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16 不安

 扉を開けるとできるわずかな隙間。

 その隙間からは取っ手に鎖のようなものが巻きつけられているのを見て力なく閉めた。

 ――部屋に入れられてから数日、私は軟禁状態のような生活を送っている。

 部屋の中にはお風呂場や用を足す場所があって、ご飯だけは一日三回届けられる。

 持ってくるのはメイドさんで、メイドさんの後ろには怖そうな顔つきの男の人。

 男の人は部屋には入ってこないけど、メイドさんが退出する時に扉の前にいるからその間は部屋の前で待っているのだと思う。

 部屋に入れられた日を含めて四日目までは窓から見える太陽の動きや空の明るさで日にちを数えていたけれど、それ以降は止めてしまった。

 緊張でご飯はあまり喉を通らないし夜は眠りが浅い。日中もベッドかソファーでボーッとするばかりになってしまって。

 空が明るくなる度に、祈るように扉の取っ手をつかんでは落胆を繰り返していた。

 二日目に朝食を持ってきたメイドさんによると、まわりにある国々が発展している中でセルペンテ国は近隣の他国よりも発展具合が著しく治安もいい。そのため、セルペンテ国を狙う者達が度々現れ始めていて現在は治安が乱れているそうだ。

 白銀の髪に赤い目の容姿を持つ人は国王または次期国王以外の例外はなく、シン様の身元は確証されている。

 逆に私の身元を確証するものは何もなく、例え時代の違う第一王子以外の王族や国王の妻だとしても自由にはできないそうだと告げられた。

 頭では分かってもなかなか気持ちが追いつかなくて、部屋に入れられてから一度もシン様に会えないことが不安に拍車をかけている。

 テーブルには少し前に置かれていったパンと野菜のスープがトレーにのってある。

 扉の前からノロノロと歩いてソファーに座り、スープの中へスプーンを入れた。

 スープと細かくきざまれた野菜をすくって一口。

 こちらの季節は秋を迎えていて、スープの温かみが喉を通ってじんわりと広がった。

 歯ごたえのあるパンはちぎってスープに浸しながら食べて。どちらも半分ほどを食べたところでテーブルの端に寄せる。

 けして美味しくない訳ではないし、ご飯と共に寝床を与えてくれていることも感謝している。

 それでも笑顔でご飯を持ってきてくれるメイさんや、お皿に豪快に料理を盛りつけてテーブルに並べるお母さんの姿が浮かんでしまって視界が潤む。

 早くシン様と元の時代に帰りたい。

 こちらの時代にくる前にシン様に直してもらった、首にかけているチェーンに触れてやがて指輪をギュッと握る。

 誰もいないこの部屋の中では、手の中の指輪だけが感触のある心の拠り所だった――。






「え……」


 謁見の間に向かうからと久しぶりに部屋を出られてルニコ様と対面する。

 ルニコ様の隣にはシン様が立っていて無事な様子に胸がいっぱいになって。泣くまいと必死に耐えていたらルニコ様から質問が投げかけられた。


「娘――名をカルドーレと言うそうだが、シンと婚約者と言うのは真実か」


 「シンが毎日お前を部屋から出せとうるさくてかなわん」と眉を寄せるルニコ様。

 確かに試験が形だけだと知ったあの日、婚約者になった。でもそれもやっぱり形だけのもので、ルーチェ様と正式な婚約者のリィちゃんとは違う。

 眉を下げた表情のシン様を見て、何て言ったらいいのか迷ってしまう。

 そうだと言う?

 ――でも目の前で証拠を見せろなんて言われたらどうしよう。

 形だけだと言う?

 ――でもそうしたらシン様が嘘を言っていると思われるかもしれない。

 きっとシン様は私を部屋から出してくれようとしてルニコ様にそう言ったんだと思うし……。

 うつむいて考えこむ私の耳に長く息を吐き出したのが聞こえた。


「すぐに答えられぬなら私は否ととらえるぞ」


「カル……っ」


 ルニコ様の厳しい声の後にシン様の悲しそうな呼び声が聞こえて泣きそうになる。

 どうしたらいいか分からないよ……!


