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3 対面

「――様! ――カルドーレ様、朝ですよ!」


 頭に響く声に意識が浮上する。

 ふかふかしたベッドの中で目を開ければ模様の描かれた天井が視界に入り、慣れない光景に心臓がドキリとした。

 だけど次いで視界に入ったメイさんの姿にここがどこであるかを理解する。

 昨日は到着が夜だったから真っ直ぐ部屋に案内してもらったんだ。

 一部屋の大きさとか家具の煌びやかさなどに一つ一つ驚いてたら目が冴えてしばらく眠れなかった。


「もしかして寝坊しました……?」


 寝起きから失敗なんてしたらお母さんに何を言われるか……。

 「早々にしでかすなんてしばらく帰ってくるんじゃないよ!」とか言って家を追い出されそう!

 慌てて起き上がる私にメイさんは「まだ早朝ですからご安心下さい」と眩しい笑顔。それならよかった……。眠気が一気に吹き飛んだけどね。

 メイさんが刺繍の施されたカーテンを開けると朝日が窓から入りこんできて、眩しさに目を細めた。


「今日もいい天気ですよ。始まりの日にふさわしいですね」


 元気な声で話しかけてくれるメイさんに申し訳ないのだけど、始まりの日なんて強調されると一気に緊張してきてしまう。

 今日は面談があるんだよね。王子様と面談するのかな?

 それとも他の王族の方がするとか?

 学校での三者面談しか経験がないから想像がつかない。


「早朝から起こしてしまいすみません。トリステ様からカルドーレ様はお声かけで早朝でも起きていただけるとお聞きしたもので……」


「どちらかと言えばそうですけど、何かありましたか?」


 気づかないうちに何かやらかしてしまったのだろうか。悪い想像しか浮かばない。

 グルグルと考え出しそうになっていると、メイさんは「こちらの都合なのですが……」と返してくれた。


「大変申し訳ございませんが、面談を朝から行わせていただきたいそうです」


 ――え……?

 思わず瞬きをしてメイさんを無言で見つめれば、「時間の関係がありまして、朝食をとりしだいカルドーレ様から面談を受けていただきたいのです」と変わらない内容が返ってくる。

 寝起き直ぐにお母さんの拳骨を受ける時以上の衝撃に、できることなら気を失ってしまいたいと心底思ってしまった。


 ――それからが早かった。

 身支度から朝食までメイさんのつき添いのもと、至れり尽くせり状態に気持ちが追いつかないまま終わってしまう。

 そして今は面談を行う場所として客室の前に案内されていた。


「こちらが面談場所になります。わたしはここでお待ちしていますので頑張って下さいね!」


 ブレない笑顔を羨ましいと思いながら一度だけ深呼吸。

 ――そして覚悟を決めて扉をノックする。中から声が聞こえたので私は「失礼します」と声を出し、扉を開けて中へと足を進めた。






 泊まっている部屋よりも更に豪華な室内に一瞬呆けてしまったけれど、ソファーに座る人の姿に背筋が伸びる。

 白銀の髪を後ろで一つに結び、宝石のような赤い瞳を持つ男性が微笑んでいた。


「君がカルドーレさんだね? トリステさんから話はよく聞いているよ」


 ……どうしよう。

 お父さんから綺麗な方だと聞いていたけど真っ直ぐ顔を見ることができない。

 お母さんならきっと笑顔で「王子様、あんたいい男だね!」なんて返すに違いないけれど、私は年の近い男の人と会う機会自体が少ないから何を話したらいいのか分からない。

 お母さんの教えもどこかに吹き飛んだみたいに口から出てこなかった。


「あ、あの……」


 立ったまま口から思うように言葉が出ない私を瞳に映したシン様は、ゆるりと穏やかな笑みを浮かべる。


「――まずは座ってほしいな。少し話をしたいだけだから、ね?」


 細められた瞳に見られた私は緊張でドキドキしながら、何とかシン様の向かい側にあるソファーへと腰を下ろした。

 ――うわ、ベッドがふかふかだったけど、このソファーもすごく座り心地がいい。

 感触に感動しているとクスリと笑い声が聞こえてハッと我に返る。


「す、すみません! ご挨拶もできずに……っ」


 勢いよくソファーから立ち上がり、「カルドーレと申します!」とそれだけを何とか言って頭を深く下げる。


「ふふ、僕はシンです。よろしくね」


「こちらこそよろしくお願いします……っ」


 緊張で顔が熱いし泣きそう……!

