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5 筆記試験

「筆記試験、ですか?」


 朝食後、大量の布切れを持ったメイさんが笑顔で頷いた。

 昨日面談をしたから実践的な試験だけかと思っていた私は首を傾げてしまう。

 メイさんはたくさんの布の切れ端を部屋の隅に置き、ソファーに座っていた私のもとへ歩いてくると肩にかけていた鞄から冊子のようなものを取り出して見せた。

 よくよく見るとそれは冊子ではなく、文字が書かれた紙が結構な枚数重ねてあるもので思わず表情が引きつる。


「今日はお部屋でこちらの内容に答えていただきます」


 「頑張って下さい」と励ましてくれるメイさんに、私は気が遠くなりそうだった。






 始めるなら早くから始めようと思い早速取りかかる。

 部屋には読み書きに向いた机と椅子も備えつけられていたのでそれを使わせてもらうことに。ペンとインクは家から持ってきた使い慣れたもの。

 綺麗な文字で書かれた問題が多数あって、何だか学生時代のテストを思い出した。


 ――セルペンテ国の起源を説明しなさい。


 うん、これは簡単。

 古に土地を守っていた蛇神様が出会った人間の女性に恋をして結ばれた、と。

 このことは小さい時から両親に聞いているから大丈夫。


 ――国王と第一王子が王族血縁者ではなくその他の国民と婚姻関係を結ぶのはなぜか。


 ……これは確か学校で習ったはず。

 当初は王族血縁者である貴族を迎えたが何年経っても子供に恵まれず、やがて貴族の妻は病死。その後王族と血縁関係のない者を妻に迎えたところ間もなく子供に恵まれ、後妻となった女性が長く生きられたことによる。また、蛇神様の血と力は代々国王から次期国王となる第一王子にのみ顕著に遺伝するため、第二王子以降は基本これに該当しない、と。

 第二王子以降の方も子孫なのに、第一王子だけ蛇神様の血が濃いなんて不思議。これは起源と関係があったりするのかなと思ってお父さんに聞いたことがある。そうしたら何と国王であるルニコ様に直接聞いてくれたみたいだけど、詳細は分からないとお言葉をいただいたらしくてその時は少し落ちこんだ。

 その時を思い出しながらインクをつけたペンをはしらせ、次の問題に目を向ける。


 ――国内の主要地区を答えなさい。


 行ったことのない地区もあるけれどこれも覚えてる。

 まずは国の中心であるクオーレ地区。色々な施設があって製造業が盛ん。

 ヴェルデ地区は農業が盛んで、マーレ地区は漁業が盛ん。

 オアジ地区は医療に優れた人が多くいて、ポルタ地区は他の国との出入り口の役割を担っている。

 ――うん。主要地区はこの五つのはず。


 この後も色々な問題を解いていき、三分の二は過ぎたかなと思ったところで質問の内容が明らかに変わった。

 思わずペンの動きが止まってしまう。


 ――使用可能な能力は?


 あれ……?

 これって就職の時に書類に書いたりする内容では?

