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20 決着

 苦しむシン様を前にして何もできない私。

 せめて側にいることを伝えたい。そう思った私は拳を作っているシン様の左手を包む。

 指まで鱗に覆われて肌の感触とは違ったけれど、私の体温が伝わるようにとギュッと握った。

 すると、体をピクリと動かしたシン様がうっすらと開いた目で私のほうを見る。


「カル……?」


「シン様。私はずっと側にいます。――どんなことがあっても、大好きなシン様の側にいさせて下さい」


「カル……!」


 目を見開いたシン様に私は涙を流しながら笑みを浮かべる。

 たとえここで殺されてしまうとしても、最期の時までシン様の側にいたいから――。


「僕も大好きだよ」


 微笑み返してくれたシン様は空いた私の手を取って立ち上がる。

 そして私達を無表情で見ていた術者を鋭く見返した。


「最期の別れはできたか? 私も死を前にした恋人の時間を待てぬほど非情ではないわ」


 イライラした様子のジーア国王様を気にせず、術者はフン、と鼻で笑う。

 そんな術者を見ながら、シン様はこめかみに汗を伝わせながらもゆったりと笑みを浮かべた。


「ありがとう。待ってくれたおかけで僕達は明日を迎えられそうだ」


「――何だと……?」


 訝しむ様子の術者にシン様は右手で異能封じの石を指差す。

 すると丸い石にはヒビが入り――二つに割れた。


「な……!」


「あなたは強い力を持つ者にほど効果があると言いましたね。――言いかえれば強い力を抑えるほど石には負担がかかる。そしてどんなものにも限界はあるものです。その石のように」


「こしゃくな……! こんな石がなくとも息の根を止めてやる――!」


 怒りをあらわにした術者の両手には禍々しい光の球が現れ、私はシン様を見上げた。

 するとシン様は私を穏やかな表情で見ていて顔を近づけてくる。


「君の力を借りるよ」


「え……?」


 息を感じるまで近づいてきたと思ったら目尻に柔らかい感触を感じて。


「死ねぇ――――!」


 飛びかかってくる術者にシン様が左手を素早く向けた。


「迷いし者に導きを――――」


 二つの光が激しくぶつかり合うまぶしさに目を閉じてしまう。

 耳をつんざくような叫びが辺りに響きわたり、やがて静けさが戻っていく。

 シン様に名前を呼ばれて目を開けると床には術者が倒れこんでいた。

 亡くなってしまったのだろうか。そう思うと体が震えたけれど、シン様が「気を失っているだけだよ」と小さな声で教えてくれる。


「けれど、彼の命はもう長くは保たないと思う。そんな気がするんだ……」


 シン様の言葉に「そうですか……」と返して術者をそっと見る。

 もしかしたらずっと命が終わる日を待っていたのかな……?

 私だったら家族とかが亡くなってずっと生き続けるのは寂しいし悲しいと思うから。

 目を閉じている術者の頬には涙が流れていた。


「――さて、ジーア国王様。これで観念していただけますね?」


「う……ぁ……っ」


 シン様が話しかけるとジーア国王様は床に座りこんでいて、口をパクパクと動かすけれど言葉にならないようで。

 どうやらシン様と術者の力を見て腰を抜かしたらしい。

 ――その後、そのままおとなしくジーア国王様は捕まり、企てに関係した者、アガタ様を含め全員が船でセルペンテ国へと送られた。

 それから数日は大変だった。

 シン様に怪我の心配をされ、無茶をしてはダメだと注意をされ。

 ついでにアガタ様に閉じこめられた時に鎖を無理に壊したことも話したら注意されてしまった。

 けれど、シン様が跡が残らないように全部綺麗に治してくれて嬉しかった。

 しっかり治るまで部屋に閉じこめられたのには驚いたけれど。






「この度はよくやってくれた」


 私の怪我がすっかりよくなった翌日、謁見の間に通された私とシン様は上機嫌なルニコ様に迎えられた。

 笑顔のルニコ様に対しシン様は珍しく無表情で、隣にいる私はハラハラする。


「笑い事ではありません。一歩間違えればカルはジーア国王様のものになるところでした」


「まさかジーア国にさらわれるとは私も予想外であった。この度はカルドーレに何も知らせずに作戦を進めて悪かったな」


「いえ……。解決されたのでよかったです」


 シン様から聞いた話ではアガタ様を婚約者として招いたのも作戦のうちで、端から正式なものではなかったらしい。

 けれど、危害が及ばないようにと今回の作戦は私には知らせなかったとのことで、私は安心したような寂しいような複雑な気持ちになった。

 それでも、解決されて本当によかったと思う。


「カルが王宮どころかセルペンテ国内でも見つからなくてどうなることかと思ったよ……」


「ご心配をおかけしてすみませんでした」


「姿を見つけた時は本当に安心したよ。まさか強制労働の場所で草刈りをさせられているとは思わなかったけどね」


 困ったように笑うシン様に私は驚いた。

 あの白蛇は本当にシン様の分身だったの……?


