クラスメート。
目覚めの朝だ。
閉じていたまぶたをゆっくりと開いて僕はかけ布団をどかして、ベットの上に座った。
昨日はぐっすり眠れたのか、とても目覚めが良かった。
良すぎるぐらい良くて、それと反比例するように、気分は悪すぎるぐらい、悪かった。
ベットの隣にある小さな机の上には、今は空っぽになっている睡眠薬が入っていたビンが落ちている。
そのビンには、昨日までは睡眠薬がぎっしり詰まっていた。なんなら、開封もしていない、まだまだ新品の物だった。
それがどうして今、空っぽでそこに落ちているのだろう。
答えは簡単だ。それを昨日、僕が全て使い果たしたからだ。
どうして、そんな事をしたのか。それも答えは簡単だ。
僕は別に、夜ぐっすり眠りたくて睡眠薬を使った訳じゃない。
ずっと永遠に、眠りたくて使ったのだ。
つまり、自殺である。
目覚めが良くて、目覚めの悪いというなんだか矛盾しているような状態で、僕は天井を見上げて、ポツリと呟いた。
「死んでないじゃんか。インターネットの嘘つきめ」
***
僕は、いわゆる自殺志願者である。
それも結構な重度で、結構な熟練者である。
初めての自殺は、物心つく前。ベビーベットから這い出て、そのまま頭から飛び降りだった。
その時は、下にクッションがあって助かったらしいがそれからと言うもの、僕は何度も自分を殺そうとして、失敗している。
首を吊ろうとしたら、天井がぬけて助かったし、溺れようとしたときは、なぜか近くにダイバーがいて助かったし、自分を焼いたときは突然のゲリラ豪雨で助かった。
一番死に近づいたときは腹を切腹よろしく、切り裂いた時だったけれど、それでもキッチンで衝動的にやったせいか、すぐに救急車で搬送されて九死に一生を得た。
僕が得たかったのは、九死の方だったけれど。
両親もその死にたがりには、ほとほと呆れていたというか、恐怖していて、僕を精神科に通院させてみたりしたけれど、しかし、僕の精神状態は至って健康そのものだったらしい。
それは僕も感じ取っていた。
僕は別に、常日頃死にたいなーとか思ってる危ない人なのではなく、むしろ普通で普通な少年だ。
なのに、ふと衝動的に自分を殺したくなって、衝動的に自殺を図ってしまう。
だから僕は自殺を止められても、暴れたりしたことはない。
止められたら止められたで「ああ、失敗したなー」って思う程度だ。
今日の服毒自殺(?)だって、失敗したなー程度で済まして、今日も元気に家族におはようの挨拶をして、今は普通に通学中である。
時刻は九時過ぎ。普通に遅刻である。
「睡眠薬が効き過ぎたか……」
妙にすっきりしている頭で僕は考える。
自殺を始めてから数年。その数は恐らく千はゆうに越える。両親もとうとう、止めるのを止めてしまった。
失敗するのが目に見えているからだ。
それなのに、自分をまだ殺せていない。どうしていつも、どこかで失敗してしまうのだろう。まだこの世に未練が残っているのだろうか。未練になるようなものなんて、無いと思うのだけど。
とまあ、色々考えてみても答えが見つかるわけもなく、そもそもどうして死のうとするのかも、自身、全く分かっていない。
別に死にたいような苦痛な人生じゃない。
両親は自殺衝動にほとほと呆れている以外は普通に優しいし、学校も勉強はめんどくさいけど友達もいるし、なんなら好きな人が隣の席にいるから、嫌いな場所ではない。寧ろ大好きだ。
じゃあどうして自分は死のうとする? と、また深く考え込んでいるといつの間にか学校についていた。今日は車道に飛び出したりしなかったらしい。
良かった良かったと胸をなで下ろしつつ、ああ、また死ねなかったと残念がった。
***
「そうだ。坂本さんに聞いてみるか」
学校について、上靴に履き替えて誰も歩いていない廊下を歩きながら、僕はそう、思いついた。
坂本知恵。三つ編みメガネの優等生で、図書委員長。
貸し出し受付で一人物静かに読書を嗜むその姿は、清楚を求める男子の中で大人気だ。
そんな彼女はちょっとした物好きで、クラスで悪目立ちしているというか、クラスのはみ出し者認定されている僕に親しくしてくれる数少ない友人の一人だ。
そんな異性を好きにならない男子は男子じゃないだろう。
まあ、つまり好きな女子と話す口実を思いついただけなのだが、人に相談するというのは確かに良い手だろう。
自殺について他人に聞くというのも、中々おかしな話ではあるけれど。
うん、そうだ。そうしよう。
僕はそう決め込んで、おそらく一時間目の数学をやっているだろうクラスのドアを開くと。
血の海だった。
肉の海だった。
血肉の海だった。
「ん?」
と、口からでたのはそんな素っ頓狂な声。
総勢37人のクラスメート。今日は月曜日で一時間目は数学。
熱血教師で有名な水原先生の授業を受けているはずのクラスメートがいなくて肉と血だけが、室内を満たしていた。
熱血でも、血は別に熱いわけではないらしく、浸る足は温まることはない。
誰もいない。
いた跡はあるけど、誰もいない。
「……んー?」
いや違う。いる。
教室の中心、どれもこれも倒れている机の中、唯一立っている机の上に、恋心を抱いていた相手、坂本さんの頭だけをあぐらをかいた足の上に載せた見知らぬ好青年がいて、ドアを開けて呆然としている僕をみて、首を傾げていた。
あそこに頭があるという事は、その下にあるのが坂本さんの体だろうか。
「お前なにしてんだ。もう一時間目始まってるぞ?」
「……えっと」
明らかに場違いなセリフを吐く好青年に対して僕は、そう呟きながら近づく。
もしかしたら──いや、確実に恋心を抱いていただろう相手の体を踏み越えて、筆箱の中に誰もが持っているであろうハサミを手に取り歩を進めて、そのまま持っていたハサミを殺人鬼の足に突き刺して、その顔を覗き込むようにしながら。
「自殺しないようになるには、どうしたらいいと思う?」
「とりあえず、人にハサミを刺しながら言うセリフではないと思うね」
こうして僕は出会った。
死にたがりの僕は出逢った。
殺したがりのあいつと出逢った。