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11 涙と告白

 次の日になってもシン様は目を覚ましていないとメイさんから伝えられた。

 また、地下へと連れて行かれたルーチェ様について、処罰などは国王様やシン様が決めるため詳しいことは教えてもらえないとも伝えられた。

 ルーチェ様のこれからは国王様達に委ねられていると知り、私は部屋を片づけて荷物をまとめ終える。

 辞退を待っていた理由はなくなったから。

 王宮内は昨日のことで混乱しているのか辞意を伝えたい国王様の時間の空きがなく、お父さんに代弁をお願いすることにした。

 「本当にいいのかい?」と何度も聞いてくるお父さんはとても残念そうな様子だったけれど、辞退するのは最初から決めていたことだから気持ちは変わらない。

 メイさんにだけは伝えておこうと言ったところ、「信じられませんー!」と叫びながら部屋を出て行ってしまって戻ってこない……。

 ソファーに座り、テーブルに置いていたブレスレットを手に取る。

 小さな月の飾りがついたブレスレット――これは壊れてしまったペンダントの部品をできるだけ集め、製造能力で作り直したものだった。

 力の具合と部品の欠損で元通りにはならなかったけど、銀色と赤色が混じった色合いの月も綺麗だと思えて。

 ――けれど家に帰る私には必要のないもの。シン様の所へ置いていこう……。

 早く置いてこようと思い私は一人で部屋を出た。






「失礼します……」


 廊下にいた人づてにシン様の寝室を聞いて何とかたどり着く。

 入り口前にいた護衛の人に話して入室許可をもらう。

 小声を出しながら綺麗な扉をそっと開けて中に入らせてもらうと、中は広いけれど家具などはシンプルな印象を受けて驚いた。

 できるだけ音をたてないように奥に進むとベッドで眠るシン様の姿があり、静かな息づかいが聞こえる。

 布団に隠れている体には傷が残っているかもしれない。そう思うと泣きそうになるけどグッと我慢。

 ペンダントを引きちぎられた時は驚いたし怖かった。けれど、慣れない私に優しく接してくれたことはすごく嬉しかったから――。


「短い間でしたけど、本当にありがとうございました……」


 綺麗な寝顔にそっとつぶやいて、ブレスレットは枕元に。

 窓から聞こえる雨音を耳に入れながら頭を下げた。

 ――二度とない時間をありがとうございました。そう思いながら下げた頭を上げた瞬間、腕を強くつかまれて体がはねる。


「え……」


 寝ていたはずのシン様が上体を起こして私の腕をつかみ、じっとこちらを見ている。

 突然のことに固まる私を見たシン様は腕をつかむ力を少し緩めながら瞬きをした。


「今の言葉はどういう意味かな……?」


「それは……っ」


 シン様には知らせずに家に帰るつもりだったので言葉につまってしまう。

 視線をさまよわせて言葉が出てこない私を見て、シン様は小さく息を吐く。

 また怒らせてしまったのかな?

 どうしたらいいの?

 考えれば考えるほど頭の中には何も浮かばない。ただただ涙があふれてくるばかりで、私はつかまれていないほうの手を動かしてゴシゴシとこすった。


「どうしてそんなことを言うの? ――もしかして帰ろうとしてた……?」


 低い声で目を細めて言われて肩がビクつく。

 シン様の視線が強くなったような気がしてうつむいた。

 空いていたほうの腕もつかまれてしまう。


「何が嫌? 何が気に入らない?」


「そういうわけじゃ……っ」


「――それなら!」


 大声をあげるシン様に驚いて顔をあげたら更に驚いた。


「どうしたら君は僕のそばにいてくれるの……?」


 ――シン様が泣いている。

 赤い瞳から流れる涙さえ綺麗に見えて凝視してしまう。

 男の人の涙を見るのは初めてでどうしたらいいのか分からない。


「母のお別れの式で君に出会ってから、僕は君をずっと思っていたんだよ」


 ――え……?

 フィオン様のお別れの式……?

 目をパチパチさせて見返す私に言葉は続いていく。


「母が亡くなって泣き続けるルーチェとは対照的に、僕は悲しくても泣かなかった。自分は兄で次期国王候補で。張りつめた糸のようにギリギリの所で我慢していたんだ。――でも」


 言葉を切ったシン様は大きな手をつかんでいた腕から動かして、私の両手を握る。その手は少しだけ震えていた。


「それをよく思わない人もいたんだ。父から受け継がれたこの容姿は悪く言えば異質で。小さい時にお世話をしてくれた人が陰で僕を怖がっていることは知っていたから、僕は自分の髪と瞳が嫌いだった。――君に出会うまではね」


「私……?」


 フィオン様のお別れの式にはお父さんと一緒に出席したと聞いている。

 でも小さかったからか私はその時のことをほとんど覚えていなくて申し訳ない気持ちになる。

 視線が下に向いてしまうと「覚えていないのも無理はないよ」と握る手に少し力がこめられた。


「敷地内にある母が育てていた花畑で出会ったけれど、君はルーチェよりも幼かったからね。でも、僕は覚えているよ」


「わ……っ」


 握られた手を引かれ、私の体はシン様に覆い被さる形でベッドに倒れこむ。

 近すぎる距離に慌てて離れようとしても背中に腕を回されて動けず、顔に熱が集まってしまう。


「母の死を悲しんでくれて今みたいに瞳を涙で潤ませながら、それでも僕を真っ直ぐ見てくれた」


「……っ!」


 頬に手をそえられて顔が近づいてくる。

 思わず目を強くつぶると柔らかい何かが目尻に触れた。

 驚いて目を開くと赤い瞳が間近で細められていて心臓の鼓動が急速に増えていく。


「――ほら。今だって目をそらさない。それに涙も僕を怖がっていないって言ってるよ」


 え……?

