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その17「夏夜姉の部屋にお泊まりした」

 夜。風呂に入り夕食を食べ終え、アパートを出て電車に乗り込んだ。


 夏夜姉の家は、俺たちのアパートから3駅離れたところにあった。深月姉も夏夜姉も、基本的には地元から離れたくない気質のようなので、実家も含め、家同士の距離は割と近い。


 駅に着くと、俺は夏夜姉から携帯に送られてきた地図のデータを開いた。Googleマップを使えば道順が正確に表示されるようになっている。なんとも夏夜姉らしかった。


 「ねぇ夕一、こっちで本当にあってるの?」


 「多分な。わからなければ夏夜姉に電話して迎えに来てもらうよ。……ただ、家に入れてもらえるかはわからないけど」


 俺の後ろには、前回の映画のときのように深月姉と汐里がいた。ゲームを1本に減らしてもいいから自分たちも泊めてほしいと、深月姉は夏夜姉にお願いするようだった。宿を借りに行くというのにゲームを要求するあたり、なんとも深月姉らしかった。


 「夏夜ちゃん、私たちがいたら絶対に怒るよね……」


 「いや、汐里がいる手前、怒りはしないだろうさ。……確実に二人の仲は悪くなるだろうけど」


 「うぅ、この二、三日、ずっと夏夜ちゃんの無言の圧迫に耐えることになるのか……」


 深月姉がうなだれる。そのとき、汐里が、俺の服の袖を引っ張った。


 「おねーちゃんとなつよちゃん、仲わるいの?」


 「んー、別に仲が悪いってわけじゃないんだけど、お互いがお互いに苦手意識を持ってるというか」


 別に突き放したりケンカをするわけでもなければ、普通に会話もする。だが、俺が間にいなければ一緒になにかをしたりしない、というだけのことだった。


 「あ、夕一、あれじゃない?」


 深月姉が指差した先には、6階建てのマンションがあった。入り口は自動ドア、その奥にはオートロックのドアが見えた。


 俺たちは中に入って、オートロックのドアの横にあるナンバーキー付のインターホンで、夏夜姉を呼び出した。夏夜姉は弾む声で出て、オートロックを外してくれた。


 夏夜姉は最上階の部屋に住んでいた。インターホンを押すと夏夜姉が明るく出迎えたが、その表情もすぐに驚きに変わった。


 「ね、姉さん!?」


 「えへへ、ついてきちゃいました」


 「ついてきちゃいましたって……。ゲームをもらっておいて夕一を渡さず、さらにはうちに泊めろっていうの!?」


 まったくの正論だった。俺には返す言葉も見つからない。


 「いいでしょ?ゲームは1本で我慢するからさぁ……」


 「そういう問題じゃないの!約束が違うじゃない!」


 「え、私がついてこないなんて約束はしてないけど?」


 「うちに泊めてあげる約束もしてないわよ!」


 夏夜姉声を荒げて深月姉に訴えていたが、汐里と目が合うと、ため息をついて、うなだれた。


 「……仕方ない。今日は泊めてあげるけど、でも明日は帰ってよね?私にも、忍耐のキャパシティはあるから」


 「うぅ……わかった」


 夏夜姉はトボトボと部屋に入っていく。俺も、夏夜姉の部屋に足を踏み入れる。


 「……………」


 靴を脱ぎ、廊下に出た途端、早速夏夜姉は俺の手を握ってきた。


 「……ねぇ、いいでしょ?」


 「まぁ、いいけどさ……」


 夏夜姉はその厳しそうな見た目に反して、寂しがりなのだ。実家にいるときも、ずっと夏夜姉の部屋の隅で二人手を繋いで座っていたことがあった。


 「ねぇ、その、うちにいる間は、夕一が私に手料理作ってくれる?」


 「うん、いいよ」


 「………!!そ、それじゃ、ご飯の後一緒にネットサーフィンしてくれる?」


 「いいよ」


 深月姉とのやりとりでこわばっていた夏夜姉の表情が、一気に柔らかくなる。


 「夜お酒に付き合ってくれる?」


 「俺は飲めないけど、いいよ」


 「眠る前に、絵本も読み聞かせてくれる?」

 

