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竹田雄大

 僕はあちらの世界に興味がある。

 殺人鬼曰く、もう既に体半分は入っているらしいドブ底のような世界に興味がある。


 なぜだかは分からない。

 もしかしたら己を殺す方法に──他人に自分を殺させるという方法に、ドブ底の住人を利用しようとしているかもしれないし。

 同族に惹き寄せられる──つまり、実は僕も彼らと同類で人殺しなのかもしれない。


 まあ、ただ、今の今まで自分を殺そうとした回数は数あれど、他人を殺そうと思った事は一度もないので、それは無いと思うけど。

 今まさに人殺しへと成長している可能性も否定できないけど。

 できれば否定したい説だ。

 僕は自殺志願者ではあるけれど、人を殺すような外道に堕ちた覚えはない。

 そこまで人を──やめてない。

 ともかく。

 僕はあちらの世界に興味がある。


 ドブ底のような、崩れた世界に興味がある。

 あるとはいえ毎日あちらの世界の住人を探し回るマネはせず、今日は普通に街に繰り出していた。


 クラスメートが全滅してから──あちらの世界に出逢ってから二週間が経過した。

 新しいクラスには今一なれず、休み時間にはもっぱら本を読んでいる。昼休憩になればすぐに図書館にいって、いつもより一人少ない、少し広くなった受付で、僕はいつも通り本を読む。最近は坂本さんが借りた本を読むことが日課になっている。


 図書館で貸し出しカードに坂本さんの名前がある本を探すのが中々どうして楽しくてたまらない。

 と言っても、図書館の本を適当に取れば必ず彼女の名前があるので、どちらかと言うと、彼女が読んでいない本を探すほうが骨が折れる。それを見つけれたりするとちょっと嬉しかったりする。


 家にはお爺ちゃんとお婆ちゃんが引っ越してきた。

 お婆ちゃんは優しいし、お爺ちゃんは無口ながらも良い人だ。

 二人とも優しくて良い人だ。それが例え、両親友達が全員殺されて傷心しきっているであろう孫への偽善的な、生温かい優しさだとしても、嬉しかった。


 嬉しかった。

 そう思えるという事は、僕自身、平気そうに見えて実は結構傷ついていたという事なのだろうか。ちょっと驚きだ。


 まあともかく、その生温かい優しさが嬉しくありつつも、気持ち悪かったので僕は街に逃げ出した。外では誰も僕に関心を持ってくれずほったらかしにしてくれるから気が楽だ。

 逆を言えば、世間ではあの事件は既に風化しているという事で、そう考えるとなんだか歯がゆくなる。


 そんなこんなで、僕は目的もなくさながら幽霊のように街を徘徊していると、見知らぬ公園に辿り着いた。

 巻き込まれたりして危ないからと、全国レベルで撤去され、今では見ることもなくなった回転型ジャングルジムがある公園だ。


 はて、こんな所に公園なんてあっただろうか。

 物珍しさもあり、僕はその公園に入ってみた。見た感じ、あんまり人の出入りがなさそうな寂れて錆れた公園だったけれど、どうやら先客がいたようだった。

 件の回転型ジャングルジムの上に、その子は立っている。

 直立の姿勢で、木を見上げている。


 後ろ二本の三つ編みの少女、木というよりは幼女……いや、小学生ぐらいだから童女か?

