15 受け継がれる宝
蓄力石の光に照らされている赤く大きな宝石。
台座に置かれた首飾りはついている宝石を中心として、生きているかのように様々な色彩を放って存在感を示している。
ガラスケースごしでも惹かれる魅力は変わらなくて、思わずほぅっと息を吐いてしまった。
そんな私の様子に隣にいたシン様はクスクスと笑う。
「そんなに気に入ったの?」
「はい! ここまで大きくて綺麗なルビーを見たのは初めてです」
手にしたいわけではないけれど、景色とか宝石とか、綺麗なものを見るのは以前から好きで見ているだけで楽しくなる。
――午前中、執務室にお邪魔してシン様の仕事の様子を見ていたら急にルーチェ様がやってきた。
なんでもルニコ様がシン様と私に宝物部屋へ行って部屋の中心にある首飾りを触るようにと言われたらしく。早く早くとルーチェ様に急かされる形で現在宝物部屋へときている。
「王様に代々伝わる首飾りなんですよね? 触ってもいいのでしょうか……」
想像をこえたものに、ベタベタ触ったら汚れがついて価値が下がったりしそうだなと思って後ごみしてしまう。
「父が言うにはそうみたい。なんでも次期王になる者に試練を与えるとか……」
「次期王様にということはシン様に、ですか?」
「多分そうだと思うけど、今のところ何も起きていないからね……」
「父が言うのだから触ってみよう」とシン様はガラスケースを外して横の台に置く。
「同時に触ってみようか」
「はい」
二人で手を伸ばして宝石に手を近づける。
あと少しでルビーに触れると思った瞬間、そのルビーがまばゆい光を放った。
「……っ」
「カル……!」
眩しさに目を閉じてしまい、空をつかんだ手は大きくて冷たい手に包まれた――。
「――……ル。カル……!」
呼びかける声に、意識が戻ってくる。
閉じていたまぶたを開けばほっと息を吐くシン様が目の前にいた。
「大丈夫かい?」
「はい……。シン様は……?」
まだ少しぼんやりしながら聞けば大丈夫と返ってきて一安心。
首飾りに触ろうとしたら急に光り出してどうなったんだろう。そう思ってまわりを見ると、宝物部屋にいるはずなのにどこか違うような違和感に首を傾げる。
シン様も何かを感じたのか部屋を見回し、顎に手をあてて考えるような仕草を見せた。
「……この部屋はどこかおかしいな。カルもそう思わないかい?」
「はい。なんだか宝物部屋なのにそうではないような気がします……」
「とりあえず部屋を出てみようか」
シン様に促されて出口のほうへと振り返る。
その瞬間はっきりとした違和感があった。
先ほどまでいた部屋とは宝物の並び方が明らかに違う。
部屋は同じに見えるのに中だけ瞬時に変わっているような奇妙な感覚に体が震える。
「シン様……っ」
「大丈夫。僕の手をしっかり握っていて」
扉まで歩いてシン様が取っ手に手をかける。すると扉は開くことなく、ガチャガチャと施錠されていることを知らされた。
「そんな……っ」
部屋に入る時に鍵は開けてそのままだった。鍵だってシン様が手に持っていたのに……!
「おかしいな……持っていた鍵がない」
シン様がポツリと言った言葉に体がさらに震える。
私達はどうなってしまったの……?
シン様は私と片手を繋いだまま、厳しい表情で扉に耳をあてる。
少しして耳を離し、鍵を静かに開けた。
「人に見つかる前にここを離れるよ」
「はい……」
未知の恐怖に私は小声で返すのがいっぱいで。
確かなものは手を繋いでいるシン様だけ。離さないようにと私は震える手に力をこめた。
部屋を出ると人気のない廊下が広がり、王宮の中であることは間違いないようで。
足音をたてないように歩きながら辺りの様子を見ても、奇妙な違和感を感じるばかりだ。
「王宮であることは間違いないみたいだね。けれど違うところがいくつもある」
声をひそめて言ったシン様が窓を見る。
「まずは時間帯が違う。僕達は午前中に宝物部屋に入ったのにここはもうすぐ夕暮れだ。庭は綺麗に管理されていたはずなのにここは荒れきっている。それに廊下にある明かり用の蓄力石の間隔が広くなっているし、天井のものも数が少ない」
庭の景色は私も気づいたけれど、シン様は些細な違いにも気づいているみたいでどんどん表情が険しくなっていく。
「――少なくとも僕が幼い時から見ている環境ではないみたいだ」
それきり黙ってしまったシン様にますます不安になっていく。
私達はこれからどうしたらいいの……?
途方に暮れていると背後から足音が聞こえて勢いよく振り返った。
耳をすますと距離はあるみたいだけど、今いる廊下は一本道だからこのままだと見つかってしまう。
握っているシン様の手を引いて逃げようと声をかけるために振り返った体を戻した私は頭が真っ白になる。
逃げる手段を考えるために言葉を話さなかったと思っていた。けれど、シン様は顔を真っ青にして汗を流し、やがてその場に座りこんでしまう。
「シン様……? シン様……!」
小刻みに体が震え出して様子がおかしい。急にどうしてしまったの……?