 「え、別にいいけど……」


 「私が眠りにつくまで、お腹ぽんぽんしてくれる?」


 「そこまで寂しいのかよ」


 深月姉ほどではないが、夏夜姉も意外と手がかかることが今わかった。


 「ねぇー夏夜ちゃーん、この鱈チー食べていい?」


 キッチンから深月姉の声がする。


 「えっ、鱈チー?……わぁっ!!」


 夏夜姉が大慌てでリビングに駆け込む。俺が着いたときには、キッチンで深月姉が鱈チーを食べていた。


 「あれ、夏夜姉鱈チーなんて食べたっけ?一緒に住んでたときは、チーズの盛り合わせとか生ハムでワイン飲んでなかった?」


 「ち、違うのよ!あの鱈チーは、この前友達が置いていって……」


 「うわぁ見て夕一!お菓子棚に、鱈チーとビーフジャーキーとカルパスいっぱいあるよ!うわ、バタピーとよっちゃんイカまである!」


 「……………」


 「………嗜好の変化よ」


 夏夜姉の様子を見る限り、どうやら実家では見栄を張っていたようだった。


 「ねぇ夏夜ちゃん、ちなみにしるこサンドはある?」


 「ないわよ!!」


 深月姉の図々しさも、ここまでくると一周回って清清しかった。


 夏夜姉は夕食はまだだったようなので、冷蔵庫にある食材で適当に作った。とはいっても、夏夜姉も深月姉と同様料理ができないので、冷蔵庫には卵と肉、それに野菜はネギと白菜くらいしかなかった。食材からして、恐らく近々鍋をするつもりだったのだろう。


 俺は夏夜姉の要望でチャーハンを作り、ついでに白菜と豚肉の煮びたしを作って出した。それを食べた夏夜姉は軽く感動しているようだった。


 「姉さんは、いつもこんな温かくておいしいご飯を食べてるの……?」


 一口一口かみしめるように食べ、そして深々とうなだれた。


 「私もダメ人間に生まれていればよかった……」


 「だ、ダメ人間ちゃうわっ!」


 そう言う深月姉は、無断で開けた鱈チーを食べながら、勝手に取り出した缶ビールで一杯やっているのだった。


 夕食が終わると、夏夜姉はキッチンへいって食器を洗った。こういうところまできっちりしている。


 「姉さん、パソコンはネットに繋がってるから、ゲームしてていいわよ。シュミレーションゲームも、いくつか入ってるはずよ」


 「えっ、ほんと!?」


 深月姉はすぐさまパソコンに飛びつき、起動させる。しばらくして開いたのは、最新のシムシティだった。


 「よーし、一流の経済都市を築きあげるぞー」


 消費することでしか経済に関わっていない深月姉の口から出た台詞だった。


 洗い物が終わると、夏夜姉がやってきて、また手を繋いできた。さっきまで水に触れていたからだろう、少しだけ手がひんやりとしていた。


 「あ、しおもおててつなぐ!」


 汐里は夏夜姉の反対側の手を握る。そしてそのまま、3人で壁際に移動して、隅っこに座った。


 「夏夜姉、相変わらず隅っこ好きだなぁ」


 「幸せだわ………」


 両手が埋まっている状態が至福なようで、夏夜姉は天にでも昇りそうなほど幸せそうな顔をしていた。


 「姉さん、いっそ、夕一と汐里ちゃんを私に渡してくれない?責任をもって私が二人を立派にしてみせるから」


 「それはダメ!」


 「ゲームソフト20本買ってあげるから」


 「それでもダメなのーー!!」


 汐里が、夏夜姉の脇をつんつんとつつく。


 「しお、ときどきなつよちゃんの家に泊まりにきてあげる」


 「……!なんて可愛い生き物なの……!」


 夏夜姉は汐里の手を離し、ひたすらに頭をなでなでしていた。


 俺たちが部屋の隅でほっこりしている間、深月姉はいそいそと街づくりに勤しんでいた。だが、ご機嫌だったのもつかの間、あるとき、深月姉は叫び声をあげた。


 「ああーー!!私の『インペリアル・みつきさんシティ』に不況の波がぁーー!!」


 「地味に帝政だったのか……」


 深月姉はしばらくかなり騒々しくわめいていたが、それでも幸せそうな夏夜姉の表情は、崩れることがなかった。

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