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2 優しい父は意外と手強い?

 休日と言うこともあり、道を歩く人や馬車の数が普段より多い気がする。

 馬車に乗るのは久しぶりだけど、馬のおかげかお父さんのおかげか、酔わないでいられるのは幸いで。

 道を走っていると時々お店のお客さんと目が合って手を振ってくれるので私も振り返す。

 何度か繰り返しているとお父さんが笑った。


「いつの間にかカルにもたくさんの知り合いができたんだね」


「お店で知り合ったお客さん達だよ」


 「月日が経つのは早いものだ」とお父さんは感慨深く言う。

 お父さんは私が小さい時から王宮に勤めているから、一緒にいる時間よりも離れている時間のほうが長い。

 私が七歳になる年に迎えた学校の入学式や十五歳で迎えた卒業式はお母さんがお店を休みにして出席してくれた。

 ――十歳になる年には学習内容が基礎課程から高等課程に変わるために九歳の時には学力確認テストがあって、頑張ったらお母さんが珍しくご褒美をくれたんだよね……。

 寂しいこともあるけど、お店のお客さんが優しくて家族みたいだから、時々会うお父さんとこうして普通に接することができるんだと思う。

 よく見れば整えられた茶髪には所々白髪が混じっているし、家の前で対面した時は緑色の瞳のまわりには皺が見られた。

 そう思うとお母さんが若く見えすぎるだけなんだな……。

 ぼんやりと両親の見た目年齢の違いを考えているとお父さんに名前を呼ばれて意識を戻す。


「今の状況で聞きづらいけど、カルには好きな相手はいないのかい?」


 声のトーンを落として申し訳なさそうに言うお父さんの言葉に思考が止まる。

 少しして揺れがないことに気づけば、建物が途切れた所で馬車が道端に止められていて、眉を下げたお父さんが私のほうを見ていた。


「ルニコ王から聞いて驚いたよ。ソーレがカルを推薦で申しこんできたってね」


「私も驚いたよ。昨日知ったばかりだし……」


「なんと……! ソーレは相変わらず頼もしいな」


 目を丸くした後にクスクス笑うお父さん。私はちっとも笑えないんだけどな。

 思わず眉を寄せると「やっぱり好きな相手がいるのかい……?」と悲しそうな顔をするお父さん。

 私は勢いよく「いない!」と返した。


「好きな人はいないよ。でも、いきなり王子様の婚約者候補の試験を受けてこいって言われても……」


 私は膝の上にのせていた両手を握る。もちろん受かるはずがないことは分かっているけれど、私は不安を感じていた。


「確かに国と王族の始まりは蛇神様と人間の女性が結ばれたことだけど、だからって私が希望者として行っていいとは思えないよ……」


 私はただ怖いのかもしれない。たとえ途中で家に帰るつもりでも、相応しくないと冷たい目で見られたり拒絶されたら誰だって怖いと思う。


「大丈夫。王様も王子様も優しい方だ。人となりを知らずに追い返したりしないよ」


 「カルはワタシとソーレの自慢の娘だ。自信を持ちなさい」と笑顔で話すお父さんに違和感を感じて首を傾ける。

 ん……?

 お父さんの目が何だか真剣に見えるのは気のせいかな?


「よかったよかった! カルに思い人がいないなら、心おきなくシン様にカルを頼めるからね」


 「ワタシもソーレも一安心だ」と言い切るお父さんに私は嫌な汗が流れるのを感じた。

 もしかしてお父さんもこの試験には乗り気なの?

 できるだけ当たり障りなく途中で辞退したい身としては味方がいないとつらいんだけどな。


「もう少し先に馬を休憩させる場所があるから、そこに寄って王宮へ向かおう」


 嬉々として前を向いて手綱を持ち直したお父さんは、私の気持ちを言葉にさせる間を与えずに再び馬車を走らせた。






「うわぁ、馬がいっぱい……!」


 馬車から降り、目の前に広がる光景に私は気持ちが高ぶってそう言った。

 馬の休憩場所となっている広場には馬車がいくつも停まっていて馬がたくさん休んでいた。

 馬達はそれぞれ運転手と思われる人の近くで水を飲んだり、あちこちに置かれている干し草を食べたりして過ごしている。

 何頭もの馬を見て私は不思議に思った。茶色や黒色といった毛色の馬がいる中に、真っ白な馬は一頭もいない。

 私が乗っている馬車をひいている馬だけが白くてとても目立っている。


「お父さん、白い馬って珍しいの?」


 馬に水をあげているお父さんに聞いてみると、お父さんは「うーん」と曖昧な返事をして今度は干し草をあげ始める。


「蛇神様が白い蛇だと言われているから、真っ白な馬は主に王宮で飼われているんだよ。だから珍しいと言えば珍しいかな?」


「そうなんだ……」


 思わず干し草を食べている馬をじっと見ると、視線に気づいたのか馬が食べるのを止めて私のほうを見てくる。そして私のほうに近づいてきた。


「カルもご飯をあげてみるかい? 店を手伝っていたら馬と触れ合う機会はそんなにないだろう?」


 確かにお父さんの言うとおりだ。休みの日以外は朝から夜までお店の手伝いをしているし、時々馬車を見かけても知らない人に声をかけることは難しい。

 見かけることが多いのは魚の頭とかをもらいにやってくる野良猫かな。色々な猫がかわるがわるきてそれはそれで可愛いんだけどね。

 せっかくだからあげてみたい。お父さんから手で持てるだけの干し草をもらって口に近づける。


 ――わ、食べてくれた……!

