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その49「焼肉パーティーをした」


 「いいか、世の中には、『世界三大』と数えられるものがたくさんある」


 夕食を目前に控えた午後6時半。俺は珍しく仁王立ちなどして、リビングで胸を張っていた。


 「深月姉、試しに世界三大珍味を言ってみてくれ」


 「フォアグラ!トリュフ!北京ダック!」 


 「いや、最後だけ違うな。最後はキャビアだ。ちなみにキャビアはチョウザメの卵で、ロシアで獲られることが多い。これは豆知識だ!」


 「おお、さすが夕一!」


 深月姉は、俺へ向けて最大の拍手を送ってくれる。俺はそれに満足して、何度も頷いた。


 「それじゃ、あえて問おう。『世界三大庶民の高級料理』といえば?」


 「寿司!焼肉!えっと、あとは………」


 「ああ、三つ目はもういいや……。そう、焼肉!焼肉なんだ深月姉!そして汐里!」


 「おお、焼肉!!」


 「お、おおーー」


 状況を読み込めない汐里も、子どもながらに空気を読んで、控えめな歓声をあげた。


 「ここに、我らが柏木家では滅多にお目にかかれない代物がある!それが、なにかわかるか、深月姉!」


 「はい、牛肉です!」


 「そうだ!牛肉だ!はっきり言って、これだけ牛肉を食べていない家庭は、ヒンドゥー教信者とうちだけだと言っても過言ではない!」


 俺はちゃぶ台の上に置かれた、竹の皮かなにかに包まれた牛肉を指差した。カルビ、ロース、タン、その他ホルモンにゼンマイなど、計3kg。この光景は、我が家にとっては半ばファンタジーと言っても過言ではなかった。


 「俺たちにとって、牛肉とはなんだ、深月姉!!」


 「明日への希望、そして栄光への架け橋だよ!」


 「そうだ!いや、正直そこまでのものでもないけどそうなんだ!それじゃ、汐里!汐里にとって牛肉とはなんだ!」


 「お肉」


 「……………。そ、そうだ!牛肉とはお肉だ!酸素が気体でお水が液体であるように、牛肉はお肉なんだ!」


 「うおおおおお~~~」


 よくわからないが、深月姉がハイテンションの雄たけびをあげる。その横で、汐里は出会ってから初めてというほどの戸惑いの顔を見せていた。


 「……あのさ、喜んでもらえるのは、こちらとしてもすごくうれしいんだけどさ」


 そんななか、一人、手を上げる者がいた。


 「……正直、そんだけ喜ぶ必要、なくない?」


 そんなことを言ってきた灯華を、俺と深月姉はじっと見据える。それに対し、灯華は何故か、一歩ひるんだように後ずさっていた。


 「お前にわかるか?うちにとって、焼肉とは、否、牛肉とはなんなのかわかるか?」


 「明日への希望、そして栄光への架け橋なんでしょ?」


 「そうだ!いや、正直そこまでのものでもないけどそうなんだ!つまり牛肉とは、俺たちが触れることのできない禁断の果実。いわば見果てぬエデンの園なんだ!」


 「いや、普通にスーパーで手に入るから。なに天竺的なニュアンスで牛肉を表現してくれてんのよ」


 灯華はハイテンションな俺たちを見て、ため息をついていた。


 ちゃぶ台に置かれている焼肉用牛肉3kg。これは、この前灯華が宿を借りた礼にと、持ってきたものだった。


 「お礼の品がなにか聞いたら、即座に牛肉って言うんですもの。そのときはかなり控えめな希望だなと思ったけど、このテンションですべてを悟ったわ」


 俺たちが遠慮したと思ったからだろうか、持ってきた牛肉は、駅前のスーパーのものながらも霜が降っていて、かなりの高級品だった。ポンとお礼にこういったものを差し出すあたり、さすがは高級住宅地の一等地に住むお嬢様だった。


 「ありがたがるのはうれしいけど、早く食べちゃいましょうよ。私、今日テストだったから、頭使ってお腹減ってるのよ」


 「そ、そうだな。ちょっとホットプレート出してくる」


 俺は、昔買って、数回使っただけの新品同様のホットプレートを戸棚から取り出し、ローテーブルに置いた。深月姉も電源ケーブルをコンセントに差込み、準備を手伝ってくれる。普段から怠惰な深月姉を突き動かすあたり、牛肉の魔力であった。


