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久木佑真

「そんな理由でお前は人を殺したのか! って言う人、テレビのドラマとかでよく見るけどさ」

「うん、みるみる。刑事ドラマとかで絶対いるよねそんな人」

 クラスメートが全滅してからというもの、この街で一体いくつの事件が起きたのだろう。

 少なくとも、小説やマンガに出てくる探偵が三人ぐらい街にいるんじゃないかっていうぐらいは起きている。いや、起きていた。というべきか。今まで気づいていなかったそれに、僕は気づいてしまったというべきか。


「そういう人たちって、どういう理由なら納得するんだろうな」

「どういうこと?」

「だってさ、人殺し自体を否定しているのなら、そんな言い回しなんてせずにさ、『人殺しなんて最低だ!』でいいはずなのに」

「ふんふん」

「だからさ、きっとそんな事を言うやつには、納得できる理由があるんだろうなって」

「あーなるほどー」

 そんな事件に、僕は幾度となく関わってきた。

 問題編も解決編もしったくれもない、どうしようもないぐらい終わっている事件ばかりだった──いや、事件と呼ぶのもおこがましいぐらいの、事実ばかりだった。


 それに関わる度に僕は坂本さんとの会話を思い出す。

 あのなんというか、思春期で少し大人ぶりたい年頃の子供がするような会話を思い出す。今話しているこれだって、そもそも坂本さんとの会話で出た話題だし。

 これに僕はなんと答えたんだっけ。

『例えばその人が人殺しをしたとしたら、これが納得できる理由なんだと思うよ』とか、そんな元も子もない答えを言った気もするし、別の答えを言った気もするし、答えたりせずに坂本さんの独白を聞いていただけかもしれないし、そもそも、こんな話自体していないかもしれない。


「うーん、そうだなー。私はねー」

 ともかく。

 とにかく。

 僕は彼女に聞いた。

 どことなく坂本さんにそっくりで、恋愛脳で、人殺しな彼女に。

 殺してもいい理由を聞いてみた。

「その人が人殺しを好きになっちゃったら、納得せざるを得ないんじゃない? 恋愛はね、時には思想をも変えるんだから。ね、だから自殺なんてしないで、お願い。そんな事されたら私、悲しくて悲しくてあなたを殺したくなるから」


 ***


 時は少し遡る。

 数時間ほど前。

 僕は自殺を試みていた。

 橋から川への飛び降り自殺だ。

 失敗した。

 ただびしょぬれになっただけだった。


「へっくし……!」

 鼻から垂れる鼻水をすすって、僕は帰り道の暗い路地を、片足を引きずって地面に水で線を書きながら歩いていた。飛び降りた時に打ち所が良かったのか、足首が少し痛い。

 ねんざかなにかでもしたのだろうか。

 家から歩いて数分の位置にあるその場所は、家を抜け出してすぐに向かえて、なおかつ巡回中の警察に見つかりづらい場所にあって、ここなら死ねるかなと目星をつけておいたのだが、思ってたよりも高さが足りなかったらしい。

 死にたい。

 初めて殺人鬼に出くわしてからというもの、自分でも不思議に思えるほど薄れていた自殺衝動も、最近になって思い出したように復活してきて、僕はまた、幾度となく自殺をするようになった。

 それでも、お爺ちゃんとお婆ちゃんに迷惑かけないように秘密裏で死のうとしている辺りに、成長を感じてほしい。いや、死んだらどっちにせよ二人に迷惑かけちゃうのか。

 それはイヤだな。

 ああ……。

 死にたい、

「あの、びしょびしょだけど、大丈夫?」

「え?」

 ふと気がつくと。

 僕の目の前に、恐らくカップルであろう二人の男女がいた。

 雨が降ってるわけでもないのにビショビショで夜道を歩いている僕を、不審におもって話しかけてきたようで、ハンカチを差し出す彼女の目には『心配』の二文字が浮かんでいるようにも見えた。


