 「またベタな……。よしもと新喜劇や陳腐なラブコメじゃあるまいし……」


 「シンプル・イズ・ベストなのよ!洗練とは無駄をそぎ落とすことだと、誰かが言ってなかった!?」


 夏夜姉は半ば錯乱状態で訴えてくる。ここまで緊迫した感じで言われると、断れるものも断れなかった。


 「………はぁ。夏夜姉には普段から色々面倒みてもらってるし、できる限りのことは協力するよ」


 「ほんとう、夕一……?」


 夏夜姉は、涙でにじんだ目を輝かせる。


 「いいよね、深月姉?」


 「うん。ほんとは嫌だけど、ここまで真剣に迫られると、さすがに……」


 「ありがとう、姉さん、夕一」


 夏夜姉は、深々と頭を下げていた。


 「それで、俺はどうすればいいの?」


 「近日中に、私の友達と会ってほしいの」


 そう、夏夜姉は言った。


 「私が友達に紹介をして、少し話してもらえれば、すぐに相手も納得するはずよ。別に特別な準備はいらない。だって、この世のどんな男の人よりも、夕一は私を理解しているのだから」


 「ん、まぁ、確かにそうだな」


 そういったところで、弟に彼氏の役目を頼むというのは、意外といい案だったのかもしれない。


 「それじゃ、具体的な日付は、追って連絡するわ」


 夏夜姉は立ち上がる。そしてバッグを取って部屋を出ようとしていたが、途中で立ち止まった。


 「……やっぱり、今日は人恋しいから、泊っていってもいい?」


 あの泣きじゃくった夏夜姉を見た後では、さすがに深月姉も反対はできない。


 そうして、夏夜姉は今日一泊、うちに泊っていったのだった。

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