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その14「汐里のお弁当をつくった」

 それは、俺がコンビニのバイトから帰ってきたときのことだった。


 汐里はトタトタと玄関まで歩いてきて、空の弁当箱を差し出した。


 「お、弁当箱洗っといてくれたのか。えらいぞ、汐里」


 「おねーちゃんがしてくれた」


 深月姉は、ごくごくたまに、俺が頼まなくても洗い物や洗濯をしてくれるときがある。するかしないかは彼女の気分次第だったが、今日は珍しくその日だったらしい。


 「ねぇ、ゆーいち」


 「なんだ?」


 「おべんと、もう少しきれーなのにしてほしい」


 「きれい?」


 こくり、と彼女は頷いた。


 「今日のおべんと、すっごく茶色かった」


 今日の弁当の内容を思い出す。たしかに、今日は時間がなくて、ほとんどが冷凍モノの揚げ物だった。


 「仕方がなかったんだ汐里。今日の弁当は、若干日焼け気味だったんだ」


 俺はごまかすために、適当にそう言った。


 「おべんとも日にやけるの?」


 「ああ。もちろんだ。天気がいい日にはサーフボード片手に海の家で焼きそばを食ったりする」


 「おお、食べるものまで茶色だ……!」


 想像力豊かな汐里は、この適当な方便にも納得したように頷いた。


 「でも、ほかの子のおべんとは、日焼けしてなかった」


 「それはだな、他の家のはインドア派なんだ。日中もクーラーの効いた部屋でポテチとレモネードを飲み食いしながらゲームをしてる軟弱ものだ」


 「まるでおねーちゃんみたいだ……!」


 そこで深月姉の名前が出てくる辺り、なんとも不憫な話だった。 


 「でも、しおのおべんともカラフルになってほしい」

 

