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瀬川愛々 茅野花

 カラオケ店というのは、実はカラオケ以外にも多岐にわたって利用できる。

 一人で使う小さな部屋から、十人以上でも利用できる大部屋があるし、注文すれば食事を取ることも出来るし、ドリンクバーもある。

 防音もしっかりしていて、外からの音も中からの音も漏れないようになっている。だから、歌う以外でもギターの練習とか勉強会とかただ休憩室として利用したりする人も、意外といるらしい。

 しかしだからといって。

 集団自殺の話し合いをするために使っているのは、多分、このグループだけだろう。


「飲み物新しいの取ってきたぞー」


「やったー。私のコーラー」

 若い男がお盆にジュースが入ったコップを四つ載せて、ドアを開けて帰ってきた。

 机の上にそれを置くと、デンモクで歌う曲を選んでいた女がその中からコーラが入ったコップを手に取った。短めの茶髪の──まだまだ青春真っ盛りそうな若々しい女の子である。

 その隣で明るい曲調の曲を歌う女は、ジュースをちらりと見た。その意味を汲み取り、男は彼女が頼んだオレンジジュースを彼女の近くに置いた。


 彼らはネットの自殺志願者たちが集い、その傷を舐めあったり、慰めあったり、癒しあったり、逆に塩を塗りあったり、抉りあったり、拡げあったりするサイトで出遭った集団なのだが──それにしては、なんというか明るい。

 これから死にに行こうと画策してるにしては余りにも明るく、大学のサークルのような集まりにしか見えない。


「もうイヤだ、生きてたって楽しくないっ!!」

 曲を歌い終わってカラオケを歌っていたか、これもまた自殺なんてネガティブな事をしそうに見えない、勝ち気な女性はマイクを持ったまま、そう叫び、茶髪の女の子がコーラ片手に「そうだそうだー」と、腕をあげて相槌をいれた。

 その腕には──その高く振り上げられた手首には何度も切って斬って抉った痕がくっきりと、生々しく刻まれていた。

 確かに。

 見た目は華やかで明るくとも、この集団は精神が追い込まれに追い込まれているようだった。

 明るい空気がなんとも空虚なパーティーは、それを払拭するように──逃げるように、四時間ほど続き、いつしかカラオケの機械から音楽が流れなくなり、ドリンクバーに行く回数も、料理を注文する事も、なくなっていった。


 そんな折。

 ジュースがなくなるたびに律儀につぎにいっていた男が、ふと、こんな事を言いだした。

「なあ、どうして皆は死のうと思ったんだ?」

 その質問にまず、勝ち気な雰囲気の女性が答えた。


「私はあれよ。借金」

 借金。

 自殺する理由としては、まあ妥当な辺りの意見だ。

 自らを殺す事に『妥当』なんてあるのかと、首を傾げかねないけれど。


「知ってる? 占部うらべ彩夏さやかっていう、最近よくニュースになる新進気鋭の女社長。私ね、昔、あいつと一緒に会社を運営してたんだ」


「へえ、すごいじゃん」


「けど、この状況を見たら誰もが予想できるとおり、その会社は営業不振により倒産。そこで驚いたんだけどね、倒産して産まれた莫大な借金は全部私が背負うことになってたんだよね。しかもその中には、彼女が私的に借りた借金もあった。次の会社を建てるための軍資金。私は借金まみれで、あいつは手に入れた軍資金でいまや一流企業の仲間入り……私が持ってる借金が今一体幾らあるか知ってる?

 宝くじが二回当たらない限り、返せない額よ」


「私はね──つまらないから」

 勝ち気な女性が、心底疲れはてた風に話終えたのを見計らって、茶髪の女の子も吐露しはじめた。

「友人関係に、恋愛関係に、家族関係に、金銭関係に、社会関係に、人間関係に──疲れた。そんな事言うと、私より長生きしている人たちは『そんなまだまだ若造の癖に、人生を理解した風に言ってるんじゃねえ』とか言ってくるんだけど、別に、人生を理解するのに歳は関係ないと思うんだよね。むしろ、皆若いときに理解する。人生がいかに面白くなくて、つまらなくて、退屈なものかを理解する。大人になるって言うのは、それを受け入れる事だと思うんだ。つまらなくて退屈な人生を送ることを受け入れる。私はそれがイヤだから、退屈なのが分かってるのにあと八十年も生きなきゃいけないのはイヤだから、死ぬの」