 休日ではなく平日ならば、真っ赤なランドセルを背負ってそうな童女がそこにはいた。

 なにをしているんだろう、となんとなくその子を眺めていると、不意に、童女は腕を振り体を屈め、力を目一杯溜めて、童女は跳んだ──飛んだ。


 どうやら彼女は近くにある木に飛び移ろうとしているようだったが、その必死に伸ばした小さな手のひらは木の枝に掠りもせずに、彼女の体は落っこちた。


 体を思いきりうって泣き出すのではないかとヒヤヒヤしたが、どうやらこの奇行は初めてではないらしく、馴れた手つきで両の足で着地すると、木を恨めしそうに口を尖らせながら睨んで、もう一度挑戦する気なのか、回転型ジャングルジムに足をかけた。


 止めるつもりはない。あの高さから落ちた程度じゃあ死ねないことは、小学生時代の僕が証明している。あの時は口から溢れる血を見て、いよいよ僕は死ねるのではないかと内心ワクワクしていたものだが、今僕が生きているのを見れば分かる通り、その程度じゃあ死ねない程度には人間の体は丈夫に出来ている。


 それでもまあ、血を吐く程度のケガはするので、頃合いを見て制止しようと思っていたら、先に童女の方が僕に気づいたようで、こちらに寄ってきたのだった。


「ねえねえ、お兄ちゃん。いまひまー?」

 童女は屈託のない、無垢な笑みを僕に向けてくる。その自分と余りにも対極な笑みに僕は少し気圧されながら答える。

「う、うん、まあ暇だけど」


「やったー、じゃあお兄ちゃんちょっとてつだって!!」

 この子には相手の都合を考える知能がないのか、相手が拒否するとは考えられないのか、はたまたその両方か。童女は僕の返答を聞くまでもなく、そもそも、返答をする暇を与えるまもなく、僕の腕を掴むと僕の体を引っ張って、彼女が頑張って乗り移ろうとしていた木の根元まで移動した。


「あのね、あれが取りたいんだけど届かないの」


「ふうん……」

 童女は上を指差す。そこには木の枝に引っ掛かったバックがあった。どうやらこの童女、なんか良いことがあったようで荷物を放りなげたら引っ掛かってしまったらしく、先のジャンプは木に乗り移ろうとしていた訳ではなく、あの荷物を取ろうとしていたらしい。


 そして何度かチャレンジした結果、ようやく『届かない』という事実に気づいたらしく、どうしようかと迷った所、偶然にも僕という──自分より物理的に高い所で生きている人を発見して、それを利用しようと考えたようだった。


 しかしそんな童女には悪いのだが、僕もそんなに背が高い方ではない。いや確かに、彼女と比べれば背は高いが、そんなの小学生と中学生の些細な差でしかない。むしろ僕は、同学年の中では背が低いほうの男子である。手を伸ばした所で、あの荷物の場所まで届きそうもない。

 この木も木登りに適していない物だし、登って取るという手も無し。もちろん、僕は今サイフ以外なにも持ってないので物を投げるという選択肢もない。誰が好き好んでサイフを投げるか。


「と、なると……」

 僕は童女をちらりと見る。その視線を意味が分からないのか彼女は三つ編みに結んだ髪を揺らしながら、くてん、と首を傾げた。


 ***


「届きそう?」


「んーー」

 僕の質問に、童女は体を必死に伸ばしながら答えた。もうちょっとで届きそうという事だろう。


 僕が選んだ方法は、つまる所肩車だった。

 小さな中学生の背でも届かなくても、小学生の背でも届かなくても、中学生と小学生の背を合わせればきっと届くだろうという、まあなんというか稚拙で浅はかな考えではあったが、しかし、妙案ではあったようで僕の肩の上に、僕の頭を足で挟み込むようにして座っている童女の手は荷物に届かないまでも、その荷物が引っ掛かっている木の枝には届いたらしかった。


 らしかった。と、なんだか曖昧な言い回しになったのは、肩車にえらく興奮している童女が僕の頭を押さえつけて、視界は半ば強制的に地面の方に向けられているからである。

 だから童女が木の枝を掴めたか否は、あくまで感覚に過ぎない。まあ、童女のはしゃぎようからして、届いたのだろう。


「ん、しょ!!」

 童女の体がいきなり揺れだした。どうやら荷物までは手が届かないから、手の届く木の枝を揺らして荷物を落とす作戦に出たらしい。


「気を付けろよ、落ちても僕は知らないからな」


「だいじょーぶ!」

 そんな明るい返事が頭の上からする。そんな直後である。視界の一番上にぬっ、と影が見えた。


 そんな事を言った直後だったし、もしかして童女が落ちてしまったのかと一瞬肝が冷えた僕だったが、よくよく考えてみたら僕の肩の上には誰かが乗ってる感覚があるし、まさか童女とバックが変わっているみたいな珍事がない限り、そんな事はないだろう。


