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7 ハプニング

 次の日の夜、報告に行ったメイさんを待っていると勢いよく扉が開けられ、その音に体がビクリとはねる。

 体を動かして入り口のほうを見ると息を切らしているメイさんがいた。いつも元気なメイさんだけどここまで取り乱している様子は見たことがない私は内心で首を傾げた。


「カルドーレ様! 一大事です!」


「――え……?」






 メイさんからお知らせを聞いた私は食堂の調理場を借りていた。

 加熱台のガラスの天板をずらして、中にある石置き場所に炎が蓄えられた蓄力石を入れて手前にあるのぞき窓から石が見えるか確認。天板を戻し、鍋はのせるためにいくつかある爪の上にきちんとのせて。

 お米と水を鍋に入れてのぞき窓に手を近づけて蓄力石を発動させた。


 鍋の様子を見ながら私はメイさんの言葉を思い返す。息を切らしてやってきたメイさんは、シン様が熱を出しているという情報を入手したと早口で言い切った。

 昨夜のダンスの時は手袋をしていたし、私は自分のことで精一杯だったから全然気づかなかった……。

 ここ数日の間、ほぼ眠らずに国務にかかりきりだったことが要因らしく、今日はご飯をほとんど食べられていないそうで。

 昨日のダンスのお礼も兼ねて何かをしたい。

 私にできることは少なくて悩んだけれど、ふと自分が風邪をひいた時のことを思い出した。

 私が風邪をひくとお母さんは決まっておかゆを作ってくれる。この食べ物は色々な国を旅行しているお客さんがソレドに寄ってくれた時にお母さんに話したそうで。

 他国の料理だけど消化によくて風邪をひいた時などに向いているのだという。


 考えてみるとソレドには色々なメニューがあるけれど、もしかするとお母さんはお客さんに聞いたりして情報を集めているのかも。

 他国との行き来や交流はだんだん増えていて、物や情報など便利なものは国民に取り入れられているものもある。

 沸騰してきたのでのぞき窓にまた手を近づけて火力を調整。

 ――何度自分が使っても蓄力石って不思議……。手を近づけて念じるだけで使えるなんて、蓄力石を使う所を初めて見た時は生き物かと思って大泣きしたってお母さんが言ってたなぁ……。

 前にお父さんがお母さんに持たされたというしゃもじ――人からのもらい物らしい――を借りて使いながら、ご飯の具合を見ると柔らかくとろみが出てきて完成は近い。


「いい匂いがしますね」


「ありがとうございます。もう少しで完成しますよ」


 珍しそうに鍋の中の様子を見るメイさんを見ながら、料理担当の方からいただいた卵を器に割ってとき、鍋に流しいれる。軽く混ぜて塩で味つけし、細かめに刻んだネギを入れて完成。

 蓄力石の動きを止めて火を消して鍋にふたをした。


「お米にはこんな調理方法もあるんですね」


「お母さんに教えてもらったんです」


「それでは早速持って行きましょう!」


 笑顔のメイさんに頷いて、ふたと一組になっている器におかゆを移し終わると足音が近づいてきたので顔をあげた。

 すると食堂と調理場を繋ぐ入り口からカリーナさんが顔を出す。


「いい匂いがしたけど何作ってるの?」


「おかゆというお米を使ったものです」


 私が答えると「へぇー!」と目を輝かせたカリーナさんが近づいてきた。


「もしかしてシン様にあげるの?」


「はい。お出しする予定ですが……」


 頷きながら器にふたをしてトレイにのせると、カリーナさんが笑顔でトレイを持ちあげる。


「それじゃあリィがかわりに持っていってあげるね!」


「え……」


「こんな時間に手料理なんて疲れたでしょ? リィが届けてあげる」


 緑色の瞳がじっとこちらを見る。笑顔の消えた表情にカリーナさんが何を思っているのか分からなくて私は固まってしまう。

 やっぱり料理は能力を使ったほうがおいしいのかな……。

 もともと手料理に自信なんてないけれど、能力を使えないという事実を責められているようで胸が苦しくなる。


「カリーナ様……!」


「――メイさん」


 声をあげるメイさんに声をかけて首を横に振る。

 眉を下げた表情を浮かべるメイさんには申し訳ないけれど、とりあえずカリーナさんは持って行ってくれると言うのでお願いしたいと思う。お礼は後日改めて言おう。


「分かりました。それではお願いします」


「まかせて! この入れ物はリィが洗っておくから」


 もう一度「お願いします」と返すと、カリーナさんは「おやすみー!」と再び笑顔で調理場を去っていった。


「いいのですか? せっかくカルドーレ様が作られたのに……」


 眉を下げるメイさんを見てから私は使ったものを洗い始める。


「シン様がよくなられるならそれでいいんです――」


 「私は家に帰るから」とは言い出せず口を閉じる。

 背中に視線を感じながら洗いものを済ませていった。

 カリーナさんとシン様が笑い合う姿が浮かんで寂しいような気持ちになったけど、ダンスの時に優しくしてもらって勘違いをしているんだと胸の中で自分に言い聞かせながら――。






 翌日のお昼前、ルーチェ様が部屋へと訪ねてきた。

 不思議に思いながらも前に見た表情が重なってどうしても構えてしまう。

 それが伝わったのかルーチェ様は困ったように笑った。


「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。四人を連れて行きたい所があるだけだから」


 そう言い終わるとルーチェ様は私の手をつかんで部屋の外へと連れ出した。

 廊下に出るとラナさん、カリーナさん、ティアさんが揃っていて、私のほうを見ると歩き始める。

 よく分からず歩みが止まる私をルーチェ様が促すように手を引いて再び歩くことになった。


 王宮を出てどこに行くのだろうと思っていると、敷地内であるだろう場所で止まり、目の前の光景に私は気持ちが高ぶるのを感じた。

 馬がたくさんいる……!