「あんな隙間だらけの小屋で休むのを見て直ぐにでも駆けつけてあげたかった」


 シン様の手がサラリと私の髪に触れる。

 シン様の口振りから白い蛇は分身で間違いはなさそう。


「あの、ジーア国王様と会った部屋にいた蛇もシン様が……?」


「うん、そうだよ。ジーア国にいる蛇に協力してもらったんだ。分身の蛇を介してなら蛇と意思の疎通ができるからね。本当は分身に出口までカルを連れて行かせたかったんだけど、力を使いすぎたのか途中で消えてしまってごめんね……」


 眉を下げて悲しげな表情のシン様に私は首を横に振った。


「白い蛇に会えた時シン様が側にいてくれているようでそれだけで嬉しかったです。だからそんな悲しい顔をしないで下さい」


「ありがとう……」


 笑みを浮かべ合っていると咳払いが聞こえ、ルニコ様の前だったことにハッと気づく。


「もっ、申し訳ございません……!」


 頬を熱くしながら頭を下げる私の耳にはクツクツと笑うルニコ様の声が聞こえて余計に恥ずかしくなる。


「顔をあげよ。私は怒ってなどおらん。むしろ未来が楽しみでしかたないわ」


「え……?」


 首を傾げる私にルニコ様は目もとを和らげ笑う。

 その眼差しはシン様が私に向けてくれるものと似ているような気がして、少しくすぐったい気持ちになる。


「このように、国や人を思う息子と義娘に会えるのだからな」


「ルニコ様……わっ、シン様っ?」


 ルニコ様の言葉にジーンとすると横にいるシン様に手を引かれ、腕の中に閉じこめられて顔がカァッとまた熱くなる。


「よく言いますね。――カル。気をつけたほうがいいよ。彼は国と民を思うよき王かもしれない。でも、国と大勢の民を守るためなら僕達を利用するような人だからね」


「そうなんですか……?」


 思わず私がルニコ様をじっと見ると、渋い顔をした後に意地悪そうな笑みを浮かべたので私は思わず固まってしまう。

 ルニコ様はその笑みのままシン様に視線を向けた。


「お前も同じようなものだろう? 協力するかわりにお前とカルドーレがもとの時代に帰られるようにしろと条件を出したのだからな」


「当たり前です。協力するからにはそれ相応の対価をいただかないと困りますから」


「さすが私の息子だけはあるな」


「ふふふ、それほどでも」


 じっと見合って笑い出した二人を見て背筋に寒いものを感じる。

 おかしいな……。シン様って優しくて穏やかな人だったよね……?

 わざわざ聞くのもなんだか怖かったので私は二人の笑いがおさまるのを待つ。

 やがて笑いがおさまった二人は真剣な表情になり、ルニコ様は私のほうへと視線を向けてきた。


「カルドーレよ。帰る前に聞いておきたいことはあるか?」


 「何でも聞くがよい」と言うルニコ様に私は考える。

 アガタ様とジーア国王様はセルペンテ国内でルニコ様を筆頭に王族の監視下のもとで生活をすると聞いている。

 ジーア国王様の側近以外の部下の人やメイドの人達はみんな術により操られていたらしく、術者の人がシン様との衝突で倒れたことにより正気をとり戻した。

 側近以外の人が罪に問われる可能性はまずないとも聞いたし、未だ意識のない術者はルニコ様が最期まで看取ってくれるそうだ。

 けれど、国王様を失ったジーア国の人達はこれからどうなってしまうのだろうか。

 私が今聞きたいことはこれだけ。未来に帰ることが決まっているのにこちらのことを聞いてもいいのか迷ってしまい、私はおずおずと口を開いた。


「あの、これからジーア国はどうなってしまうのでしょうか? 術をかけられていた人や、強制労働をさせられていた人、他にもたくさんいる国民の方はどうなりますか……?」


「カル……」


 シン様が微笑んで優しく手を握ってくれて、握り返しながら「聞きたいことはこれだけです」と言い終える。

 ルニコ様は顎に手をあてて考えるような仕草を見せた。


「そのことについては追々決めることになるが、恐らくセルペンテの王族の保護のもとでジーアの国民はあの土地で過ごすことになるだろう。――心配は無用だ。悪いようにはせん」


