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13 地区祭り

 王宮での生活にほんの少しずつだけど慣れてきた頃。

 季節は暖かな春から太陽が照りつける夏へと移り変わっている。

 六月の建国記念の式典では私とリィちゃんは王宮の中でお留守番だった。

 リィちゃんはルーチェ様の正式な婚約者だけど国民への発表はまだ時期を見送っているそうで。

 待っている間リィちゃんは退屈そうにしていたけれど、私はシン様の気遣いが正直嬉しかった。

 部屋で荷物を整理しながらお気に入りのワンピースはそろそろお休みかなと思っていたら、お母さんから渡されたとお父さんの手から荷物が届けられて直ぐに開け始める。

 大きめな鞄の中には夏向けの薄手のワンピースや短い袖のシャツに七分丈のパンツが数着ずつ、新しい下着などが入っていた。

 下着以外は家で着慣れているものなので嬉しくて、その気持ちのまま一緒に入っていた手紙を開く。

 お母さんには似合わない可愛い便箋に少しだけ笑い声をもらして紙面に目を走らせた。



 ――カルドーレへ


 もう夏だけど元気にやってるかい?

 必要ないかもしれないけど、服などを父さんに持たせたからね。


 店は相変わらず繁盛しているからまかせときな。


 ところで地区祭りにはくるのかい?

 もしくるんだったら顔を見せな。待ってるからね。


 ――母さんより



 お母さんらしい短い文章を読み終わり、地区祭りの言葉に気づく。

 クオーレ地区では毎年八月に祭りが行われている。

 祭りと言っても神様に関係するものではなく賑やかな催し物で、広場にたくさんの露店が並び思い思いの時間を過ごす。

 他の地区の人も参加可能で、主に露店を出しに数日前からクオーレ地区を訪れているらしい。

 お祭りか……。

 すっかり頭から抜けていたけど気がつけば行きたくなる。

 毎年お祭りがある二日間はお店のお客さんが少ないから早めに閉店してお祭り会場に行っていた。

 本当に色々なお店が並んでどこに寄ろうか目移りして、見ているだけで楽しくて。

 でも今年は難しいかな……。

 今までと状況が違いすぎるし、忙しいシン様に聞くのも申し訳なくて。

 お母さんに会えないと思うと少し寂しい気持ちになった。






「カルちゃん! お祭りに行こうよ!」


 あれから数日少し寂しい気持ちを引きずっていたら、扉を勢いよく開けてきたリィちゃんに体がはねる。

 リィちゃんはニコニコと嬉しそうな顔でソファーに座っていた私の前までくるとギュッと手を握ってきた。


「ルーチェ様とシン様がね、息抜きに二人で行っておいでだって!」


 「お小遣いももらったよ」と財布を見せるリィちゃんにポカンとしてしまう。

 お祭りは今日と明日の開催だけれど、まさかそう言う話になるとは思わなくて。


「カリーナ様……っ、足がっ、速すぎます……!」


 息を切らせたメイさんが遅れてやってきて詳しい話を説明してくれた。

 シン様の水質調査でアックア地区に一緒に行ったきりの私達を退屈しているだろうし、王宮にばかりいては息がつまるだろうと思ってくれたそうで。

 今日明日に催される夏祭りに出かけてみてはと提案されたそうだ。


「わたしもお供しますし往来はトリステ様がお送りして下さるそうです。護衛も兼ねて下さるそうですよ」


 行こうと笑顔で誘ってくれる二人に私はコクリと頷いた。






 馬車は少し離れた場所にある停車場に停められ、私とリィちゃん、それにメイさんとお父さんは歩いて会場へと向かった。

 馬車は二台できたのでもう一人の運転手さんが馬を見てくれるということでお願いして。

 ずっと待たせて大丈夫なのかお父さんに聞いたところ、「彼はお祭りよりも馬と触れ合っているほうが好きみたいなんだよ」と眉を下げて笑った。お昼にはメイさんがご飯を届けることになっているみたい。


