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17 冷たい微笑み

「カルドーレ! カルドーレ!」


 朝早く、一つの部屋の入り口から廊下に向けて高い声が響きわたる。

 廊下を急ぐ私をなんだなんだといった様子で何人かの人が見ているけれど構わず、メイド服に身を包んで走らない程度の速さで足を動かす。

 ――私はなんでアガタ様のメイドをしているんだろう?

 アガタ様と出会った時が始まりだった。

 シン様のかわりにアガタ様が面倒を見てくれる、そう言われたのでどうするんだろうと首を傾げた私にアガタ様はフフンと誇らしげに笑った。「あなたにメイドの仕事をさせてあげるわ」と言って。

 それからかなりバタバタと忙しかった。すぐ向かえるようにと私の部屋はアガタ様の隣の部屋に。

 軟禁状態がなくなったのは助かったと最初は思ったけれど、朝から晩まで動き回るとなると身がもたない。

 正直体力がなくて運動神経もない私には重労働で、メイさん達の仕事がいかに大変かここ数日の間で身にしみている。

 アガタ様がきてからはシン様との面会を禁じられ、寂しさを感じる暇もなく動き回っていた。


「遅いわよ! さっさと髪に櫛を通してちょうだい」


「は、はい。ただいま」


 部屋に入ると鏡台の前に座っているアガタ様が上半身をひねってそう言い、私は慌てて鏡台の近くに置かれた櫛を手にとる。

 波うつ髪はツヤツヤと輝いていて、できるだけ慎重に櫛を通していく。

 全体に通し終わるとアガタ様は満足そうに笑った。


「やればできるじゃない。何日か経ってようやく使いものになってきたわね」


「はあ……」


 未だにこの状況に要領を得ない私は気の抜けた言葉しか返せない。

 とりあえず臨時でメイドさんの仕事をさせてもらっていると思うことにしている。


「朝食は運ばなくていいわ。今日はシン様の執務室でいただくから」


 「別のメイドに執務室へ運ばせるからあなたは部屋に戻ってちょうだい」と言われたのでおとなしく退室する。


「ふう……」


 扉を閉めて距離をとってから一息。アガタ様は一言で言うなら嵐のような人だと感じる。

 綺麗で凛々しくて、まわりを巻きこんでしまう力があるような。

 アガタ様といる間は緊張しっぱなしで、下がらせてもらう度に体の力が抜ける。

 シン様と朝食をとられるならしばらく呼ばれることはないと思う。

 朝ご飯は先に食べておいたし、アガタ様に関わること以外はしてもらうわけにはいかないと他の仕事はメイドさんに断られてしまう。

 不慣れな私を気遣ってくれているのか未だ警戒されているのか。後者だったら悲しい。

 窓から外の下のほうを眺めても荒れた地面があるだけでやっぱり違うんだなと改めて感じて。

 だいぶ前に感じる緑にあふれた景色を懐かしく思った。






「夕食をアガタ様とシン様と一緒に……?」


 夕方より少し前、部屋に呼ばれた私はアガタ様から唐突に提案された。


「ええ。わたくしからのご褒美だと思えばいいわ」


「でも……」


「――なぁに? わたくしに口答えをする気?」


 断ろうとするとアガタ様の睨むような鋭い視線が向けられて言葉につまる。

 アガタ様は感情の起伏にとても差があるようで、今のようにハッキリとした怒りを向けられるのはどうにも苦手だ。

 笑顔で話していたと思ったら一転してイライラした様子を見せたりと接し方に戸惑ってしまう。

 「返事は?」と強い口調で聞かれ、私は小さい声で返すのが精一杯だった。






 夕食は食堂でと言われたので、私はメイド服を着たまま食堂に向かう。

 扉を開けて入るとまだ誰もいなくて、私は壁に背を近づけて佇んだ。

 シン様に会える。そう思う嬉しい気持ちと前みたいに話せないだろうと思う寂しい気持ち。

 元の時代でだってあんな出会いがなかったら、シン様とは話すどころか姿を見ることさえほとんど叶わない人なんだよね……。

 そう思うと私って幸せ者なのかもしれない……。

 少しの間ボーッとしていると私が入ってきた扉が開かれ、腕を組んだシン様とアガタ様が入ってきた。


「カル……?」


 シン様の目が驚いたように開かれて私はとっさにうつむく。

