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その33「汐里が一人で料理を作った」

 夜。バイトから帰ってくると、トタトタと汐里が駆け寄り、出迎えた。


 「おかえり、ゆーいち」


 「ただいま。今日も幼稚園、楽しかったか?」


 コクリ、と汐里は頷く。


 「さきちゃんと、ジャングルジムであそんだ」


 さきちゃんは、前にうちに来たこともある、汐里のおともだちだった。汐里に負けず劣らずのませた女の子だったが、ジャングルジムで遊ぶあたり、子どもらしいこともするようだった。


 「ジャングルジムの上から、じんみんをみおろしてた」


 「……………」


 二人は相変わらずのようだった。


 俺はバッグを下ろし、手を洗う。そのまま夕飯の準備に取り掛かろうとしたとき、汐里が腕を引っ張った。


 「今日は、しおがお料理つくる」


 「え、汐里が?」


 コクリ、と汐里は頷いた。


 俺は深月姉を見る。深月姉は相変わらず毛玉のついたスウェットを着て、テレビ画面に向かいゲームをしていた。


 「深月姉にも、そのチャレンジ精神が半分でも乗り移ってくれればいいんだけどな……」


 「えっ、なんか言った?」


 深月姉は振り返るが、ポーズの操作をしていないため、またすぐにテレビ画面に目を戻した。


 だが、汐里が料理を作るといっても、この前一緒にカレーを作ったくらいしか、料理の経験はなかったはずだ。それ以前を考えても、根っからのギャンブラーで夜逃げまでしてしまう汐里の両親が、汐里に料理を教えたとは思えない。


 今日はアジフライにする予定だったが、汐里に揚げ物をさせるのは危険すぎる。俺は冷蔵庫を開けた。


 「豚肉、玉ねぎ、にんじん、じゃがいもとキャベツ……。この前も作ったけど、カレーなんかどうだろう」


 「カレー……!!」


 汐里はうれしそうに跳ねた。


 「ダメだよ夕一。私、お腹ペコペコだもん」


 口を挟んだのは、テレビでアクションRPGをプレイする深月姉だった。


 「カレーって言ったって、一時間くらい待ってくれたらできるよ」


 「一時間も待ったら、お腹と背中が癒着しちゃうよ~」


 「若干見てみたい気もするけどな」


 ゲーム画面からは目をそらさないまま駄々をこねだす深月姉。仕方なく、俺はまた冷蔵庫を覗き込んだ。


 「んー、あとは小麦粉と米があるくらいか……。パッと思いつくのは野菜炒めとお好み焼きくらいだな」


 「お好み焼き……!!」


 また跳ねだす汐里。納得のようだった。


 「関西人の、プライドとたましいを見せる……!!」


 「いや、汐里関西とは縁もゆかりもないだろ」


 だが本人はプライドをかけ盛り上がっているようなので、それでよしとした。


 俺は冷蔵庫からキャベツを取り出し、包丁と一緒にまな板の上に置いた。その間に、汐里がのぼり台を持ってきて、上にのぼった。


 「まずはキャベツを切ってくれるか?」


 汐里は頷き、包丁でキャベツを切り始めた。大人用の包丁のため、少し扱いづらそうにしている。それに、刃も大きくそれなりの重さがあるため、手がすべって落とした場合のことを考えると不安だった。また今度料理をするときは、子供用のプラスチックの刃の包丁を買ってもいいかもしれない。


 汐里が4等分したキャベツを粗みじん切りにしていく。それなりの量があるため、まな板の上からキャベツの欠片がはみ出てしまう。だが、汐里が真剣な顔で取り組んでいるため、なにも言わないことにした。


 「ゆーいち、切りおわった」


 「それじゃ、次は小麦粉と卵と水をボウルでかき混ぜようか。これも汐里がするか?」


 汐里は頷く。俺は調理用具がしまわれた棚からボウルとおたまを取り出し、汐里に渡した。


 俺が分量を量り、汐里がそれをボウルに投入していく。揚げ玉だけは、汐里が好きなだけ入れた。生地が出来上がると、俺は大きめのフライパンを出して、火をかけて油を敷いた。


 汐里がお玉で生地をすくって、フライパンの中に入れる。そして、ふたをとじた。


 「焼けるまで、少し待とうか」


 「その間に、しりとりしよう」


 「いいよ。それじゃ、『しりとり』」


 「んー……、『りんご農家』」


 「しりとりに農業を持ち出してくるか……」


 幼稚園児らしく『りんご』で終わらせないあたり、汐里は相変わらずだった。


 フライパンの中で油がぱちぱちと鳴りはじめたあたりで、俺はふたを取った。汐里は湯気が立ち上るなかフライパンを覗き込んだ。


 「しおがひっくり返す」


 「え、でも、さすがにこれは難しいぞ」


 「しおがやりたい」


 仕方なく、俺はフライ返し2つを汐里に渡す。汐里は真剣な面持ちでお好み焼きの下にフライ返しをもぐりこませた。


 「…………いまだっ!」


 汐里は一気に両腕を上げる。だがその勢いにお好み焼きがついていけず、生地はちぎれ、部分的に中途半端にひっくり返された。


 「………しっぱいした」


 「いいさ。失敗は誰にでもある」


 「これ、おねーちゃんの」


 汐里はボウルの中の生地をおたまでかき混ぜながら言った。当の深月姉は、ゲームに熱中していて気づいていない。さすがに深月姉が不憫に思えた。


 2枚目は、俺が後ろから汐里の手を握る形で補助をし、ひっくり返した。今度はうまくいき、焼き具合もちょうどよかった。


 「やった……!!」


 「よかったな」


 「しお、関西人でよかった……!!」


 「だから関西人じゃないから」


 汐里は満足そうだった。


 お好み焼きができあがると、汐里が自ら進んでちゃぶ台へ運び、お好みソースやマヨネーズも持っていった。深月姉はそこでようやくゲームを終了した。


 「わぁー、お好み焼きだぁー。でも、どうして私のだけ形がいびつなの?」


 「……そういう仕様」


 「へぇ、そうなんだ。いただきまーす」


 「ダメ。いただきますは、みんなでする」


 汐里は手でバッテンを作る。23にして幼稚園児に怒られる深月姉だった。


 俺も座り、全員がそろったところで、汐里が手を合わせた。


 「いただきます」


 俺たちは食べ始める。汐里は箸を器用に使い一口食べる。そして、顔をほころばせた。


 「おいしい」


 「よかったな」


 「これはもう、店を出さないとおこられるレベル」


 「そ、そうか……」


 俺はなにもかける言葉が見つからなかった。


 「なんばの大地が、しおを呼んでいる……」


 また一口、お好み焼きを食べる汐里。その表情からは、幼稚園児らしからぬ野心がだだ漏れだった。


 そうして、和気あいあいとした夕食を終えるのだった。

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