「うわぁーすごいねー!」


 会場の大広場にたどり着くと午前中でもすでにたくさんの露店が並んで人であふれていた。

 辺りをキョロキョロと見たリィちゃんが目をキラキラさせて頬を赤くして興奮している様子。

 馬車の中で話を聞くとリィちゃんはポルタ地区出身で、クオーレ地区のお祭りにくるのは初めてみたい。


「どこから行く? たくさんあって迷っちゃうよ」


 あれもこれもと迷うリィちゃんの様子に笑みが浮かぶ。

 私が小さい時にきていた時も同じような様子で、お母さんには「勝手に歩いて迷子になるんじゃないよ!」と注意されていたんだよね。


「私はどこからでもいいよ。リィちゃんの行きたいところをいっぱい回ろう?」


 せっかくきたのだから楽しんでほしい。

 そう思いをこめて言えば、リィちゃんは近くのお店を指差した。


「それじゃああそこに行こう! 甘い匂いがしておいしそう!」


 早く早くと急かすリィちゃんに目を細めながらお店へと歩いて行った。


「カルちゃん一年ぶりだねぇ」


 毎年見慣れた顔のおじさんが目尻に皺を作って穏やかに笑う。

 このお店――飴屋の露店を出しているおじさんは私が小さい頃から知っている人で、毎年買わせてもらっている。


「今年は新しい友達が一緒かい?」


 隣にいるリィちゃんを見たおじさんに「はい!」と返すとリィちゃんが「カリーナです!」と元気に挨拶をした。


「そうかそうか。新しい出会いはいいもんだ。おじさんのことは飴じじとでも呼んでくれ」


 「飴じじ……?」と首を傾げるリィちゃんに思わず苦笑い。

 実は私もこのおじさんの名前を知らない。まわりの大人は知っているみたいだけど何故か面白がって教えてくれないので、時に私は飴おじさんと呼んでいる。


「おじさん、小さいりんご飴を二つお願いします」


「はいよ。りんごの小二つね」


「ありがとうございます」


 お金を払って二つのりんご飴を受けとる。

 おじさんと別れの言葉を交わし、お店から少し離れたところで一つをリィちゃんに手渡した。

 おじさんのお店のりんご飴は小だと本当に可愛いくらい小ぶりで食べやすい。

 りんごのまわりの飴は着色されてツヤツヤで綺麗なものだ。


「甘くておいしい!」


 少しの間飴を眺めたリィちゃんはペロリと一舐め。

 私も端のほうを一口かじる。変わらない味が懐かしく感じる。

 リィちゃんは一心に舐めたりかじったりを続け、私より先に食べ終わってしまった。

 急いで食べ終えると手を引かれ、足をもつれさせながらもついて行く。

 今度は的当て屋さんのようだ。

 女の子が好きそうな可愛いものから男の子が好きそうなものまで色々な景品が置かれている。


「これやってもいい? 面白そう!」


「いいよ。それじゃあどっちが多く得点をとれるか勝負しよう?」


「うん! リィ負けないからね」


 強気なリィちゃんに少しおされながら二人でお店のお兄さんにお金を払う。

 的には点数が書かれていて真ん中に近いほど点数が高い。

 合計点数が高いと景品が豪華なものだった。

 先の尖ったペンの半分ほどの長さの棒を五本ずつ受けとって、リィちゃんと顔を見合わせる。


「的が二つあるから一緒に投げよう?」


「うん。リィはあの大きなぬいぐるみ目指して頑張るからね!」


 せーの、で二人合わせて棒を投げた。






「リィの勝ちだね」


 ルンルンと鼻歌を歌いながらリィちゃんはぬいぐるみを抱きしめている。

 的当て勝負はリィちゃんの圧勝。

 私は自分が運動音痴でこのようなものも苦手なことをすっかり忘れていて、五本全部的から外れるというダメっぷりを発揮。

 五本全てをほぼ真ん中に当てたリィちゃんは二番目にいい景品を受けとった。


「リィちゃんすごいね。私なんて全部外れちゃったよ……」


「ありがとう。でも一番いいのもらえなかったからそこが残念かなぁ」


「二番でもすごいよ。次はどこに行く?」


 ぬいぐるみをメイさんに預けている様子を見ながら聞くと、リィちゃんはまた違うお店を指差したのでそこへ向かう。

 それを何回か繰り返すとリィちゃんは自分のお腹に触れた。


「そろそろお昼ご飯にしよう? お腹空いてきちゃった……」


 空を見ると太陽はほぼ真上でお昼を知らせる。

 そう思うと私も急にお腹が空いてきた気がしてお店を見回す。


「そこの嬢ちゃん達、ウチに寄ってかないかい?」


 ハキハキとした女性の声に私は後ろの方を振り返る――そして驚いた。

 馴染みのエプロンを身にまとい、赤茶色の髪を後ろの高い位置に結び、瞳は私と同じ色。お母さんが何故か露店を出していた。

 驚く私を見てニヤリと笑っているけれど、こんな形で会うとは思いもしていなかったので言葉が出てこない。


「久しぶりだねぇ。そんなに驚いてもらえて露店を出したかいがあったってもんだよ!」


 大きな声で笑うお母さんにポカンとしてしまい、リィちゃんに声をかけられてハッとした。


「この人カルちゃんの知り合いの人?」


「私のお母さんだよ。お母さん、こちらはお世話になってるカリーナさんとメイさん」


 二人の横に立ってお母さんに二人を紹介。

 明るく「カリーナです!」と話すリィちゃん。

 メイさんは「メイと申します……!」と何故か涙ぐんでしまっていて不思議に思ったけれど、何でもないと返されたので聞くのを止めた。

 お母さんは二人を見て久しぶりに感じるニカッとした笑みを浮かべる。