「ありがとうございます……!」


 ルニコ様の言葉にホッと息を吐く。

 ルニコ様がそう言ってくれるならきっとジーア国の人達はこれから自由に暮らせると思うから。


「話は変わるが、シンから新しい力について聞けたことは思わぬ収穫であったぞ」


「みんながそうとは限りませんよ。僕も願かけのつもりでしたから」


「感情を読める涙が糧になるとはな。蛇神の血を受け継ぎ、水を操る私達への愛とも言える。そうだろう? カルドーレよ」


「へ……? あ、愛ってどういうことですか?」


 急に話をふられて困った私はシン様を見上げる。

 けれどシン様は柔らかく笑うだけで何も言わない。


「シン様……?」


「カルが気づいていないのならそのままでもいいよ。僕は飾らない君も好きだからね」


「シン様……」


 間近で見る綺麗な笑顔に私の頬は熱を持つ。

 きっとシン様の目には真っ赤な顔をした私が移っているに違いない。

 ゴホンと聞こえた咳払いに音がしたほうを見るとルニコ様がじーっとこちらを見ていてもっと顔が熱くなった。


「仲を深めるのは帰ってからにしてくれ。目の前でやられては目に毒だ」


「そうすることにします。僕以外の人にカルの可愛い様子は見せたくないですから」


「シっ、シン様……!」


 ギュッと抱きしめてくるシン様に顔どころか体が熱くなって、離してほしいと身をよじるとさらに力を強くされた。


「もう少しだけこうさせて?」


 聞こえるシン様の声が少しだけ震えているようで私は広い背中に精一杯手をまわす。

 「やれやれ」と小声で言うルニコ様の言葉を耳に入れながら、少しの間二人抱き合った。






 それから少し時間をおいて、私とシン様はルニコ様と共に宝物部屋へと足を入れた。

 やっぱり部屋の様子は私達がいた部屋とは違い、改めてここがいるべき場所ではないと感じる。

 ルニコ様は部屋の中心まで歩いて行くと首にかけられた首飾りを外して私達に見せる。

 首飾りは未来のものと変わらない輝きを放っていて、代々大切にされているんだなと思った。


「この部屋にたどり着いたのなら帰りもこの部屋がいいだろう」


 「手をつなごう」と言うシン様に私の左手とシン様の右手をしっかりとつなぐ。

 ルニコ様は向かい合うように立ち、首飾りを持った状態で私達に近づけた。


「この首飾りは代々次期国王候補の王子に試練を与え、試練を乗りこえ王になった者の望みを一つ叶えてくれる」


 ルニコ様の言葉に思わず首を傾げる。

 今回のことが試練なのは分かるけれど、シン様はまだ国王様にはなっていない。

 それなら帰れないのでは……?

 シン様もそう思ったようで、ルニコ様に詰め寄った。


「話が違います。あなたは帰す方法があるとおっしゃいましたよね?」


「そう怖い顔をするな。この首飾りで確かに帰してやれる。――私の望みとして」


「え……?」


 私とシン様の声が重なり、二人で顔を見合わせる。

 私達を帰したらルニコ様の望みを叶えられなくなってしまうのでは――。


「そんな話聞いていません! たった一度しか使えない力を使うだなんて……っ」


 シン様が眉を下げた表情でルニコ様に言い寄った。

 けれど、ルニコ様はつりがちな目を細めて穏やかな表情を浮かべていて、シン様は言葉をつまらせる。

 ルニコ様は空いていた手を伸ばし、シン様の頭を数回ゆっくりとなでた。

 まるで小さい子供によしよしとなでてあげているようで見ていた私は胸がギュッとなる。


「泣きそうな顔をするな。お前は私の息子で未来のセルペンテ国王になるのだろう? そのための投資と思えば安いものだ」


「父さん……っ」


 シン様が肩を震わせ、赤い目から涙をポロポロとこぼしていく。

 その様子が幼く見えてしまい、私ももらい泣きしてしまう。

 私へと視線を移したルニコ様は仕方ないといったようにフッと笑って手招きをする。

 促されて近づくと、シン様と二人で力強い腕に抱きしめられた。


「未来の息子達はそろって泣き虫だな。――だがそれも悪くはない」


 「二人に会える日がくるのを心待ちにしている」と言われ、私とシン様は声を震わせながらも「はい……っ」と大きな声で答えた。


 ――その後、ルニコ様の言葉により首飾りのルビーがまばゆい輝きを放ち、いよいよ別れの時を迎える。


「ルニコ様、お世話になりました……!」


「今回のことはきっと忘れません」


「私も些細なことであっても忘れぬよう努力しよう。――さあ、同時に首飾りのルビーに触れてくれ」


 私とシン様は視線を合わせて一緒にルビーに手を近づける。

 輝くルビーに触れたと思った瞬間、激しい光に飲みこまれていった――。


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