 国内では色々な職業があるけれど、主に職業に合う能力を持つ人がその職場で働いていることが多い。

 お母さんのように自分でお店を営む人も自分の得意な能力を使うことがほとんどで。

 ……能力を使うのは苦手だけどとりあえず書いておこう。製造と回復、と。


 一通り答えた結果、残りは自己紹介文のような質問だけだった。

 試験に関係あるのかと困る質問もあったけど念のため書いておく。

 ペンを置いて思わず背伸び。意外と長い間同じ姿勢をとっていたみたいで体が固くなっている気がした。


「もうお済みになったんですか!」


 メイさんの驚いたような声に椅子に座ったまま振り向く。

 メイさんはいつの間にか持ってきていた椅子に座り、雑巾を縫っていたようだ。

 メイさんの近くに置かれた袋にたくさんの縫われた布が入れられている。


「午後からも時間をあてていたのですがお早いですね」


 「どうしましょうか……」と首を傾げる彼女に、私はまだ縫われていない布を指差した。

 布はまだたくさん残っていて、メイさん一人だと大変だと思う。


「もしよかったら私にも縫わせて下さい。時間がかかるのでそんなに力にはなれませんが……」


「そんな! 試験を受けられる方にお頼みできません。これはカルドーレ様が筆記試験を受けられている間に作業するよう、まかせられたものですから」


 「それに、クレアさんに知られたら大目玉ものです」と慌てるメイさん。

 そんなに怒ったクレアさんは怖いのかなと想像して途中で止めた。

 美人な人が怒ったらそれはそれで迫力がありそう。


「もっ、もうそろそろお昼ですから昼食をお持ちします! 答案用紙は届けてまいりますね」


 布を大雑把に袋につめて部屋の隅に押しやり、メイさんは答案用紙を急いで持って足早に部屋を出て行った。






「カルドーレ様ー。お気持ちだけで充分ですから……」


 昼食後、縫い物を再開したメイさんを最初は読書をしながら眺めていた。

 でもやっぱり気になった私はメイさんの近くに置いてあった針と糸を拝借して雑巾作りを開始。すると一つ完成するあたりでメイさんが気づいた。

 あと一つだけ、あと一つだけ、を繰り返して十枚縫い終わった時にメイさんに困り果てたような顔をされてしまい私も困った。


「迷惑でしたか……?」


「いいえ! 迷惑など思っていません。ですがもう充分お手伝いしていただきましたから!」


 そう言ってメイさんは私の近くから布を遠ざける。

 まだ手伝いたかったけど無理を言ったらもっと困らせると思ったので諦めることにした。


「分かりました。後はよろしくお願いします」


「おまかせ下さい!」


 メイさんはホッとした表情の後に満面の笑みを浮かべたので私も笑い返して。

 メイさんが雑巾を作り終えるまで私は読書をしながら時間を過ごした。






 夜、報告に行ったメイさんを見送り、時間があいたので待っている間に入浴をすませる。

 そしてお風呂からあがり、部屋を訪れてきた人に昨日のラナさん以上にビックリして涙が出そうになった。


「夜遅くにごめんね?」


 扉を開けるとラフな格好をしたシン様が立っていた。

 服装が違うだけでまた異なる印象を受けるけど、それでも穏やかな雰囲気は変わらない。

 濡れた髪を拭こうとしたタオルを持ったまま動きが一瞬止まってしまう。

 「少し時間いいかな?」と聞かれて慌てて部屋へとお通しした。


「今日行った筆記の答案用紙を持ってきたんだ」


 ソファーに座ったシン様が優しい声で言った後、私の名前が書かれた答案用紙の束を渡してくれる。一枚目の紙には「よくできています」と赤いインクで文字が書かれていた。


「問題はほとんど正解していたよ。歴史は得意なのかな?」


「得意というほどではありません……。ですが、歴史の授業は好きでした。自分が住む国のことを色々と知れて楽しかったです」


 テストが返ってきてお母さんに見せると、「歴史の点数がいいのは喜ばしいけど、能力をもっと鍛えるんだよ!」とよく言われていた。

 未だに勉強よりも能力を鍛えさせればよかったと嘆かれるくらいでいつも曖昧に笑ってごまかしている。


「王子の身としては嬉しいよ。自分の住む国を好いてもらえているのだからね」


「この国に住む人はみんな好きだと私は思います……」


 納める税は高い額ではないと言われているし、現金が難しいと作物などの物で代用できる。それも難しい場合は減額や免除も相談可能で、何かあった時の相談や補助も充実しているのだとお母さんが時々言っている。

 王様をはじめ王族の方は優しいと慕っている人は私のまわりに多い。

 だから私は好意的だと伝えたつもりだった。

 けれどシン様は一瞬悲しそうに微笑んで。聞く間もなく穏やかな表情に戻ってしまい機会を失う。


「そうだといいな」


 少しだけ震えたその言葉はシン様の願いのようにも聞こえて、そうですと返そうとしたらくしゃみが出てしまった。

 こらえようとしたけど失敗に終わり、シン様が目を丸くしている。

 すごく恥ずかしい……!