「あたしはソーレ。娘をよろしく頼むよ。空いてる席に座って待ってな。お昼をごちそうするからね」


 私達はお母さんの言葉に頷き、お昼ご飯をここで食べることにした。

 お母さんが作ってくれたのは冷製パスタ。暑い今の季節でもさっぱりして食べやすく、デザートのゼリーとあわせておいしかった。

 名残惜しいけどそろそろ行こうかと席を立ち、王宮に戻る前に後でもう一度会おうと声をかけるつもりでお母さんのところに向かう。


「カルドーレがいてちょうどよかったよ!」


「え……?」


 助かったとエプロンを渡されて嫌な予感に口元が引きつる。

 「助っ人よろしく」と肩を叩かれ、お昼時に出会ってしまったことを少し恨んだ。






 それからの時間はあっという間に過ぎていく。

 次から次へとくるお客さんの注文をとってできた料理を運んで。

 会計の列に駆けつけたりと目まぐるしい。

 リィちゃんと馬車の運転手さんにお昼を届けてきたメイさんまで駆り出されて申し訳なく思ってしまう。

 お昼の時間帯が過ぎるとお客さんの出入りは落ち着き、ホッと息を吐き出した。


「みんなのおかげで助かったよ!」


 ははは、と笑うお母さんと眉を下げて笑うお父さん。

 きっとお父さんのことだから「相変わらず元気だなぁ」くらいに思ってるんだと思う。


「助かったじゃないよ! 私だけならいいけどリィちゃんやメイさんまで手伝わせてさ……」


「リィは楽しかったよ!」


「わたしもいい経験になりました!」


 二人は嫌な顔一つせずに接客してくれて、終わった後も笑顔でそう言ってくれたことが嬉しくて。

 「ありがとうございます」と涙ぐむ私をお母さんが横から肘で突いてきた。


「泣いてないでこれ持って帰りな」


 透明な袋に入ったお菓子がかごにいくつも入れられていて、中を見るとクッキーのよう。


「お礼がわりのお菓子だよ。帰ったらみんなで食べるんだよ」


 目を細めるお母さんの言葉にまた泣きそうになる。

 久しぶりに会えたのにそろそろ王宮に戻らなければならなくて。

 お母さんには振り回されることが多いけど、しばらく会えないかと思うとやっぱり寂しい。

 私のほうを見たお母さんは眉を下げた後に近くにあったふきんで私の目をゴシゴシとこすってきた。


「お、お母さん、痛い……!」


「一生の別れじゃあるまいしメソメソするんじゃないよ!」


 「ほら行きな」と体の向きを変えられて勢いよく背中を押される。

 露店の中から出て振り返れば手を振ってくれていた。


「体に気をつけるんだよ!」


「――うん……!」


 私は大きく手を振り返してお祭り会場をみんなと去った。






「今日は楽しめた?」


 夜、いつもの報告に執務室へ向かうとシン様はソファーに座っていた。

 隣に座らせてもらうとそう聞かれ、私は浮かれたようにはいと返す。


「僕も行けたらよかったけれど仕事が立てこんでいてね……」


 残念そうなシン様に気分転換になればと持ってきたお母さんのクッキーを差し出した。


「お母さんからもらったクッキーなんですけど、よかったら召し上がって下さい」


「ありがとう」


 袋を受けとって開け、クッキーを一枚取り出してそれを見たシン様がふと笑う。

 いつもの笑顔とは違って見えて私は首を傾げた。


「ああ、ごめんね。小さい時のことを思い出してしまって。母がよくルーチェにねだられてお菓子を作っていた時のことをね」


「フィオン様がですか?」


「うん。ルーチェは僕よりも甘いものが好きでね。一度にケーキを何個も食べるくらいの甘党なんだ。だから母はケーキやマドレーヌ、マフィンにクッキー、色々なお菓子を作っていたよ」


「すごいですね!」


「ありがとう。でもこのクッキーも……うん。とてもおいしいよ」


 クッキーを一口食べたシン様がふわりと笑ってくれて嬉しくなる。

 私も自分用に持ってきたクッキーを一口。サクサクとした感触とバターの香りが広がっておいしい。やっぱりお母さんの腕には勝てないなぁと改めて思う。


「カルはお菓子作りはしないのかい?」


 一枚を食べ終えたシン様が私のほうを見て首を傾げた。

 私は喉につまりそうになったクッキーをなんとか飲みこんで返す言葉を考える。


「しないわけではないですが、得意という程でもなくて……」


 手作りならなんとか作れるけれど、シン様は小さい頃からお菓子を食べているようなので確実に難易度は上がる。

 そう思うとますます自信はなくなっていく。


「そうなの? 前に食べたおかゆがとてもおいしかったのに……」


 え……?

 私はじっとシン様を見てしまう。言葉の内容から察すると、それは前に体調を崩したシン様に作ったおかゆのことなのかな……?

 でもあれはリィちゃんが持って行ってほめてもらったって……。


「あの時はカリーナが自分も食べたいと言い出してちょっと大変だったよ」


 おかしそうに笑う様子を見てそういえばと考える。

 リィちゃん達はそういう風に振る舞っていただけだから、あの時の言葉も上辺だったのだと気づかされた。


「あの時は何かを召し上がってほしいと思っていたので……」


「いつでもいいから、お菓子も食べてみたいな」


 「ね?」と優しく言われたら断ることもできなくなって私は曖昧に頷いた。


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