表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/106

その26「さきちゃんが遊びにきた・下」

 部屋に着くと、汐里とさきちゃんは子どもらしくはしゃぎだした。そして、さきちゃんは笑顔で俺にこう言った。


 「とても小さくてかわいらしいおへやですね!」


 「………ははっ」


 それに対して俺は、苦笑いをもってして他に対応することができなかった。


 みんなで並んで手洗いとうがいをする。それが終わると、汐里たちは駆け足でミニチュアハウスの元へ向かっていった。


 「さきちゃん、おにんぎょさんは、もってきた?」


 「もちろんですわ」


 さきちゃんは幼稚園バッグをまさぐる。取り出されたのは、男女二体のリスの人形だった。


 「ガンジーくんとマザー・テレサちゃんですわ」


 リスの人形につけるにはあまりに偉大すぎる名前だった。


 俺はオレンジジュースの入ったグラスとクッキーの皿を盆に載せ、ちゃぶ台まで運ぶ。さきちゃんは、これまた丁寧に感謝の意を述べた。


 「そうだ、ゆーいちさんとおねえさまもいっしょにやってくださいませ」


 「えっ、俺たちも?」


 そうです、と言ってさきちゃんは手を叩く。深月姉は、帰ってからというものずっとテレビ台の裏に隠れていた。


 「わかった。それなら芳美とエリックを持ってくるよ」


 「ちょっと待ってくださいまし」


 さきちゃんはまた幼稚園バッグから人形を取り出す。今度は猫の男女だった。


 「わたしのネルソン・マンデラくんとナイチンゲールちゃんをお貸ししますわ」


 「どれだけ知識量があるんだこの子は……」


 少なくとも、ネルソン・マンデラを「くん」付けで呼んだ幼稚園児は彼女が初めてだろう。


 「4人いるから、家族ごっこにしよう」


 「よいですわ」


 汐里がトタトタと深月姉の元まで駆け寄り、テレビ台の裏から引きずり出してくる。深月姉はまだかすかに震えていたが、汐里がその背を撫でていた。


 「それでは、わたしとゆーいちさんがおとうさんとおかあさんをしましょう。しおりさんとおねえさまは子どもということでいかが?」


 「ん、わかった。わたし、おねえさんがいい」


 深月姉が妹ということのようだった。


 「俺が猫でさきちゃんがリスだけど、夫婦で大丈夫か?」


 「いい。これ、ざっしゅ」


 「雑種?」


 コクリ、と汐里は頷く。


 「このねこは、ねこだけどリスとねこのハーフ。このリスも、ねことリスのハーフ」


 「なんだかややこしいな……」


 「ちがいますわしおりさん。愛は種族をこえるのですわ」


 「こっちは哲学的だな……」


 どちらにせよ面倒な話であることにかわりはなかった。俺はそれ以上なにも言わないことにした。


 人形たちが、ミニチュアハウスの中に入り、各々の席につく。俺のネルソン・マンデラとさきちゃんのマザー・テレサが向かい合う形で、人形ごっこはスタートした。


 「ねぇ、ネルソン・マンデラ」


 「……なんだ、マザー・テレサ」


 「わたしたち、もう終わりにしましょう」


 「ちょっと待てっ!!」


 俺はあわてておままごとを止める。


 「しょっぱなから家庭崩壊してる家族ごっこってあるか!?」


 「家族は、たとえはなればなれになっても家族ですわ」


 「だから哲学的なんだよっ!!思想がっ!!」


 よくわからない、といった様子で二人は首をひねる。その反応をしたいのはこちらの方だった。


 「それで、おっけーしてくれないかしら、ネルソン・マンデラ?」


 「イヤだ。イヤだよマザー・テレサ。君なしでの生活なんて考えられないんだ」


 さきちゃんのマザー・テレサがそっぽを向く。


 「あなたのそういうみれんたらしいところが、わたしはイヤになったのよ」


 「し、辛らつだなぁ……」


 まさかこんな展開になろうとは、思いもしなかった。


 「おかあさんっ!」


 そのとき、汐里扮する長女、直子が介入してきた。


 「おとうさんとおかあさん、離婚するの?」


 「そうよ、直子。これからはわたし、もういちどひとりのおんなとして、羽ばたいていきたいの」


 直子は身体をぶんぶん横に振り、否定の動作をする。


 「イヤだよ、おかあさん!」


 「直子……」


 「わたしの親権はおかあさんじゃなきゃイヤだよ、おかあさん!」


 「嫌われてるなぁ、ネルソン・マンデラ」


 始まってからというもの、お父さんはいいとこなしだった。


 「お、おかあさん……」


 そこに、控えめに深月姉演じる次女、ナイチンゲールが登場する。


 「あら、ナイチンゲール」


 「おかあさん、別れちゃうの?」


 「ええ。でも働いてないあなたには関係ない話よ」


 「がーーーん!!」


 深月姉はここでもニート設定のようだった。深月姉のナイチンゲールは、もう部屋に戻るしかなかった。


 「さぁ、どうなのネルソン・マンデラ。別れてくれるの?」


 「……わかった。別れよう」


 さきちゃんは満足げに、うんうんと頷く。


 「……ありがとう、ネルソン・マンデラ。むすめたちには、できるだけ会えるように時間をつくるわ」


 話が大分具体的でリアルだった。汐里の直子は何故か跳ね上がっている。


 「さぁ、行きましょう直子。これからが第二のじんせいよ」


 「うん、おかあさん」


 二人はミニチュアハウスの外へと出て行く。


 「あの、私は……」


 深月姉のナイチンゲールは、結局取り残されてしまうのだった。


 それからは、汐里とさきちゃんの二人で仲睦まじく、バツイチ母と小さな娘の第二の人生を演じていた。


 そうしている間に日が暮れ始め、やがてさきちゃんのお母さんが迎えにきた。


 「あの、咲希はご迷惑をおかけしませんでしたか?」


 「いえ、全然」


 部屋で死体のように横たわる深月姉を隠すように立って、俺は言った。


 さきちゃんは、丁寧に頭を下げる。


 「しおりさん、ゆーいちさん、また遊びましょうね」


 「うん。またきてね」


 そうして桜井親子は帰っていった。桜井さんの車は黒塗りの左ハンドル、しかも運転手付きだった。


 「エリート教育って怖いな……」


 俺は部屋に戻る。そこには、息絶え絶えの深月姉が這っていた。


 「夕一、私っていったい……」


 「……ビール、持ってこようか」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