 やっぱり私がいたらダメなんじゃないかと一気に心臓の音が速くなる。

 アガタ様と仲を深めるなら私がいたら邪魔になる。

 シン様は優しいからきっと直接言葉にはしないだろうけど……。


「アガタさん。あなたが彼女を連れてきたのかい?」


「ええ。メイドの仕事に慣れてきたようでしたので、わたくしからほんのご褒美のつもりですわ」


 「メイドがわたくし達と共に食事をとれるのは嬉しいでしょう?」とクスクス笑うアガタ様の声が聞こえる。

 その笑いがいいものではないことは私でも何となく分かった。

 試験の時に接したリィちゃんやティアさんとは違う。もっと冷たくて鋭いような――。

 私は両手を前のほうで合わせてギュッと握ることで体が震えないように我慢する。

 そうしていると下を向いていた視界にドレスがフワリと映り、耳元にクスリと声が聞こえた。

 私が名前を呼ぼうと顔を上げる前に口が開かれて言葉を放つ。

 小声でも確かに感じた恐怖に涙がにじみ、落ちないように手でこする。

 アガタ様は確かにこう言った。

 「シン様もこの国もみぃんなわたくしとお父様のものよ」と――。

 ――アガタ様の言葉を聞いてから私はもう夕食どころではなくなってしまい、アガタ様が親しげにシン様に話しかける様子をまるで物語を見ているように感じてしまった。

 久しぶりにシン様に会えて嬉しいはずなのに、食事中に時々話しかけてくれたのに、アガタ様の視線を感じることで何も言えずうつむいてしまう。

 テーブルを見つめてひたすら考える。

 アガタ様の言葉が本心だとしたら、このままではセルペンテ国が大変なことになるかもしれないんだ……!

 そう思い、じっとしていたらダメだと自分を奮い立たせて私は夕食に遅れて手をつけ始めた。

 どうにかしてアガタ様に見つからないようにシン様と二人になって話さないといけない。

 元の時代ならルニコ様でもいいかもしれない。けれど、ここにいるルニコ様はシン様のお父さんではないからきっと話を聞いてくれない。

 お父さんやメイさん、リィちゃんにルーチェ様にクレアさん達。次々に王宮にいる人の顔が浮かんでくるけれどここにはみんないない。

 私が今頼れるのはシン様だけなんだ。

 二人の視線を感じながら、私は少し冷めてきた夕食を次々と口に運んでいった。






「――よし」


 私は蓄力石のかすかな明かりの中、部屋で一人つぶやいて気合いを入れる。

 アガタ様の就寝の準備を終え、部屋に戻ってもメイド服はそのままにしてソファーに座っていた。

 内心気づかれないように何とかやり過ごし――と言ってもいつもアガタ様におされているからあまり変わらない――どうやってシン様に会おうか考える。

 元の寝室と執務室なら王宮の入り口にたどり着いて向かえば行けるけど同じとは限らない。

 うーん。人に聞くのもまずいしどうしよう……。

 悩んでも答えは出ず、とりあえず部屋から出ようと立ち上がって進み扉の取っ手に手をかけた。


「え……?」


 いつもならすんなり開く扉がわずかな隙間を作るだけで開かない。

 動かしてもガチャガチャと鳴るだけでまるでアガタ様がくる前と同じ状況だった。

 もしかしたらアガタ様が、私が抜け出してシン様に伝えに行かないようにしたのかもしれない。

 アガタ様がシン様の所へ向かうのはよく見かけるけど、反対にアガタ様の部屋にシン様が訪ねてきたのは見たことがない。

 私が知らないだけかもしれないけれど、アガタ様が嘆いていたのを聞いているからまったくの間違いではないと思う。

 だから、私がアガタ様の隣の部屋にいるのもシン様にはきっと知られていない。

 しかし、このままでは部屋から一歩も出られない。目をこらせば鎖が外側の取っ手に巻きついているのが見えた。

 私は気が進まないながら狭い隙間から無理やり片手を出して鎖に触れる。そしてお母さんの言葉を思い出した。


 ――以前、能力を使って料理を作る所をお母さんに見てもらっていた時のこと。

 必要なものはそろっていて後は能力を使って料理を作るだけ。グッと両手に力をこめると手のひらから光が現れ始めて集中した。――それなのに、なぜか小麦粉が粒になるなどしてお母さんから声がとんできて。