 「ん、そうだな。明日のお弁当に相談しておこう」


 「そうだ。おべんとに日焼けクリームを塗ってあげたらどうだろう」


 「よし。俺ががんばるから、チャンスをくれ」


 弁当の日焼けクリーム和えなど見たくもない。俺は適当に話題を変えて、弁当の話は終わりとなった。


 そうして午後9時半。汐里が寝静まった頃、深月姉と、汐里の弁当作戦会議が行われた。


 「深月姉、明日は早起きしよう」


 「ええっ、夕一、私に死ねと言ってるの!?」


 オーバーな深月姉だった。


 「汐里にカラフルな弁当を食べさせるためだ」


 「でも、私たちのお弁当だってずっと茶色くなかった?お母さん冷凍食品ばっかだったから」


 「確かに。でも、あの悲劇を汐里の代にも繰り返させるわけにはいかないんだ」


 んー、と深月姉は思案するようにあごに手をつく。


 「もういっそ、夏夜ちゃんに頼んだら?きっと、満漢全席みたいなお弁当用意してくれるよ」


 「夏夜姉を四次元ポケット感覚で使おうとしてるだろ。俺たちでできることは、俺たちでしないと。夏夜姉は優しいから、俺たちが頼んだら断れないんだから」


 「断れないのは夕一が頼んだときだけだと思うけどねぇ」


 「とにかく、今回は夏夜姉には頼らないの」


 俺がそう言うと、深月姉はため息をついて、早起きのことを嘆いた。


 「それで、明日作るにあたって、お弁当のベストなおかずってなんだと思う?」


 「そうだなぁー。やっぱり、運動会のときのから揚げとかエビフライはうれしかったなぁ」


 「たしかに。でも、どっちも茶色だからなぁ」


 「じゃあエビフライを海老天にする?」


 「きつね色になったところでさほど変わんないから」


 自分たちの弁当が茶色だった関係で、どうもカラフルなおかずが頭に浮かばないのだった。


 「オーソドックスに卵焼きとかは?」


 「おっ、いいな」


 「あとは鮭とかブロッコリーも入れたらカラフルでいいかも」


 「たしかに」


 俺は頭の中で弁当を思い描いてみる。あとはレタスの葉でも下に敷けば、上出来だろう。


 「よし、それでいこう」


 そうして、この話は終わり、明日のためにその日は早めに寝た。


 そして次の日。俺たちは目覚ましを5時に起き、台所に立った。


 「これから汐里のお弁当作りをはじめよう!」


 「ふにゃー」


 「まずはおにぎりからだ」


 「ほわほわー」


 「よし、とりあえず擬態語で返事をするのはやめようか」


 「はふはふー」


 深月姉はしばらく使い物になりそうになかった。


 まずは昨日のうちに炊いておいた白飯をラップで握り、円柱型にする。それに海苔を巻いて、おにぎりにする。これまでと同じで、小さなものを4つほど作って、弁当箱に詰めた。


 「次はおかず作りだ。俺はブロッコリーと卵焼きとウィンナーを担当するから、深月姉は鮭のムニエルを頼めるか?」


 「らじゃらじゃー」


 深月姉はフライパンを取り出し、火をつけ、サラダ油を敷く。俺はその間にブロッコリーをレンジに入れ、深月姉と並ぶようにして、隣のコンロで卵焼きを作り始めた。


 出汁巻き卵にして巻いていく。それができると、ウィンナーだった。俺はサラダ油を敷こうと容器に手を伸ばした。そのときだった。


 「うわあっ!!」


 隣で火柱が立ちのぼった。反射的に、後ろに倒れるようにして俺たちはその場から距離をとった。


 「なにやったんだ深月姉!」


 見ると、深月姉がたまにハイボールにして飲むウィスキーが握られていた。


 「ちょっとフランべしようかと……」


 「ワイン感覚でウィスキー注ぐ奴があるかっ!」


 火は一向におさまらず、フライパンからはみだしそうな勢いで燃え上がっている。


 「うわっ、はやくお弁当に入れないと!」


 「あっ、ダメだって深月姉っ!!」


 深月姉はフライパンを掴み、急いで中身を弁当箱にぶちまける。結果、先ほどまでカラフルに仕上がりかかっていた弁当の上には、きれいに消し炭が舞っていた。


 「………うわー」


 「これじゃとてもじゃないが食べられないぞ……」


 バターやらアルコールの飛んだウィスキーやら、色々な液体が弁当にかかり、もはや食べ物とは認定できなかった。


 「まぁ、真っ黒のお弁当を食べるのも、汐里ちゃんにとっていい経験に……」


 「これ深月姉のお昼だから」


 「ええっ!?」


 深月姉はただただうなだれるばかりだった。


 そのとき、部屋に目覚ましの電子音が鳴り響いた。汐里の起きる時間だ。


 「まずい……」


 弁当を見る。俺の頭に浮かんだ方法は、一つしかなかった。


 そうして汐里は弁当を抱えていつもどおり幼稚園に向かい、俺もスーパーにバイトに出かけた。そしてその日は夕方までそこで働いて、アパートに帰った。


 部屋にいた汐里は、仁王立ちで俺を出迎えた。案の定、不機嫌な顔をしている。


 「ただいま、汐里」


 「おべんと、ひどかった」


 汐里は眉間にしわを寄せ、俺を睨みつけている。


 「でも、カラフルだっただろ?」


 こくり、と汐里は頷く。


 「でも、おかずをお野菜だけにしてとは言ってない」


 時間がなかったあの状況を俺は、汐里の弁当にミックスベジタブルを詰めることでなんとかやり過ごした。カラフルではあるものの、おにぎりとミックスベジタブルの弁当で喜ぶ幼稚園児はいないだろう。


 「でもあれ、すっごく身体にいいんだぞ」


 「なら、ゆーいちが食べて」


 汐里が出した弁当には、ミックスベジタブルが半分ほど残されていた。まぁ、仕切り一杯に詰められたあれを、汐里の食事量では完食できなかったのは、当然といえば当然だろう。


 「食べて、ゆーいち」


 「深月姉、今日の夕食ができたよ」


 「ええっ、私今日お昼消し炭だったのに!?」


 あわてて汐里に平謝りする深月姉。だが、その日汐里の怒りがおさまることはなかった。

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