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105/106

その105「フライドチキンを作った 中」

知っているだろうか。


ケンタッキーフライドチキンってやつには11種類のスパイスが使われている。


その複雑な配合が、あの香り高いフライドチキンの味を作り出しているのだ。


ちなみに俺は、11種類もスパイスを言える自信がない。


「わー、いつ見ても広いねぇー」


そんなわけで、俺と深月姉は今イオンモールにいる。無論、フライドチキンを作るためのスパイスを買うためだ。


汐里を幼稚園に送り届けた後のことだった。現在午前9時半。


深月姉はグレーのピーコートにベージュのスカートと黒のタイツ、首にはチェックのマフラーを巻いていた。


平日ということもあって、人はあまり多くない。そのため、深月姉も家の外だったがいくらか快活だった。


「じゃあ、とりあえずモーリーファンタジー行こっか」


「いやいや。なんで初手ゲーセンなんだよ。しかも、子ども向けのゲーセンって」


「だって、ナムコの方は授業サボって遊びに来てるヤンキーとかいたら怖いから」


朝っぱらからゲーセンに来るヤンキーなんているのだろうか。


俺はため息をつく。


「ゲーセンは行かないよ。目的を忘れたわけじゃないでしょ?」


「フライドチキンのスパイスを買いに来たんだよね。じゃあ、カルディに行く?」


「変なお菓子とか買わないのなら」


「変なインスタント食品とかならいい?」


「ダメ」


モール一階にあるカルディは、平日でも混雑していた。狭い通路を、俺たちは間隔を意識しながらすり抜けていく。


「ねぇ、夕一は、どんなスパイスがあればいいと思う?」


通路の向こう側から来る厚着のおばさんを横切って、深月姉は聞いてくる。


「え、塩とか、胡椒とか?」


「塩はスパイスじゃないよ。それに胡椒と言っても、ブラックペッパーとホワイトペッパーがあってね、ケンタッキーっていうのは、その配分が絶妙であるが故に、あの香り高い味を………」


また深月姉のうんちくが始まりそうだったので、俺は手で制して止める。


「わかった。スパイスについては、博学な深月姉が適当に見繕ってくれ」


「あいよ。まかせといて!」


深月姉が自信げに胸を叩いた。


財布を深月姉に渡し、俺は混雑する通路を抜け出す。


外国から輸入してきた、いかにも身体に悪そうな砂糖菓子を眺めながら、時間を潰す。


店の前でお姉さんが配っていた試飲のコーヒーを飲んでいた時、深月姉は出てきた。


「買ってきたよー」


「揃ったか?」


「ううん、ないものもあったから、別のところに行ってみてもいい?」


それから俺たちはモール内にあるスーパーマーケットの調味料コーナーに立ち寄った。


広い店内の一角にあるその売り場には、青やら銀やらの缶に入れられたスパイスたちがずらりと並んでいた。


俺はそれらを繁々と眺める。


なるほど、スパイスというものは、思った以上にたくさんの種類があるようだった。


「あ、深月姉、このカルダモンってやつ、よくないか?デジモンにいそうな名前で」


「清涼感のあるスパイスだね。それはカレーなんかに入ってるけど、多分フライドチキンには入れないんじゃないかな」


「じゃあ、このフェンネルってやつは?なんか中ボスっぽい感じするし」


「それ入れたら、おばあちゃん家の襖みたいな香りのフライドチキンが出来上がるけどいい?」


それは絶対に嫌だった。


俺はさらに一つ手にとる。


「じゃあこのラスボス一歩手前の幹部感が強いフェヌグリークってやつはどう?」


「入れないってばー。どうして夕一はインドカレーに入れるようなのばっかり選ぶの?」


どうしてと言われても、名前以上の情報を何も持っていないのだから仕方がないじゃないか。


「じゃあ、スパイスに詳しい深月姉は、どれがいいと思うわけ?」


「ふふん、私はこれだね!」


深月姉は買い物カゴから一つを取り出し、俺の鼻先に突きつけた。


「セージ!あの清涼感溢れる香りは絶対に入ってるはずなの!」


俺はセージと書かれた缶を手に取り、繁々と眺める。


「なんか、生真面目なサラリーマンみたいな名前だな」


「誠司じゃないってば!」


深月姉はセージの缶を買い物カゴに戻す。


「でもさぁ、同じ清涼感なら、カルダモンでもよくないか?」


「全然違うよー。おすぎとピーコくらい違うよー」


微妙に近い例えだな。そして例えが古い。


そんなこんなで10分ほど香辛料コーナーに滞在して、俺たちはレジで会計を済ませた。


「これで大体は揃ったかなー」


深月姉はメモ用紙とレジ袋の中身を見合わせながら、うんうんと頷く。


「マジョラムは売ってなかったから、オレガノで代替するしかないね」


「えっ、それは代替オッケーなのか?」


「これは香りが近いからね。のび太とセワシくんくらい近いの」


よくわからない例えだったが、あえて深掘りするのはやめることにした。


「よし、買い物も終わったし、行こっか」


「えっ、どこに?」


「決まってるでしょ?ゲームセンターだよ!」


深月姉は俺にレジ袋を押し付ける。俺が受け取ると、そのままぐいぐいとエスカレーターの方まで手を引っ張ってくる。


「えっ、でも、俺午後からバイトあるし」


「大丈夫!今午前だから!」


なにが大丈夫なのかよくわからなかったが、深月姉はもう完全に行く気のようで、フロア地図を見ながら、モーリーファンタジーの場所を確かめていた。


俺はもうため息をつくしかなかった。


「よーし、いっぱいぬいぐるみ取るぞーー」


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