 事実、その影の正体は普通に木に引っ掛かっていたバックで、どうやら童女は上手く落とすことができたらしく僕の頭の上で喜んでいた。


 そんな一連の事件(?)の一因となっていたバックは木の枝から解放されて、重力に従って地面に向けて落下して。

 ぐちゃり。と。

 音をたてて落ちた。


「…………」

 聞き間違いかと僕は己の耳を疑った。しかし何度思い返してもそれはドサリ、とかドサッ、とか聞き覚えのある音とは程遠い、まるで生肉を落としたかのような音だった。


「お兄ちゃん、やったね!」

 呆然とする。いや、まさか。と疑る。しかし事実は変わることなく、音は何度思い返しても、ぐちゃり、だ。


 僕は見上げる。

 そこには僕の肩の上で喜びを体全体で表現している愛らしくて可愛らしい童女がいた。


「そ、そうだね……」

 僕は冷や汗を流しながら、童女を肩から下ろす。しゃがんでから、脇に手を通して宙ぶらりんにしながら。それが思いの外面白かったのか、はたまたただくすぐったいだけか童女はキャッキャと無垢に笑う。

 バックの中に死体を詰め込んでおきながら、童女は無垢に純粋に笑う。


 バックからぐちゃりって音がしただけで、愛らしい童女を殺人鬼呼ばわりするかこいつは。と童女が大好きな方々に抗議というかボコボコにされそうな気がするから弁解しておくけど、僕はそのぐちゃり、という音で確信しただけで、実は初めから彼女の事を疑っていた。


 この公園に迷いこんだときから僕は、あの感覚に囚われていた、溝底に呑み込まれていくような、あの感覚に。だからむしろ、あの音を聞いて僕はスッキリしたぐらいだ。

 ああ、なるほど。この感覚はこの子のせいかと。

 納得したぐらいだ。


「ありがとうお兄ちゃん!」

 童女は僕に向けて──荷物を取るのを手伝ってくれた優しいお兄ちゃんに向けて、とっても可愛らしいはにかんだ笑みを向けてくれた。


 その彼女の肩に掛かったバックから滴り落ちる血がなければ、とても微笑ましい光景だったのにな、と、僕は嘆息してからバックを指差した。

「バックから血が溢れてるよ」


「え、あ、ほんとうだ! えっとこうしてこうして……」

 僕の指摘に童女は急いでバックを開けてその底にタオルを敷き直した。

 バックの中に入っていたのは腕と足だった。


 肘から先の腕と、足首が一つ。残りの箇所は一体どこに行ったのかは検討もつかなかったが、恐らくこの子はこれから、この荷物をどこかに捨てに行くのだろう。


 僕に向けて満面の笑みを浮かべながら死体を肩に掛けて、手をぶんぶん振って公園を出ていく童女に、僕も小さく手を振り返した。

 彼女が一体どんな性質の人殺しなのかは結局分からなかったが、出来ればお近づきになりたくないタイプなのは分かった。


 なんせ、今まで会った人殺しの中で一番純粋な子だったのだから。

 生まれて間もない──と言ってもいい。

 歳を取っていればその、長い人生の中で何かがあったのだろうと想像することは出来なくはないが、あんなに若い、いや、幼い女の子になると、もはやあれは天性としか言いようがなかった。

 生まれながらにしての、あちらの世界の住人。

 うん、確かに。

 好き好んで接触するような相手じゃないな。

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