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家族

 さて、それからの事を話そう。

 殺したがりのあいつと出逢った、その後の話だ。


 簡略的に言うと、僕は生き残った。

 クラスメートの血肉に囲まれて、普通に生き残った。

 そりゃあそうだ。語り部である僕が生き残っていないと、この話は続かない。

 ハサミで太ももを刺された殺人鬼は、しかし僕に怒りを向ける事無く、僕の質問に答える事も無く、僕に笑いかけると、ハサミが足に刺さったまま教室から普通に出て行った。


 なんの因果か気紛れか、どうにか僕は生き残ることが出来た。

 助かった。

 死ねなかった。

 残念だ。

 取り残された僕は教室の中心でボーッとしていて、不意に時計を見て「あ、先生に報告した方が良いのか」と呟いて、早速行動に移った。

 まず、血だらけで血まみれな教室を出て、赤色の足跡を廊下に残しながら、職員室に行って「クラスメートが皆殺しにされた」と偶然そこにいた先生に伝える事にした。


 名前も覚えていない先生は、最初はなに言ってんだこいつ。みたいな目で僕を見ていたけれど、僕の上靴が血濡れている事に気づくと、顔を真っ青にして「ここで待ってなさい」と言って、急いで僕のクラスへ走っていった。

 廊下は走ってはいけないはずだが、まあ今はぶつかる相手はいないから特例的に良いのだろう。


 言われた通りに、職員室で仕事をしている先生たちの怪訝な視線に耐えながら待っていると、あの名前を知らない先生の大声が廊下に響き、その後非常ベルが鳴り『フクロウが侵入しました』という放送が流れた。


 確かこの放送は、不審者が侵入した時に、不審者を刺激しないように関係のなさそうな放送を流す、まあ隠語みたいな放送だったような気がする。

 不審者を刺激しないようにフクロウと言っているみたいだけど──フクロウが侵入したなんて怪しい放送をしたら、不審者も感ずくんじゃないかと思うけれど──ともかく、不審者が侵入したという放送が流れた。


 この後は、静かに焦らず生徒は全員体育館に避難される手筈になっている。辺りの先生たちもその放送を聞いて、少し焦っている表情で、避難誘導の準備を始めだした。

 慌ただしく動き回っている空間でボーっと立っているのもなんだか居心地悪かったので僕は廊下に出て、ふと窓の外を見た。

 丁度、そのフクロウが校門から堂々と逃げている所だった。僕が見ている事に気づいたフクロウは僕に向けて手を振ってくる。僕は手を振り返さなかった。


 ***


 クラスメイト惨殺事件。

 第一容疑者は僕だった。


 そりゃあ、第一発見者で唯一の生き残りで血まみれな少年を見たら、誰だって疑いの目を向けるだろう。僕だって向ける。

 しかし、驚いた事に僕の容疑はほんの一時間で晴れることとなる。


 まあ、簡単に言えば僕が自殺志願者で死にたがりだという事実は、警察の方々の中では一般常識と言うか周知の事実だったらしく、僕の顔を、または名前を見た瞬間に「ああ、またこいつか」と全員が全員、あきれ果てたらしい。

 中には、僕が死んだと思っていた警察官の方もいるらしく、僕だけは生き残っていたというその事実に、驚いたりした人もいるらしい。

 全く、人を一体なんだと思っているのやら。いやまあ、僕自身もそんな話を聞かされたら、僕が死んでないという事実に驚くかもしれないけれど。

 ビックリして驚いて、そのショックで死んでしまうかもしれないけれど。


 とにかく、僕の容疑はほんの一時間で解かれ、その日の内に僕は家に帰る事が出来た。家に帰ると、父親と母親が帰ってきた僕を泣きながら抱きしめてくれた。

「よく生きていてくれた」

 と言ってくれた。

 強く強く、愛情深く抱きしめてくれた。

 これほどまでに僕の安否を気遣ってくれる家族に僕は心底感謝して、今日は自殺とかしないように気をつけようと思った。

 不思議な事に。

 今日──正確に言えば、あの殺人鬼に出逢ってからというもの、一向に僕は、死のうと思えなかったのである。


 ***


 さて、次の日である。

 僕は一日中、部屋の中に籠もっていた。

 クラスメイトが全員殺されて、流石の僕も傷心中だったらしい。


 クラスメイトの死から立ち直ったのはその日の夜のことで、僕は睡魔に身を任せてベッドに横になって眠りについた。起きたときには、惨殺事件が起きた二日後の昼になっていた。