 グッと力を入れて流れるのを必死に我慢する。会っていきなり泣いたりなんかしてご迷惑をかけられない。

 再び促されてソファーに腰をかければ、シン様がテーブルに置かれていたティーセットを手に取った。


「眠気覚ましに紅茶でも飲みながら話をしようか」


 「紅茶は大丈夫?」と首を傾げるシン様に私はコクリと頷いた。






「おいしい……」


 シン様が直々に淹れて下さった紅茶は、一口飲めばいい香りが広がって喉を通っていく。

 朝晩はまだ肌寒いので温かい飲み物は嬉しく感じる。


「それはよかった。自分で淹れるのは久しぶりなんだ」


 眉を下げて困ったように笑う相手に私は内心驚いた。

 製造能力を使うにしても使わないにしても、茶葉を蒸らす時間を調節したり、お湯の温度を考えたり、淹れる人によって香りや味が違ってしまう。私は能力では全然上手くできなくて、手作業でお母さんからなんとか及第点をもらえるくらいなのに。

 王族の方は何でもできちゃうのかな……。


「貴重なものをありがとうございます」


「こんなものでよければいつでもご馳走するよ? ――そろそろ君の話を聞こうか」


 カップをソーサーに置いたシン様が私のほうを見たので、こちらもカップをソーサーに戻して頷いた。

 手で顎に触れて考える様子で「何から聞こうかな……」と小声で言われたのでじっと待つ。

 大きな窓から入る太陽の光が白銀の髪を照らしてキラキラしてる。目が宝石なら髪は月や星みたいだなぁと思っていたら、内容が決まったのか顎から手を離してこちらを見ていた。


「まずはカルドーレさんの好きなものを聞きたいな」


「好きなもの、ですか?」


「ああ。食べ物でも趣味でも何でもかまわないよ」


「そうですね……。食べ物は母が作る料理なら何でも好きです」


 やっぱり私にとってはお母さんのご飯が一番おいしい。

 小さい時は嫌いなものがあったけど、お母さんは嫌いなものも食べられるように上手に料理に入れてくれていた。そのおかげで今は嫌いな食べ物はないから。


「お母さんの料理か……。きっといつもカルドーレさんのことを思って作ってくれてるんだろうね……」


 寂しそうな笑顔に変わったシン様に私はハッとした。

 シン様は幼い頃にお母様――フィオン様を亡くしているんだった……!