「すみません!」


「いや。こちらこそごめんね。お風呂あがりみたいなのに長話をしてしまって……。――乾かしてあげるからじっとしてて」


 サラ、と髪をすくわれる感覚がしたかと思うと感じたほんのりとした温もり。

 少しの時間でシン様の手が離れ、「もう乾いたよ」と言われたので髪の毛に触ってみた。

 本当だ……。

 肩につくほどの長さの髪は濡れていたのが嘘のようにあっという間に乾いていた。


「僕と父は水を操れるからね。――ほら」


 シン様は髪に触れていた手を開く。すると手のひらには水の玉が浮かんでいた。

 透明な水の玉を思わず見つめているとそれは瞬時に目の前から消えた。


「え……!」


 私が声をあげると同時に聞こえた水の音。それは机のほうから聞こえて、そちらのほうを見るけれど離れているからよく分からない。


「机の上にある花瓶を見てごらん?」


 シン様の言葉に促され、立ち上がって机の所へ歩いてみる。

 花瓶に目をやると朝に水をあげたきりの花や葉が濡れていた。


「すごい……」


「驚いた? 浄化もできるから花に洗髪剤などの影響はないよ」


 そういえば国内の水の管理はルニコ様とシン様を中心に行われているんだっけ。

 適度に雨を降らせることもされているとお父さんに聞いたことがある。だから、嵐や大雨が起きるのはルニコ様やシン様によくないことがあった時なんだとも聞いている。蛇神様の力ってすごいんだな……。

 感心していると再び髪に触れられる感覚に横を見た。


 するとそばにきていたシン様が私の髪をすくい、じっと見ていて驚く。

 私の髪は茶色で珍しい色でもないのになぜだろう……。

 シン様は指先を毛先へ動かしてやがて髪から離すとふと笑った。


「綺麗な髪だ。この色はトリステさん譲りかな? でも瞳は違うようだね――お母さんかな……?」


「ん……」


 目元まわりに触れられ、冷たさに目を閉じてしまう。

 すぐに開けば赤い色の目と合った。


「まるで花月の花のような薄桃色だね。花月の花は小さくて可愛いから君の印象にも合う」


「それは花に申し訳ないです……。――シン様の瞳は赤く輝いて見えるから宝石のようですね」


 光に照らされて綺麗な色が夜でも見える。――と思っていたらシン様の顔が近づいてきた。


「シ、シン様……!」


 恥ずかしさに耐えられず顔を横にそらすと「ああ」と残念そうな声が聞こえた。


「もっと近くで目の色を見たいと思ったんたけど……。そんなに真っ赤で泣きそうな顔をされてはしかたがないね」


「あ……」


 「今日はこれで失礼するよ」と足音を響かせて出口に向かう姿に私は立ちつくしたまま動けない。

 王子様を相手に失礼な振る舞いをしてしまっただろうか。考え出せば悪いことしか思い浮かばない。


「そんな顔しないで? 今日も話せて嬉しかったよ」


 扉を開けたシン様がこちらに振り返って言った言葉に力が抜けていくのを感じて。

 「おやすみ」の言葉に「は、はい……」と返すので精一杯だった。


ここまでお読みいただきありがとうございます。


今回植物の名前をご説明したく、後書きの場を設けました。


途中で出てきた「花月」という名前ですが、「金の成る木」の別名になります。


金の成る木は小さな可愛い花を咲かせるのですが、文中でこちらの名前を使用すると台詞に合わないと判断し、別名を使用しました。


拙い作品ではありますが、少しでも楽しんでいただけたら幸いです。


それでは、ここまでありがとうございました!

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