同じように座りこんで声をかけることしかできない私は、前から突然聞こえた足音にバッと顔を上げた。
ほんの少し前まで前方に人の姿などなかったのに、そこには軍服を身にまとった体格のいい男性が立っている。
白銀の髪に赤い目。その人は肖像画で見たルニコ様と似ているけど、冷たい眼差に身が縮む。
苦しむシン様の姿を見た男性は冷たい眼差しのまま口元だけでニヤリと笑った。
「王宮に鼠が入りこんだと思ったら若造が二人とはな……。しかも男は異能持ちと見える」
「異能封じの石が役に立った」と冷たく笑う男性に体の熱が失われていく。
「我がセルペンテ国、国王ルニコの王宮に入るとは命知らずな――」
途中で言葉を止めたルニコ様はシン様を見て目を見開く。
「白銀の髪に赤目だと……?」
「そんな馬鹿な……」と小声で続けたルニコ様は私に視線を動かした。
鋭く冷たい目にそらしそうになるけど、負けるもんかとじっと見つめ返す。
「娘よ。その男はなんだ」
「このお方はセルペンテ国の第一王子であるシン様です……!」
一気にそう言うとルニコ様はハッと息を飲んだ後、みるみる顔を不快に歪めた。
「馬鹿なことを言うな! 私に息子などまだおらぬ!」
「そんな……! シン様はルニコ様のご子息です!」
ルニコ様の否定する言葉にショックを受ける。
けれどルニコ様がまだと言ったことにはたと気がついた。
「あの、ルニコ様はご結婚されていますか?」
「何だ藪から棒に。していないが何か関係があるのか?」
訝しむルニコ様に私は何となく理解した。
目の前にいるのがセルペンテ国、国王のルニコ様で間違いがなく未婚であるのなら。ここはきっと過去の時代。
信じられないけどそれしか説明がつかない。
私はシン様の手を離し、その場でルニコ様に向けて土下座をした。
「ルニコ様にお願いがあります。どうか話をお聞き下さい……!」
それはもう賭けだった。
頭を下げた瞬間か生意気に願い出た瞬間か、即座に殺されてしまう可能性は十分にあった。
けれど急に具合が悪くなったシン様を連れて逃げるだけの力は私にはないから。
一縷の望みでおこした行動はどうやら功を奏し、話を聞いてもらえることになった。
私とシン様は後ろ手に縄で縛られ、がっしりとした男の人の監視のもと謁見の間に連れて行かれる。
シン様の具合が心配でせめて異能封じの石の力を弱めてほしいとお願いしたけれど、シン様の力の強さを察しているようで即座に拒否されてしまった。
王座に座ったルニコ様が煩わしげに髪をかきあげ、床に膝をついて座る私達を見る。
「さあ話してみるがいい」
「――はい。私達はルニコ様――恐らく未来の時代でのルニコ様に、宝物部屋にある王様に伝わる首飾りに触れるようにと言われ、言われた通りにしようとしました。ですが、あと少しで触れると思った瞬間に首飾りが光り出して目を閉じてしまったんです。シン様に呼ばれて目を開ければ、そこはもうこちらの王宮の宝物部屋でした」
話し終わるとルニコ様は目を閉じる。
少しして目を開けたルニコ様は目に冷たさを宿しているような様子で勢いよく立ち上がった。
「そんな戯れ言を一国の王が信じると思うのか? ――この場で男共々処刑してくれる……!」
そんな……っ!
私が言葉を失っている間にルニコ様はユラリと腰に携えた剣を鞘から抜き、一瞬で私の前に現れる。
恐怖に目を固くつぶれば目尻から涙がこぼれて。
せめてシン様が助かりますようにと祈った。
少し離れた場所からシン様の弱々しい声が聞こえ、ますます蛇神様へと祈りをこめる。
「……っ!」
肩を強くつかまれる感覚に目を閉じたまま体を強ばらせると、目元をベロリと何か濡れたもので触られた。
「――どうやら嘘ではないようだな」
え……?
間近で聞こえる声にそっと目を開ける。
すると目の前にルニコ様がいて思わず体が後ずさってしまった。
そんな私の行動を気にしていないようでルニコ様は口の片端を上げて笑みを作る。
「私に涙から読めるものは偽れん。お前の話を信じよう」
え……?
剣を鞘に戻す様子をぽかんと見ていると、後ろ手に縛られた縄が解かれて自由になる。
「カル……!」
横を見ればフラフラとした足どりで向かってくるシン様の姿に、私は慌てて立ち上がって駆け寄る。
「シン様! 大丈夫ですか……!」
「僕はもう大丈夫。ごめんね。怖い思いをさせて――」
「いえ。シン様がご無事ならそれでよかったです……っ」
無事を確かめたくて私はギュッと抱きついた。
低い体温に確かに刻む鼓動の音に体の力が抜ける。
シン様の存在を確かめて安心していると咳払いが聞こえて音のほうに顔を向けた。
「安心しているところに水をさすが、二人は別々の部屋に滞在してもらうことにする」
「僕の父とは言え過去のあなたは他人と同意。彼女の身の安全に関して信用できません」
「こちらも同じだ。お前は容姿から王族の血筋と認めるが娘は他人。ここへきた経緯は理解してもそれ以上にはならん」
「別々の部屋に連れて行け」と言ったきり、ルニコ様は背を向けてそれ以上の言葉を受けつけない。
私とシン様はお互いの名前を呼びながらも別々の部屋へと向かうべく、ルニコ様の部下に引き離されてしまったのだった。
「ここで大人しくしていろ」と投げ出されるように入れられた部屋は、もとの時代の住まわせてもらっている部屋と変わらないと思える大きさ。
だけど内装や家具類の位置などが違い、嫌でもここは違う場所だと言われている気がして気分は落ちこむ一方。
ここまで連れてきた男性が部屋の外から鍵をかけたため部屋を出ることも叶わない。
頭に浮かぶシン様の優しい笑顔がひどく恋しくなった。