 暖かな光が窓から注がれ、空は青々と輝いている。

 二日前に惨殺事件が起きたとは思えないほど、いつも通りの風景だった。今ここで、なんだ。夢か。と、言えば、あの事件は夢になってしまいそうな、そんな感じ。


「なんだ、夢か」

 言ってみた。

 言ってみただけだ。

 言おうが吐こうが、クラスメイトが死んだ事実は変わらない。僕は自室から出て、居間に入る。両親は既に仕事にいっているようで、誰もいなかった。


 新聞の一面は惨殺事件で一杯だった。平和で幸せな日本で起きた、誰もがビックリな事件という事でマスコミも元気にその事件の内容を報道していた。


 曰く、クラスメート全員死んだらしい。

 曰く、生き残ったのは僕だけ(名前等は非公開。少年とだけ書かれていた)。

 曰く、クラスメートの死体はどれが誰か選別するのに時間がかかっているらしい。

 曰く、あの殺人鬼は見つかっていないらしい。


 なる程、あいつはまだ捕まっていないのか。この事件で僕は唯一あいつの顔を見ている、つまり殺人鬼の顔を知ってしまったわけだし、もしかしたら口封じに殺人鬼がまたやってきそうだ。今日は人通りの多い、明るめの道を通る事にしよう。

 いや、あの殺人鬼は人通りが多くても殺しにきそうものだが、まあ人通りの少ない道よりは幾分か安全だろう。


 そう決めた僕は、新聞を机の上に置いて、僕の家・・・が映っているテレビを消して、当初の予定通り、制服に着替えてか ら玄関から外にでた。


 途端に、大量のテレビカメラとマイクに囲まれた。

 一クラス分の生徒が殺されて、その生き残りにして第一発見者となった僕は、一躍ワイドショーの格好の餌となってしまったようだった。テレビを見たときにまさかとは思っていたがまさかここまで沢山いるとは思わなかったな。


 ここで涙を流して嗚咽を漏らしながらクラスメイトとの思い出を語って悲劇の主人公になってもいいのだが、しかし、別に僕は悲劇の主人公になりたくないし、そもそもクラスメイトとの思い出なんて、クラスの置物な僕には殆どない。


 だから残念なことに、ここに集まっている報道陣が欲しがっているものを、僕は提供することは出来ない。

「■■■■■■■■■!!」

「■■■■■■■■■■■!!」

「■■■■!?」

「■■■■■■■■■■?」

 沢山の声が混ざって何を言ってるか分からない、人の海をかき分けながら僕は道を歩く。


「これからどこに行くんですか?」

 しかし、このままだと彼らはカモの子供みたいに追いかけてきそうだったので、唯一何とか聞き取れた質問に、その質問をしてきた相手のボイスレコーダーに向けて答えた。笑って応えた。

「クラスメイトの葬式に」


 ***


 クラスメイトの葬式。

 とは言ったものの、しかし、さっきも言ったとおり僕はクラスでは置物的存在で、正直言うと葬式にわざわざ出席するほど仲のよかったクラスメイトというのが、殆どいないというのも、それはまた事実だ。

 けど決して皆無だった訳でもなく、僕はクラスメイトの中で唯一仲が良かった(少なくとも僕はそう思っている)坂本さんの葬式に向かっていた。

 葬式会場までは自宅から歩いて数十分の所にあり、電車で向かった方が明らかに早かったのだが、なんとなく歩きたい気分だったので、僕は歩いて向かうことにした。


 ついてみると、僕と同じように学校の制服を着ている生徒が、多々見受けられた。同じクラスの生徒は全滅している訳だから、恐らく他のクラスの生徒だろう。さすが坂本さん、交友関係が広い。

 友達の数が、過去を加えても一人か二人しかいない僕と比べるのは些か失礼な気もするけど。

 葬式会場の中に入ると、僕が着ている制服と同じ柄の服──つまり、同じ学校の生徒たちの好奇の視線に晒された。唯一の生き残りとして、学校内で有名になっているらしく、彼らの話を盗み聞きしてみると、彼らの中ではクラスメイトを殺したのは僕だと言うことになっているらしい。

 さすが想像力豊かで国家権力を信用しない中学生。警察が無罪だと言っているのに、まだ僕の事を疑っているのか。まあ、さすがのその想像力でも『殺人鬼』という発想には行き着かないらしい。