「子供っぽい考えだね」

 男は半笑いで返すと、女の子は。

「はい、子供っぽい考えです」

 と、返した。


「でも、よく言うじゃないですか。『仕事は楽しんじゃいけない』って。そんなつまらない事を当たり前のように受け入れる時点で、あなた達はつまらないんですよ。それとも、あなたは胸を張って人生が楽しいって言えますか?」


「……まあ、言えないな。言えないから、ここにいるんだし」

 男はハハハ、と乾いた笑みを漏らしてジュースを飲んだ。

 他の人が飲み物を飲むと、自分もどうしてか飲み物を飲んでしまうのが人の行動心理。

 女性二人はストローに口をつけて、ジュースを飲んだ。

 そしてそのまま──倒れた。

 力なく、倒れた。


 頭蓋骨が机にぶつかる音が二重に響くが、防音設備のおかげで外には漏れなかった。

 唯一倒れなかった男はジュースを飲み干してから、ゆっくりと言うのであった。

「確かに人生はつまらないけど、それでも、充実はしてるつもりだよ」

 言って。

 その倒れた二人に挟まれた形でソーダを飲んでいる僕に、目を向けた。

「お前は死なないんだな」


「毒がはいってる事は分かったから」

 ソーダを全部飲み干してから、僕は言う。


「ふうん、バレないように気を使ってるつもりなんだけどな」

 僕はあえて使わなかったストローを机の上に置いて、あの、錆びたハサミで縦に切った。錆びてもまだまだ使えるようで、ハサミは綺麗にストローを開きにした。

 パッと見、なんも変哲もない普通のストローに見えるけど、よく見ると、ストローの内側に、なにか薄く塗りたくってある。


「綿棒かなにかで内側に毒を塗ったんだろ。こうすれば、コップの中身が変わっても、変わらず毒は機能を果たすし、自分はストローを使わなければ間違えて自分が毒を飲む可能性をゼロに出来る」


「あーあ、バレちゃったか。毒を仕込む方法変えなきゃな」

 男は肩をすかして、部屋の四隅にポツンと置いてあったスーツケースを手に取った。ちょうど人一人ぐらいならはいりそうな大きさのスーツケースだ。

「それにしても、毒がはいってるって分かったから飲まなかったのかお前? 死にたいんじゃないのか?」


「死にたいよ、でも今はそれ以上に気になる事があってさ」


「ふうん、気になることねえ……」

 僕と話ながら男は僕の隣に倒れている勝ち気な雰囲気の女性の脇に腕を通すと持ち上げて、折り畳んでスーツケースの中に仕舞いはじめた。

「例えば、それをその後どうするかとか。まさかだけど食べたりなんか──」


「しねえよ」

 僕が言い切る前に男は半目で僕を睨みながら強く否定してきた。

「なんで食べるんだよ、悪趣味すぎるだろ。俺はジェフリー・ダーマーじゃねえ。例え食べるものがなくなっても人肉だけは食わねえよ」


「はぁ、まあ、そうだよね。普通は」


「なんだよその煮え切らない感じは。まさかお前……」


「僕は食ったことないよ」

 僕は。

 だけど。

「それじゃあ、それはどうするつもりなんだ?」


解体(バラ)す」

 と、男は簡潔に答えた。

「バラバラにする。人を骨と肉と脂肪と内蔵と血と髪と皮と目と水分だけになるまで解体(バラ)す。解体(バラ)して捌いて、それを求める人に格安で売り捌くのさ」


「求める人って、臓器提供待ちとか?」


「そ、あとは輸血パックになったり、カツラになったり、移植に使われたり……まあ、人を救う仕事?」

 男は──仲売人は言う。

 殺人鬼でも食人鬼でもない──殺すためでもなく、食べるためでもない、儲けるために人を殺す男は言う。

「人を、救う? 殺してるのに?」


「いや、殺してない。俺はただ自殺に価値を見いだしてあげてるだけ」


「価値……?」


「そう、価値。よし、一人目終わりっと」

 銀色のスーツケースを閉じながら、仲売人は言う。勝ち気な雰囲気の女性の姿は、もう見えなくなった。


「例えばこの二人。なんだっけな、死ぬ理由は……そうそう、借金と苦痛。けど考えてみなよ。この二人が自殺したとして、後はなにが残るよ。死体だけ。なんも価値もない、このままだとこいつらの自殺は、ただの逃避でしかないんだぜ?」