 厩舎が建てられていて、その前に仕切られた柵の中に白馬が何頭もくつろいでいるみたい。


「兄さんがまだ本調子じゃないから今日はボクがついているよ。と言っても今日は王宮で飼われている馬に触れ合ってもらおうっていうだけなんだけどね」


 話しながら柵に近づいて行ったルーチェ様は一頭の馬をなでる。すると馬はゆったりとルーチェ様に寄り添った。


「ほとんどのコがおとなしいけど優しく触ってあげてね」


 みんなが馬に近づいて行く中で私は近くの馬から順に見ていくけれど、白馬ばかりなので正直どの馬がリタなのか分からない。

 一頭ずつなでたら分かるかなと考えていると、近くにいたカリーナさんが馬に伸ばした手を戻して私のほうを向いた。


「昨日はありがとねぇ。あなたのおかげでシン様にほめられちゃった!」


「え……?」


 カリーナさんの言葉の意味がよく分からない。食事を持って行き看病したからだろうか?

 返す言葉を選んでいると、カリーナさんの瞳が弓なりに細められた。


「こんなに優しい食事は久しぶりだってリィのことなでてくれたんだー」


 可愛く笑うカリーナさんの言葉に私は立ちすくむ。

 疑いたくない。けれどカリーナさんの言葉は、まるでカリーナさん自身がおかゆを作ってシン様へと持って行ったという意味にとらえられて胸が苦しい。


「あなたって世間知らず。リィ達はライバルなんだよ?」


 「分かってる?」とたたみかけられてうつむいてしまう。

 今まで憧れのような人はいても異性として人を好きになったことは多分ない。だから、こんな状況を経験したのは初めてだった。

 混乱する頭に潤む視界。でも今ここで涙をこぼしたら何かに負けてしまうようで悔しい。


「!」


「なに……?」


 涙をこらえていると馬の鳴き声が響いた。次いで馬の駆ける足音が聞こえ、顔をあげると奥のほうから一頭の馬が走ってくるのが見える。


「きゃ……っ」


 近づいてくる馬の勢いにカリーナさんは柵から距離をとる。

 対する私は向かってくる馬をその場で見ていた。もしかしたらリタかもしれない。そう期待しながら。


「危ないから離れて……!」


 離れた所からルーチェ様の声が聞こえたと思った瞬間、馬は私の目の前まできてもう一鳴き。

 「キャー!」と叫ぶカリーナさんの声を聞きながら私はじっと馬を見た。

 すると――。


「――っ、くすぐったいよ、リタ?」


 頬にすり寄る相手に名前を呼べば、答えるように鳴いてくれて。願い通り駆けてきたのはリタのようだった。

 繰り返されるすり寄りに喜んでくれているのかなと感じ、浮かびそうになった涙は笑みに変わる。


「二人とも大丈夫……っ?」


「はい。大丈夫です」


「急にキミ達目がけて走って行くから驚いたよ。普段はおとなしいのに……」


 駆けつけてくれたルーチェ様は首を傾げ、私の頬を舐めだした様子に「ああ」と納得したような声を出した。


「そっか。リタはキミのことを気に入ったんだね!」


 「よかったらリタに乗ってみる?」と聞かれ、私は目を瞬かせた。






「わぁ……」


 リタの背中に乗せてもらうと高くなった景色にドキドキする。

 高さが違うと見える景色も普段とは違って見えてまわりをキョロキョロと見てしまって。

 時々吹く風が肌に触れて心地いい。


「ふふ、気持ちいいでしょ?」


「はい! ありがとうございます」


 嬉しい気持ちをそのままに言うとルーチェ様の笑みが穏やかなものに変わったように見え、シン様の笑顔と重なる。

 静かで穏やかなシン様と元気で明るいルーチェ様の相似点が知れたような気がした。

 その後はリタから降り、他の人がルーチェ様の近く、私から少し離れた場所で馬に乗っているのを眺めていた。

 すると鮮やかな色の髪を揺らしながらティアさんが馬に乗ったまま歩いてきたので、自然と私は上を向く。

 ティアさんはキツい眼差しでこちらを見た後にフッと笑った。


「あんた、シン様と仲良くなれないからってルーチェ様と仲良くしてんの?」


「そんな……っ」


「あたしとしては一人でも減れば楽だけど、ルーチェ様に言い寄っても何もないから」


 「ルーチェ様には婚約者がいるし、あんたなんかかないっこないよ」と単調に言うティアさんに私は否定の声をあげた。


「そんなこと考えてもいません……!」


「ふーん。じゃあその気がないならさっさと家に帰れば?」


 冷たい声色で放たれた言葉に返す言葉を見失った。

 辞退しようと考えているのに人から言われて動揺するなんておかしいよね……。


「何、泣けばすむと思ってんの? あたしそういう人嫌いだから」


 はっきり告げられた負の言葉に、目尻から涙があふれてしまった。――その瞬間。


「!」


 高く響きわたるリタの鳴き声にハッとする。

 急に激しく動き出したリタが柵を乗りこえ、こちら側で馬に乗っているティアさんのほうに向かって前足を高く蹴りあげた。

 ――危ない……!

 流れる涙をそのままに無我夢中でリタの前に立ちふさがった。リタと目が合っても蹴りあげた足の勢いは止まらなくて。


「――っ……!」


 反射的に向けた背中に衝撃を感じて地面に勢いよくぶつかる。


「ちょっ、しっかりしなさいよ……!」


 ティアさんの声を始め聞こえる音が遠くなっていき、力が抜けていく感覚に従って目を閉じた。


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