「あ、えっと。大丈夫です、大丈夫です、ありがとうございます」

 僕はしどろもどろになりながらも答えて、彼女が差し出しているハンカチを、彼女に返した。

 それは、僕は他人と目を合わせて話すのがどうも苦手としている性もあるけれど、それ以上に、動揺してしまった。というのもある。


 似ているのだ。

 彼女は、坂本さんに。


 いや、彼女は別に三つ編みにしていないし、メガネでもない、似ても似つかない人のはずだ。

 けど、どこだろう。どことなく、なんとなく、似ているような気もする。

 どこだとは言えないけど、似てる。

 瓜二つ──とまではいかなくとも、相似している。

 他人の空似程度には──似てる。

 だからこそ僕は、少し、動揺してしまった。

 それが気になったのか、彼女は少し眉をひそめて「本当に? なんか気分悪そうだけど」と聞いてきた。

 僕は「だ、大丈夫です」とやっぱり少ししどろもどろになりながらも答えて、まだ心配そうにしている彼女の隣を通り抜けた。


「大丈夫かな、あの子」

「心配しすぎだって。よそ見してたら川に落ちたとかそんなんだよ」

 後ろからあの二人の話し声が聞こえてくる。その雰囲気からして、仲のいいカップルらしい。

「そうかなぁ……心配だなぁ」

「心配性だなー。いや、優しいって言った方がいいのかな?」

「私が? 優しい? そ、そうでもないよー」

「いやいや、めっちゃ優しくていい子だよ……そんな所が俺は可愛いと思うぜ?」

「え、なにいきなり」

「優しくて、性格がよくて、家事もできて、可愛くて、最高の彼女だよお前は」

「も、もうくっきーたらっ!」

 僕じゃなくとも、物凄く死にたくなるか、殺したくなりそうな、仲睦まじいというかむず痒い会話が、甘ったるい空気と共に背後から、僕の耳に入ってきて、さっきまでとは違う意味で、一層陰鬱になる。

 耳を塞げばあの二人の会話も聞こえなくなるんじゃないか、と耳を指で塞いでみるも、自分たちがどれだけ幸せなのかを辺りに知らしめるかのような二人の声は消えるどころか、むしろしつこく僕の鼓膜を震わせる。

「ね、ねえくっきー」

「ん、なに?」

「くっきーは私の事、好き?」

「な、なんだよいきなり」

「ねえ、好き?」

「もちろん好きだよ。大好きだ。愛してるって言ってもいいね」

「え、えへへー。うれしいなー」

 ざくり。

 と、音がした。

 ざくり。

 ざくり。

 それは、近頃聞くことが多くなっていたけど、ここ最近になって全く聞かなくなった──肉を、抉る音。


 振り向く。

 くっきーと呼ばれていた男のうなじ辺りに、ナイフが深々と突き刺さっていた。

 彼女に寄りかかるようにして、事切れていた。死んでいた。殺されていた。

「……えへへー」

 血が顔につくのも気にもとめず、彼女はくっきーに体を寄せて抱きしめる。

「うれしい、うれしいなーくっきー。大好きだなんて今まで言ってくれなかったから、実は私のことそんなに好きじゃないんじゃないかって思ってたんだ。あ、勘違いしないでね怒らないでね。だからと言って、嫌いになったりしてないから。ううん、むしろ好きな人に振り向いてもらうために頑張ろうって思ってたの。だから大好きなんて言ってくれて、本当嬉しい。ああ、顔紅くなってないかな。なんだか顔が熱いの、とても熱い。嬉しくて嬉しくて泣きたくなっちゃうぐらい。あ、でも別に嫌って訳じゃないんだよ? これは嬉し泣き。すごく嬉しいから泣いてるの。幸せの絶頂だよ。好きな人に振り向いてもらって、好きだって言われるのはね、女の子にとっては、宝くじに当たることよりも竜王に世界の半分をやろうと言われて本当に半分もらえた時よりも、幸せで幸福で嬉しくてハッピーな事なんだよ? ああ、嬉しいな嬉しいな。きっと私は今世界中で一番幸せを噛みしめてる女の子ね!」

 彼女は──恋愛脳はぎょろり、とくっきーを抱きしめたまま、首だけ動かして僕を見た。

 なんというか。

 すげー久しぶりに出遭ったような気がする。

 それこそ『どうしてそんな理由で!』と叫ぶのも分かるような。

 してはいけない。

 できてもいけない。

 二重の意味で理解不能な、人殺しに。

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