 今度は茶髪の女の子を持ち上げる。さっきの人と比べてまだ軽い方なのか、今度は足早に運んでいく。


「しかし、俺がこうして解体(バラ)して、その残った死体を売り捌けば、まだ生きれる命が救える。その借金を踏み倒されそうになっている哀れな金貸しにお金を渡せる。生きてる人は皆幸せ。死んだ人も無駄死にじゃなかった。ほら、よかったじゃん。こいつらの死はムダにならなかった。やったー、ばんざーい」


「最低な理論だな」


「0か1か。選べるなら1を誰だって選ぶだろ」


「まあ、な……じゃあ、つまり。お前は殺したくて殺してる訳じゃないのか?」


「あったりまえだろ、誰だよその殺人鬼。俺だって──」

 仲売人は言う。

 茶髪の女の子をスーツケースの中に押し込みながら。

 笑いながら。

「俺だって、これより楽に稼げる仕事があれば、そっちで稼ぐさ。さあ、手伝ってくれよ自殺志願者。こいつらの命をムダにしたいのか?」


 ***


 二人を詰め終えた仲売人は息を吐いて、コップの中に残っていたジュースを飲み干すと、普通に部屋から出た。

 部屋に這入った時と出た時で人数が違って、代わりにちょうど人が一人這入りそうなスーツケースを二つ持っているその様は、明らかにというか、間違いなく疑って警察に通報されてもおかしくない光景ではあったものの、どうやら店のほうもグルだったようで、むしろ、僕が残っている事に驚いているようだった。

「この中ではお前が一番死にそうな目をしていたからな」


「なるほど」


「というか、死んでる目だったけど」

 そんな話をしながら僕と仲売人はカラオケ店から出て、街に繰り出した。

 まだ日も沈んでいない時分。人の波は疎らになるどころか、瞬きする度にどんどん増えていっているような錯覚に陥るほどだ。

 そんな街を、僕と仲売人は死体の入ったスーツケース二つを転がしながら歩く。

「こいつら、まだ死んでないぞ」


「え?」


「生きてもいないけどな、仮死状態って奴だ。出来るだけ、新鮮な状態を保ちたいからな」

 仲売人曰く、この後二人を専用の場所で解体バラして、輸血パックに血をいれたりの作業に入るらしい。

 気が滅入るのはむしろこれからだ。と、仲売人は苦笑いを浮かべた。気が滅入る程度で済んでいる時点で、やはり彼も、あちら側の住人なのだろう。

 殺す為に人を殺したり、食べるために人を殺す奴がいる、泥沼のような場所の住人なのだろう。


 少し歩いて僕と仲売人は話をした。

 殺人鬼と食人鬼にあった話をした。

 自殺志願者たちの理由(わけ)の話をした。

 下らない日常の話をした。

 そうこうしているうちに、仲売人の作業場所が近づいてきたらしく、僕と仲売人はそこで別れた。

「じゃーな、自殺するならあそこに行けよ。命をムダにするなよ」


「覚えてたらね」

 僕は手を降りながら去っていく仲売人を見送ってから、踵を返した。


『私はね──つまらないから』

 家に帰るまでの数十分の間、あの、手首に傷のある、恐らく僕と同世代であろう彼女の言葉が頭の中に残っていた。


 つまらないから。

 退屈だから──死ぬ。

 果たしてそれは、死ぬ理由として妥当なのだろうか。

 いや、違う。


 死ぬ理由に妥当な物があるとして、果たしてそれは、それに当てはまるのだろうか。


 そして僕は──僕の死にたがりは果たして、当てはまるのだろうか。

 理由なき自殺志願も、当てはまるのだろうか。


 そんな事を考えながら僕は家に帰る。

 誰一人僕を待っていない家に帰る。

 そもそも。

 こんな僕を待ってくれる人なんて、もう、この世にいないんだけどね。


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