 そんな視線に耐えられなくなった僕は、出来るだけ彼らの近くに行かないように、並べられている席の中で一番端っこの席を選んで座った。

 その直後である。

 僕の前にそいつが現れたのは。

「おい」

 と、乱雑に投げつけるような声に、僕は俯いていた顔を持ち上げた。

 知らない奴だった。

 制服を着ているし、恐らく僕と同じ学校に通っている奴なのだろう。

 どうやら相手の方は僕のことを知っているようで、あなた誰ですか? と言いづらい状況だった。

「えっと……なんか用か?」

「お前が坂本を殺したのか?」

 余りにも直球で、単刀直入な質問の仕方に僕は唖然としてしまって、少し固まってしまう。それをどう受け取ったのかは分からないが、その男子は僕の返しを待たずに続ける。


「お前、よくもまあのうのうと葬式に来れたな」


「えっと……」


 僕は口ごもる振りをしながら、眼球だけ動かして辺りを見渡す。周りの意見も同じようで誰も助けに来る様子はない。ただ遅刻しただけなのに、どうしてそこまで言われないといけないのだろうか。僕は心の中で嘆息してから、その名も知らぬ男子と向き合う。


「僕はクラスメイトを殺してない」

 と、はっきり言った。

 その名も知らぬ男子は怪しい物を見るような目で──疑りの目で僕を見る。

 信じられない。と。

 目で語っていた。


「信じられないんだろうけど、これが事実だ。僕は誰一人とて、殺してない」


「……」


「死ぬ価値すらない僕が、取り残されただけだ」


「俺には、お前がこの世で一番死ぬ価値があると思うけどな」


「それはどうも」


「……ホント、お前が死ねば良かったんだ。どうして坂本みたいな良い奴が死ななきゃならなかったんだ」

 そう吐き捨てて──比喩でも何でもなく、言葉という物体を僕の足下に唾のように吐き捨てて、彼は去っていった。

 彼が去っていき、それに合わせるように坊さんが葬式会場に入ってきて、暫くするとお経を唱え始めた。


 それまで僕は微動だにせずに、彼の言葉を脳内で反復し続けた。

 お前が死ねば良かったんだ。


 そんな事言われたって、生き残っちゃったんだし。仕方ないだろ。


 ***


 葬式というのはかなり時間がかかるらしく、終わった頃には日が落ちて、月の光が帰り道を淡く照らしていた。

 帰り道に、珍しく自殺行為をしなかったお陰か、すぐに家に帰ることが出来た。さすがに夜遅くまで張るつもりはないらしく、昼にはあんなにいた報道陣は消えていなくなり、あんなに人でぎっしり詰まっていた玄関前は、人の影一つなかった。

 僕は玄関のドアを掴み、開こうとしたが、開かなかった。

「ん、あれ? なんか外に出る用事とかあったっけ?」

 首を傾げながら、僕はインターホンを押す。ピンポーン、と軽い音が家の中から聞こえてきて──消える。


「……」

 居留守とかそんなのじゃない。

 物音一つしないとか、そんな話じゃなくて、生活感がない。

 人がいる気配が──しない。

 予測……というか、確信。

 焦りながらもゆっくりと、玄関の端に置いてある植木鉢を持ち上げて、その下にある鍵を拾って、ドアを開く。

 中は普通に電気が点いていて、普通に生活感溢れる感じだった。なんというか、日常生活から、人だけがぽっかり抜け落ちてしまっているような、そんな空間。


「……」

 ごくりと、生唾を呑み込む。

 怪しくて妖しい、不可思議な世界に半歩踏み入れているような気がした。

  この玄関から一歩踏み出したら、僕はもう日常に戻れない。そんな気がした。

 このまま回れ右して家から飛び出して、警察にでも通報すれば僕はまたいつもの日常に戻ることが出来る。

 いつものように生活して、また時折死にたくなったりする、クラスメイトがいないだけの日常に戻れるだろう。

 まだ半歩踏み込んだだけだ。ドブの中に足を突っ込んだだけだ、まだ引っこ抜ける。

 そう思う僕の脳みそに逆らうように、足は家に踏み入り、身体は廊下を進んでいく。


 廊下を抜けて、居間に這入る。キッチンがすぐ隣にある造り(LDKとか言うんだっけ?)になっている居間。

 そこで両親が事切れていた。

 バラバラになって、朽ち果てていた。

 まるでクラスメイトたちのように、死んでいた。


「ん、あれ?」

 その近く。キッチンにある冷蔵庫から牛乳パックのジュースを取って、ラッパ飲みしている殺人鬼と目が遭った。


「お前どっかで見たことがあるような、えっとなんだっけ。結構面白い出逢い方をしたような気がするんだよ」

「……忘れんなよ」

 どうやらこいつは、僕の事を忘れていたらしい。今日の僕の緊張感はなんだったのか。

 息を吐く。

 ズブズブと、ドブの中に身体が沈んでいく感じがした。


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