 どうしよう、何て無神経なことを――。

 謝りたいけど何て言っていいのか分からない。頭の中で考えるほどに視界が歪んでいく。

 両手を膝の上で強く握っても止まってはくれず、ワンピースに染みが広がっていきますます言葉が出てこない。


「――!」


 強く目を閉じると、火照った頬に冷たさを感じて体がはねる。


「泣かないで?」


 耳元で聞こえた低く、けれど穏やかな声に恐る恐る目を開けるといつの間にかソファーの横にシン様がしゃがんでいた。


「す、すみませ……っ」


「――待って」


 涙を拭おうと手を目元に持っていくとしっかりとした手で手首を掴まれて。感じる体温の低さに先ほど頬に触れたのがシン様の手だろうかと思いながらシン様を見る。

 彼は私の手を下ろさせて離すと、白い制服のポケットから鮮やかな赤色のハンカチを取り出し、私の目元にあててくれた。


「こすったら赤くなってしまうよ。それに謝らなくていいんだ。――君は僕の母のことを思ってくれたんだろう?」


 ――え。

 何で分かったんだろう。

 シン様の言葉に止まらなかった涙が止まった。

 無言でシン様の表情をうかがえばシン様は穏やかな表情を浮かべていて、先ほどの寂しそうな笑顔でも怒っているような顔でもない。


「母は僕にとって大切な人だから。そうやって母のことを思ってくれることがすごく嬉しいよ」


「シン様……」


 「さあ涙を拭いて」とハンカチでそっと涙のあとを拭いてくれる。その間も赤い瞳は優しく細められたままで。

 涙は止まったけれど、火照った顔はしばらく冷めそうにないなと思った。


 ――それから間もなく、クレアさんが急用があると部屋にやってきて面談は終わりとなり私は退室した。


「カルドーレ様、お疲れ様です!」


 扉の近くで待機していてくれたのだろうメイさんが早足で近づいてくる。


「シン様とお話されていかがでした? 詳しいことはお部屋に戻って聞かせて下さい!」


 目を輝かせて先頭にたって廊下を歩き始める姿が、やはり学生時代に隣の席だったクラスメイトによく似ている。

 明るく元気で好奇心旺盛な友人は、これと決めたら一直線な性格で時々ビックリさせられていた。

 「早くお部屋に参りましょう」と手招きを始めたメイさんに、私は笑みを浮かべながら後をついて行くのだった。






「シン様が紅茶を淹れて下さったんですか?」


 部屋に戻り備えつけのソファーに並んで座って話すと、メイさんは目を丸くして驚いたような表情を浮かべる。そしてその後に両手で自分の顔を覆い、「キャー!」と高い声をあげた。


「メ、メイさん……?」


 興奮した様子に思わず名前を呼べば、目を更に見開いて今度は私の肩をつかんで揺らし出す。

 わ、小柄なのに力強い……!


「カルドーレ様! これは大いに脈ありです!」


「脈?」


「シン様はご自分が気に入った方でないと自ら飲み物をお淹れになりません」


「シン様が淹れると言って下さったのでお言葉に甘えたのですが……」


 最初は驚いて私が淹れますかと聞いたら、「僕が淹れたいだけだから気にしないで」とやんわり断られてしまった。

 正直、王子様にお出しできるほどおいしい紅茶を淹れられる訳ではないので助かったのが本音だけど……。


「王子であるシン様自らが紅茶を淹れて下さったのは、きっとカルドーレ様にシン様自身を見ていただきたいからだと思います!」


 ズバリといったように人差し指を立てて見せるメイさん。赤い頬がまだ続いている興奮状態を表しているようだ。


「このわたし、メイがシン様と結ばれますようお力添えをさせていただきます」


 胸を張って胸元に手をあてるメイさん。キラキラした目に赤い頬、心なしか呼吸が速い気がするけど……。

 ここはもうメイさんに早く伝えて分かってもらおう。


「――あの、すみませんが親の推薦なもので、できるだけ早く辞退させていただきたいんですけど……」


「な……っ!」


 雷に打たれたような表情をしてから顔をうつむかせるメイさん。だんだんとメイさんの体が小刻みに震え出したので不安になった私が様子を見ようとした瞬間。


「ひ……っ!」


 鬼気迫るような顔を勢いよくあげて私に飛びついた。ぎゅうぎゅうと腕の中に閉じこめられて息がしづらいほど圧迫される。


「ダメです! それはいけません!」


 耳がキーンとするような大声に頭がクラクラする。何とか体を動かして腕の中から脱出すると目に涙をためたメイさんが私をじっと見ていた。


「わたしはカルドーレ様のおつきの任を受けました。カルドーレ様が早々に辞退して帰られてはわたしの首がとんでしまいますー!」


 「だからお考えを改めて下さいー……っ」と泣き始めてしまったメイさんに私はどうしたらいいのか対応が分からない。

 オロオロしていると「失礼いたします」と扉が勢いよく開かれた。


「ご無礼をお許し下さい」


 足早に部屋に入ってきたクレアさんは目をつりあげながらメイさんの前で止まった。

 ――そして。


「ク、クレアさぁん……」


「言い訳は別室で聞きましょう」


 ガタガタと震え出したメイさんの腕を、クレアさんがつかんで強制的に立たせて。

 「失礼しました」と静かに去って行った。メイさんを引きずりながら……。


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