「……婚約者だと言うなら会う時間を作ってやろうと思っていたがその必要はないようだな。シンは役に立つ優秀な男よ。ここにいる間は働いてもらう」


「そんな……! 僕は彼女との時間を作って下さるとおっしゃるから何日も寝る間も惜しんできたのに――」


「しかし娘は何も言わん。お前の独りよがりか?」


「それは……っ」


 言葉を切ったシン様に私は恐る恐る顔を上げた。

 シン様はルニコ様の側を離れ、やがて私の前で足を止める。

 赤い目をユラユラと揺らしているように見えたと思ったら、シン様は私を強く抱きしめた。


「シン様……っ?」


「カルのそういう色々と懸命に考える所、僕は好きだよ。――でも、今は少し憎らしいかな」


 「必ず二人で帰ろう」と耳元で囁かれた言葉に私はボロボロと泣きながら、頷いて広い背中にしがみついた。

 ――それからしばらく涙が止まらなかった私を見かねてか、ルニコ様が毎日少しだけ二人で会う時間を作ることを許可してくれた。

 そのかわり、場所は私がいる部屋で部屋の外には見張りつき。

 おかしな言動があったらすぐに中止するという条件がついたものだったけど、シン様に毎日会える、それだけで私の心は救われるようだった。

 それから数日の間、夜のわずかな時間でもシン様に会えて話せることに私は少しだけ気持ちが前向きになっている。

 今夜もシン様が部屋に訪ねてきて二人でソファーに座り、どんな話をしてくれるのだろうかと待っていてもシン様はどこか上の空だった。


「シン様……?」


 横を向いて顔を見ながら呼びかけても、シン様は言葉を発することなく何かを考えているようで。

 何かよくないことでもあったのかと不安になる。

 そっと服の袖を引くとハッとしたように私のほうを向いた。


「――ああ、ごめんね。ボンヤリしてしまって……」


「どこか具合でも……?」


「ううん。大丈夫だよ」


 「心配してくれてありがとう」と笑うシン様だけどどこか元気がないようで。

 胸に生まれた不安を抱えたまま次の日を迎えることになる。

 朝食を運んできたメイドさんの言葉に私は強い衝撃を受けた。

 湯気がたつ料理を見ても体は熱を失う一方で、ついに朝食に一口も手をつけることなく下げてもらうことになる。

 気遣わしげなメイドさんの様子がさらに現実を突きつけているようで信じたくなかった。

 ――シン様に婚約者ができた――。






「あなたがシン様のお知り合いの方?」


 昼食を運んできたメイドさんに一口だけでもと言われてシチューをチビチビと口に入れている時だった。

 扉が開く音につられて顔を動かせば、波うつ金色の長い髪を揺らし、空色の目を持つ綺麗な女性がドレスを身にまとって立っている。

 突然の訪問者にポカンとしてしまうと、部屋にいたメイドさんが「アガタ様!」とその女性を見て名前を呼んだ。

 アガタ様。海を挟んで隣にある、セルペンテ国と友好関係を持つジーア国のお姫様。そしてルニコ様が決めたシン様の婚約者。

 アガタ様は私の側までつかつかと歩いてくると立ち止まり、ソファーに座って動けずにいる私をじっと見た。

 つりがちな目やスラリとした体つきが凛とした雰囲気を放っていてよく似合っている。


「シン様はお優しいのね。ご慈悲でこちらの王宮に住まわせていらっしゃるのでしょう?」


 「王宮の前に傷だらけで倒れていたあなたを保護するとは、なんてお優しい方なの……」とうっとりしたように話す様子にどう返したらいいのか困る。

 話を聞いていると、ルニコ様が早くに奥様を亡くしシン様は一人息子。私はシン様に保護された人だと思われているらしい。


「これからはわたくしがシン様の婚約者としてあなたの面倒を見てさしあげるわ」


 「それならシン様の負担が減るものね」と口元を引き上げるアガタ様に私は口を開き――何も言わずに閉じる。

 なぜならアガタ様の目はちっとも笑っているように見えなかったから――……。


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