 「よ、よし。これであとは鉄板が熱を帯びるのを待つだけだ。それじゃ、サラダ油を……」


 「待ちなさい。たしか、店員さんがこのあたりに……」


 灯華は、慣れた手つきで笹包みを開ける。そこには、霜降りのカルビと共に、真っ白な牛脂があった。


 「これで焼きなさいな」


 「お、おお……。ぎゅうの、牛の油……!!」


 「いや、スーパーでもタダで配ってるから」


 たしかにそうだったが、テンションが上がりすぎて、その辺の判断もうまくつかなくなっていた。


 プレートが熱を帯びると、俺は菜箸で牛脂を掴み、広げた。油のはじける小気味いい音が広がり、プレートがてらてらと光った。俺は、他の笹包みを開けていき、牛タンをつまむと、プレートの上に投下した。


 「み、深月姉!早く、塩コショウの準備を!!」


 「ら、らじゃ!!」


 深月姉が即座に立ち上がり、キッチンへ駆け出そうとする。だが、それを灯華が制止した。


 「ちょっと待ちなさい。そのへんの準備もこっちで用意してるわ。塩コショウとレモン。それに焼肉のタレも、辛口と甘口両方」


 「えっ、これ、至れり尽くせり!?」


 ついに深月姉は舞い上がり、正座をする汐里のひざに寝転んでしまった。


 「あんたたちは、一体どんな生活をこれまでしてきたっていうの……」


 灯華は完全に引いているようだった。


 焼きあがった牛タンを、俺はそれぞれの器に渡していく。そして、一斉に声をあげた。


 「いただきます!!」


 全員、ぱくりと牛タンを頬張る。反応は、言わずもがなだった。


 灯華は、俺の方を見てにやりと笑う。


 「どう?これでも、スーパーで一番高いやつを選んで買ってきたんだから」


 「………灯華。人類って、すごいな」


 「いや、焼肉でその考えに行き着かれたら、私も逆に困っちゃうんだけど」


 どう反応すべきか困ったのか、灯華は苦笑いを浮かべていた。


 「夕一!もっと!もっと牛タンを!」


 「よ、よし!もっと焼いてやる!!」


 俺はホットプレートを埋め尽くす程に、牛タンを敷いていく。焼きあがった肉を、夢中で食べる深月姉たち。それが終わると、次はロースを並べていった。


 灯華は、至福の表情を浮かべているであろう俺たちをみて、半ば母親のような優しげな顔をしていた。そして、ロースからホルモンやカルビに入っていったあたりで、彼女は切り出した。


 「ちなみにあんた、この前に貸したDVD、観た?」


 「えっ、観てないけど?」


 その瞬間、灯華の表情が変わる。


 「あんた、観てないって、どういうこと!?あれから何日経ってると思ってんの!?」


 「えっ、2日だけど……」


 「2日あったらあの程度、12周はしてしかるべきでしょ!!」


 「おい、それどういう計算だよ」


 灯華は、ガクリと肩を落とし、器と箸をちゃぶ台に置いた。


 「……はぁ。まぁ、そんなことだろうと思っていたわ。でも、今日は付きっ切りで一緒にあれを観てあげる。もちろん夜通しでね」


 「………はぁ!?」


 灯華は、牛肉と一緒に持ってきた荷物を広げていく。それは、この前置いていったアニメのファーストシーズンと、セカンドシーズン全巻だった。


 「いや、夜通しって、まさか……」


 「姉さんには、友達の家に泊るって言ってあるわ。こっちの問題はまったくない」


 灯華は、再びにやりと笑う。


 「まさか、牛肉だけいただいておいて、帰れだなんて、言わないわよね……?」


 そのとき、俺はすべてを悟った。一晩宿を貸しただけで牛肉3kg。なにかがおかしいと思っていた。


 「実は私、学園ではアニメ好きを隠しているの。あんたなら、私の情熱のはけ口に、なってくれるわよね……?」


 俺がなにかを返答する間もなく、灯華はそのアニメの見所を、口早に話し始める。彼女の大好きな『魔法理想郷ルーティア』の登場人物から設定、シナリオの良し悪しについてまで。その熱意たるや、製作監督でさえも同程度のものを見せられるか、疑問に思うほどであった。


 「……というわけよ。でもまぁ、とにかく作品を観ないことには始まらないわ。さぁ、あのゲーム機で観れるから、さっそくつけてみましょ」


 灯華は、勝手にゲーム機を起動させて、自分のDVDを挿入する。


 そしてそれから約6時間半、灯華の熱意に満ちた悪夢の時間が始まるのであった。

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