 合わせるどころか原料になってしまったようで、「あんた、作るより壊すほうが向いてるんじゃないのかい」とため息をつかれた。

 お母さんが言うには製造能力は発想の転換で分解したり原料にしたりも可能だけど、それを使いこなせる人は少ないらしい――。


 作るんじゃなくて壊すように力をこめたらこの鎖ははずれるかもしれない。

 私は鎖の一部をつかみ、ギュッと力をこめた。


「熱……っ」


 手が光ると同時に焼けるような高熱に手を離してしまう。

 すると鎖は一部が溶けたようになってつながった部品がはずれ、重みに従うようにズルズルと徐々に動いてやがて床に落ちきった。

 手のひらが火傷のように痛むけど、ポケットに入れていたハンカチを巻きつけてついに部屋を抜け出した。






 人目をかいくぐりながら何とか王宮の入り口にたどり着く。

 入り口近くにある大きな置物に隠れながら、私は時々近くを通る人の会話に耳をすませた。

 しばらくそうしていると蓄力石を手に持ちながら歩く二人組を見つける。

 そのうちの一人はルニコ様と謁見の間で会う時に近くにいた男の人で耳をすませる。


「しかし、シン様は仕事熱心だな」


「ああ。今もまだ執務室にいるんだろう?」


「アガタ様が部屋でご機嫌を損ねているそうだな」


 ははは、と廊下に笑い声を響かせながら去って行く二人に私は心の中で情報をくれたことに感謝した。

 とりあえず執務室ということが分かれば、一部屋ずつだけど会える可能性がある。

 私は人気のなくなった廊下を再び歩き始めた。


 一部屋一部屋わずかに扉を開けながら明かりがついているかを確認しながらまわり、幸か不幸か今までどの部屋も真っ暗だった。

 私が元の時代で知っていて残った執務室は後一つ――シン様の執務室。

 祈るようにそっと扉を開ければもれる明るさに視線を部屋の奥へと向ける。

 窓へと向いてこちらに背を向けて立っている姿に私は勢いよく扉を開けた。


「シン様……っ」


「! カル……?」


 バッとこちらを振り向いたシン様に扉を閉めて駆け寄る。

 眉を下げて戸惑った様子のシン様にためらわれるけれど、知らせるのは早いほうがいいと思って口を開く。


「シン様大変なんです……!」


「どうしたの? こんな遅い時間に」


「アガタ様が――」


 私は食堂で言われたことをつっかえながらも必死に伝えた。


「彼女がそんなことを……?」


「はい。このままでは大変なことになってしまいます……っ。――シン様……?」


 慌てる私とは反対にシン様は冷静すぎるほどに静かで、思わず首を傾げてしまう。

 国に関わるかもしれないのになんでそんなに冷静でいられるんだろうか……。


「落ち着いて? 本当にアガタさんが言っていたの?」


「はい……。どうしたらいいのか分からなくて、話せるのはシン様しかいないと思って私――っ」


 言葉の途中で手首を引かれ、腕の中に閉じこめられる。

 トクン、トクンと聞こえるシン様の胸の音に少しだけ気持ちが落ち着いてシン様の服をそっとつかんだ。

 ――けれど、シン様が私の両肩をつかみ、やんわりと距離を作った。


「シン様……?」


 名前を呼んで見上げると顔を横に向けたシン様がいて表情が読みとれない。

 やがてこちらを見たシン様は何かを耐えるように眉を寄せる。


「部屋に戻るんだ」


「え……」


「彼女のことは心配いらない。だからカルは部屋に戻るんだ」


「そんな……っ」


 心配いらないってどういうことなの?

 アガタ様は私よりも信用できるってこと……?

 そう思ったらスッと体の熱が引いていくのを感じ、私はシン様と距離をとった。


「そうですよね……。私なんかよりアガタ様のほうがいいですよね……」


「カル……?」


 伸びてくる大きな手を私は体を動かして避ける。

 今まで一緒にいた日のことがガラガラと音をたてて崩れていくような感覚に足が震えて涙があふれて。涙を拭うことなく歪んだ視界でシン様を見た後、私は部屋を飛び出した。


「カル!」


 背中にシン様の大きな声が聞こえても止まることなく廊下を走る。

 今夜中に出て行こう。私はここにいたらいけないんだ――……。






 走り疲れて廊下をトボトボ歩きながらこの後のことを考える。

 王宮から出て身寄りのない状態でどうすれば私は生きていける?

 知り合いはシン様一人。クオーレ地区の知り合いだって誰もいない。こちらが一方的に知っている人がいたとしても向こうからしたら知らない人で。


「一人ぼっちだなぁ……」


 つぶやいたらよけい実感して泣けてくる。

 泣きながら部屋に近づけば閉めたはずの扉が開かれていて背筋がゾクリと震えた。

 シン様に伝えることに夢中でその後のことは考えていなかった――。


「お帰りなさい」


 扉が動きアガタ様の姿が廊下の光によって浮き上がる。


「まさか出られるとは思わなかったけど、ノコノコ戻ってくるんじゃ同じことよね?」


 クスクスと笑いながら、ヒタリ、ヒタリと足を進めてくるアガタ様に私は震える足で一歩、また一歩と後ずさる。

 猫に追いつめられた鼠もこんな気持ちかと頭のどこかで考えながらじりじりと後ろ向きのまま下がって行く。

 ふいにアガタ様が歩みを止めたことを不思議に思いながら、距離をとろうとまた一歩足を動かした瞬間――。


「え――」


 ガクンと揺れる視界、遠くなる天井。

 ――しまった! 今上がってきたばかりの階段のことを忘れるなんて……!

 大きく開いた私の目に、氷のような冷たい目で微笑むアガタ様が「さようなら」と口を動かしたのが見えた――。


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