その103「キャラクターをつくった」
夕方。俺と汐里は近くのイオンの日用品売り場にいた。汐里が幼稚園で使っていたコップが古くなったので、帰りに買いに来たのだ。
小さい子向けのプラスチックのコップが並ぶコーナーを、汐里は真剣な面持ちで眺めていた。一つ一つ手にとっては、なにも言葉を発することなく、元の位置に戻す。汐里にとっては重要な問題のようだった。
「ほら、これなんかいいんじゃないか?このリラックマってやつ」
茶色のクマの描かれたコップを俺は指さす。
「しお、あんまり好きくない」
「でもこのクマ、この背中のチャック開いたらちっちゃいおっさんが入ってるって昔深月姉が言ってたぞ」
「なおいらない」
どうやらお気に召さないようだった。
「このすみっコぐらしってやつは?最近よく見るけど」
「あ、みたことがある」
ユルいタッチの猫やらシロクマやらが描かれたコップを、汐里は手に取った。
「なんでこの子たちは、すみっこでくらしてる?」
「あんまりよくわかんないけど、『ここがおちつくんです』って書いてあるから、部屋の隅が好きなんじゃないか?」
「おねーちゃんみたい」
「あー、それはどうだろう。深月姉はむしろ部屋の真ん中を陣取るタイプじゃないかな。社会のヒエラルキー的にはだいぶすみっコぐらしだけど」
汐里はコップの中の猫を指さす。
「この子のなかには、ちっちゃいおっさんはいってる?」
「どうだろうなぁ。この子おにぎり抱きかかえて食べてるしなぁ。さすがにサイズ的にこんなちっこいおっさんいないんじゃないか?」
「なるほど……」
「じゃあ、これにするか?」
「しない」
これも汐里のお気に召すことはなかったようだった。
わりと大きめの食器売り場だったが、子ども向けのプラスチックのコップとなると、そう数十種類とあるわけではない。
限られた中で選ぶしかなかった。
「あ、アリエルだ……!」
そんななかで、汐里はピンク色のコップを手に取る。見ると、ディズニープリンセスの絵がプリントされていた。
「ほんとだ。この前『リトル・マーメイド』観たばっかだもんな」
「アリエルかわいい」
「そうだな」
「およぐのうまいし」
「まぁ、下半身魚だからなー。じゃあ、これにするか?」
「しない」
アリエルの可愛さは認めつつも、コップで持ち歩きたいほどではないようだった。
「これにする」
ミッフィーの顔がアップになっているコップを汐里は手に取って、そのまま俺に渡してきた。
「へー、汐里、ミッフィー好きだったんだな」
「べつに」
「え、ならどうしてこれにしたんだ?」
「ミッフィーは、ぶなん」
「無難?」
「ミッフィーにしとけば、とりあえずまちがいない」
「マジか……」
園児の中でミッフィーは、一種の外さないチョイスのようだった。
そんなこんなでレジにミッフィーのコップを持っていき、買い物を終える。
食料品も昨日買ったばかりなので、買い足す必要もなかった。
帰りの道中、汐里はなにか考え事でもするように、黙っていた。
「汐里、どうしたんだ?」
「アリエル、かわいい」
「たしかになー」
「でも、しおならもっとかわいいの、つくれると思う」
「人魚をか?」
汐里は頷く。
「アリエルよりかわいい人魚をつくる」
そうして部屋に帰ってくると、汐里はすぐさまお絵かき帳と鉛筆をローテーブルの上に出した。
「おねーちゃん」
深月姉は珍しく小説を読んでいたが、その小説を汐里は取り上げた。
「え、どうしたの、汐里ちゃん?」
「絵、描いてほしい」
「いいけど、なんの?」
「人魚」
首を傾げる深月姉に、俺は事情を説明した。
「なるほどね……。汐里ちゃんは、新しいキャラクターを作りたいわけだ」
「そうなんだよ」
「でも、なんで人魚なの?」
「どうやらアリエルを超えたいらしい」
なるほどねー、と深月姉はえんぴつを持つ。さらさらとスケッチブックに、髪の長い女の子を描いていく。
お絵描きは深月姉の数少ない特技の一つだった。
「アリエルってさ、下半身魚なんだよね?」
「そりゃ、人魚だからな」
「前から思ってたんだけどさ、アリエルってすっごく美人だけど、映画じゃわからないだけで、実は魚の部分が生臭かったら嫌だなって」
「そんなこと考えるのは多分深月姉だけだよ」
それからものの3分ほどで、一枚描きあがった。見た目は髪を黒髪のストレートにしただけで、見た目はほぼほぼアリエルに近かったが、イラストとしてはかなり完成度が高かった。
「すごい……!!」
これを見て、汐里も不覚感動しているようだった。
「このむねの貝がら、水色の水着にしてほしい」
「いいよー」
「あと、髪もふわふわにしてほしい」
「いいよー」
「魚の部分は、ちょっとブリっぽくしてほしい」
「いいけど……なんで?」
言われるがまま、深月姉は各部位を消しゴムで消し、修正を加える。出来上がった作品を、汐里はまじまじと眺めた。
「すばらしい……」
「人からそんなに褒められたの、久しぶりかも」
汐里は茶色の色鉛筆を持ち、人魚の左手になにかを描き足した。
「それ、なんだ?」
「しるこサンド」
なにかを食べている姿のマスコットキャラクターというものは数多いが、その中でも「しるこサンドをつまんでいる人魚」というのは、間違いなく革新的だろう。
「で、なんでしるこサンドを持ってるんだ?」
「しるこサンドの会社が、マスコットキャラクターにしてくれる」
「あ、そんな下心あったんだ」
汐里は抜け目がなかった。
それから、今度は鉛筆で、なにやらアリエルの右手にまたなにかを描き足していく。
「汐里ちゃん、それはなんなの?」
「ふぁぶりーず」
「……どうしてまた?」
「おねーちゃんが、アリエルのさかなのとこがにおうって言ってたから」
深月姉のいらない言葉のせいで、右手に消臭剤をにぎったマスコットキャラクターが生まれてしまった。
「名前は『房子』にする」
「え、それはどうだろうか……」
「神宮寺房子」
「あ、苗字まで付けちゃうんだね」
こうして、色々としっちゃかめっちゃかな人魚のキャラクターが完成してしまった。
「これ、しるこサンドの会社に送ろう」
「え、これをか?」
「しるこサンドの会社のひと、きっとびっくりする」
「まぁ、ある意味びっくりだろうけど」
汐里は本気のようで、既に深月姉にスマホでしるこサンドの会社の住所を調べさせている。
もう一度、神宮寺房子をまじまじと見る。
俺はもう苦笑いするしかなかった。