 クンクンと匂いをかいだ後、あっという間に干し草を食べてしまった。

 私の手から食べてくれたことが嬉しくて思わず涙ぐんでしまう。


「わ……っ」


 馬が急に私の顔を舐め始め、その勢いに体がよろけてしまう。転ばないように力を入れて舐められる様子を見てお父さんが声を出して笑い始めた。


「ははっ、どうやら気に入られたみたいだ」


 「よかったね」と優しい声色で言うお父さんに私は嬉しくなる。

 舐めるのを止めた馬が今度は顔を私の頬にすり寄せてくれたので、そっと顔をなで返させてもらって感触を味わった。






 休憩を終えて馬車は再び走り続ける。家を出発した時にほぼ真上にあった太陽が空と地の間くらいに移動していた。

 私は移動中の馬車の中でそっと胸をなで下ろす。

 顔中を舐められた後にベトベトしてることに気づいてどうしようかと焦ったけれど、広場に手洗い場があって本当によかった……。

 それから何だか気に入られてしまったみたいで、走っている途中に速度を落として後ろを見ること何度目か。

 嫌われるよりもすごく嬉しいけれど、予定より遅れているみたいでお父さんは手綱で指示を出しながら苦笑いを浮かべている。


「余裕を持って王宮に着けるようにしていたけれど、早くて夕方、遅いと夜になりそうだ」


 「面談予定は夕方なんだけどね」と言うお父さんに私は体温が下がっていくのを感じる。


「もうすぐ夕方だよ? そんなの間に合いそうにないよ……!」


 「着き次第説明すれば分かっていただけるさ」と続ける姿に力が抜けた。

 何だか焦ってるこちらが間違えてるみたいで気が遠くなりそう。


「ほらほら泣かないで。笑っているほうがいいことがあるよ」


「……お父さん。王族の方相手にそれは無理だと思う」


 「大丈夫、大丈夫」とのんびり言って笑えるのがすごい。

 普段お母さんの印象が強いけどお父さんも意外と手強い人なのかもしれないと馬車の中で揺られながらしみじみ思った。


 ――結局、王宮に着いたのは星が輝く夜の時刻。

 大幅な遅れからか王宮の入り口近くに光と人影が見える。近づいて行くと女性の姿で、体を固くする私に「メイドさんだから安心しなさい」とお父さんが穏やかに言う。

 入り口前に着くとメイド服を纏った女性が二人、入り口近くで待っていてくれた。

 二人の手には炎や光などの力を蓄えて必要な時に使える蓄力石ちくりょくせきがあり、優しい光が馬車から降りる私達を照らす。


「トリステ様、お疲れ様です」


「予定時刻を過ぎてもお戻りにならないので心配いたしました!」


 心配そうなメイドさん達、一人は黒髪に同じ色の目で厳しそうな綺麗な人、もう一人は茶髪に同じ色の目で小柄で可愛らしい人――にお父さんが「リタが娘を気に入ってくれたようでね……」とまだ馬車に繋がれたままの馬を見た。

 この白馬はリタっていうんだ。機会があったら性別を聞いてみようと思う。


「リタが? それは珍しいですね」


 厳しそうな印象のメイドさんが驚いた様子でこちらを見たので私は慌てて頭を下げる。


「あの、カルドーレと申します! よろしくお願いします……っ」


 「第一印象がいいにこしたことはないからね。自分から名乗るようにしな」と昨夜お母さんに繰り返し言われていたので実行してみる。

 すごく緊張して泣きそうになるけど何とか我慢。

 するとメイドさん達が笑顔を浮かべてくれた。


「私はクレアです。よろしくお願いいたします」


「わたしはメイです! よろしくお願いします!」


 涼やかな声と明るく元気そうな声が人柄を表しているみたいだと思いながら改めて頭を下げた。

 それからお父さんが面談について聞くと、クレアさんから「他にも到着が遅れている方がいらっしゃるので、公平を保つために面談は明日へと変更になりました」と返答をもらえて一安心。

 私一人じゃなくてよかった……と力が抜けてしまい、ポロポロと涙がこぼれてくる。

 クレアさんとメイさんが目を見開いて距離を縮めてきたので慌てて涙を拭った。


「どうしました? どこか具合でも……?」


「大変です! トリステ様、診て差し上げて下さい!」


 様子をうかがう二人にすごく申し訳なさを感じた私は助けを求めてお父さんを見上げる。

 眉を下げ、細められた緑色が一、二度隠れた後に頷いた。


「大丈夫だよ。娘は涙もろい質でね。到着が遅れることを気にしていたから、面談が明日へ変更になって安心したんだ」


 「そうだろう?」とお父さんが聞いてきたので勢いよく頷いて肯定する。

 長時間乗っても車酔いはしなかったから疲れがあっても悪い所はない。


「それなら安心しました。お部屋にご案内しますので今夜はゆっくりお休み下さい」


 和らげられた瞳で私を映すクレアさんが、お店によくくるお姉さんのような人と重なる。


「夜なのでお部屋には軽食をご用意しました。お風呂は部屋に備えつけのものがあります。他に必要なものがありましたらお申しつけ下さい!」


 メイさんは学生時代のクラスメイトみたいで。

 「ありがとうございます」と二人に返しながら、この二人と仲良くなれたらいいなと早く家に帰りたいのに矛盾したことを思った。


 ――この後、王宮内に入る前にリタに声をかけて近づいたら、別れを惜しんでくれているのかまた顔を舐められて。

 それには他の三人と一緒に思わず笑ってしまったのだった。


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