 涙で心の中が分かるの……?

 というより今目元に感じた柔らかいものって――……!


「ふふ、顔が真っ赤でリンゴみたいだね」


 「可愛い」なんて言って目の前で笑うシン様に何がなんだか分からない。


「僕が水を操れることは前に説明したよね? これも蛇神様の力なのか人の涙に触るとその人の気持ちが分かるんだ。幼い君の涙は母を悲しんでくれている気持ちと、僕の姿をキラキラして綺麗と思っていることを教えてくれた。心が救われたよ」


「シン様……」


 確かにシン様の姿は綺麗だと思っているけれど、そう思っている人はたくさんいると思う。

 それに、ラナさん達もいる。ハッと思い出した私は腕に力を入れてシン様の上から離れて立ち上がった。


「どうしたの……?」


「――これも試験ですか……?」


「え……」


 王子様が私を気に入ってくれるなんて嘘みたいで。

 ラナさん達の顔が浮かぶ。

 ラナさん達は本気でシン様の婚約者候補になろうとしてるんだ。シン様の優しさに嬉しさを感じているだけの私は邪魔になると思うから。


「試験なら私にはもうしなくて大丈夫です。ラナさん達にしてさしあげて下さい」


 目を見開くシン様に笑顔を作って伝える。

 胸のどこかで感じる寂しさはいつか忘れるだろうと押しこめて。

 扉の前にきて取っ手に手をかける。

 お別れだと思いながら扉を少し開けると、被さってきた手によって扉が勢いよく音をたてて閉まった。

 ――え……?

 大きくて冷たい手の持ち主はこの部屋に一人しかいなくて――。


「行かせない」


「――!」


 耳元で声が聞こえ、後ろから苦しいほどに力を入れた腕に閉じこめられた。


「ずっとずっと君といられる日を待ってたんだ。帰したりしない……!」


 体を動かしても強く腕を回されて身動きがとれない。

 シン様が別人のように感じられて体は震え出し、涙がこぼれていく。


「離して下さい……! 私には試験を受ける資格なんてありません……っ!」


「試験なんて関係ない! 君じゃないとダメなんだ――っ」


「え……」


 試験は関係ない……?

 動きが止まる私の背後でシン様が息をのむ音が聞こえた。

 やがて笑い混じりの息を吐く音が聞こえる。


「ソファーに座ってくれるかな? 全部説明したいから」


「え――」






「全部嘘だったんですか……!」


 二人でソファーに座り、 シン様は試験に関することを話した。

 試験なんて形だけで結果は全く関係ないこと。

 婚約者候補の希望者の募集を本当はしていないこと。


「君のお母さんやお父さん、お店のお客さんにも協力してもらったんだ」


 「ごめんね」と眉を下げるシン様を見ながら、私は頭の中が混乱していた。


「それじゃあラナさん達は……!」


「彼女達も王宮内の人もみんな協力者だよ。ちなみにラナは遠縁なんだ」


 シン様におかゆを持っていったカリーナさん、望まない結婚を希望するティアさん。シン様のことを愛しそうに大切そうに話すラナさん。みんな違ったの……?

 私はガックリとうなだれる。


「みんな本気ですごいなって思ってたのに……。それならルーチェ様は――」


 もう一つ気になったことを言いかけると、部屋の扉が大きな音を立てて開かれて。


「ボクも嘘だよー!」


 笑顔のルーチェ様が現れた。

 ポカンとする私に近づいてきたルーチェ様が悪戯な笑みで「ビックリした? ビックリした?」と私の顔を覗きこんでくる。

 体には包帯が巻かれているけれど顔色はよく元気そうだ。


「それじゃあシン様の命を狙っていたのも、模擬戦闘の時も嘘なんですか……?」


 お互いあんなに傷だらけになったのに――っ!

 体がカッと熱くなり、勢いよく息を吸った。


「信じられません! 嘘をつくために家族が傷つけ合うなんて! 本当に、本当に怖かった……!」


 傷ついた二人を見て兄弟が争うことに衝撃を受けた。

 弟だとしてもシン様を裏切ったルーチェ様は処刑されてしまうのかと思って怖かったのに……!

 王子様方相手に涙をボロボロ流して声を張り上げるなんて怒られるかもしれない。でも言わずにはいられなかった。

 シン様は何も言わずに涙をハンカチで拭ってくれる。


「あれはボクもビックリしたよ! 打ち合わせと力加減が全然違うんだもん」


 「ボクじゃなかったら今頃あの世行きかもねー」と明るく言うルーチェ様に背筋が寒くなる。

 シン様は動かしていた手を止め、顔をしかめて私の横に立つルーチェ様を見た。


「ルーチェ……」


「そんな顔したってダメだよ兄さん。このコがボクの部屋にいたから妬いたんでしょ?」


 「あの顔は見ものだったよ!」とケラケラ笑うルーチェ様と額に手をあてるシン様が対照的で見比べてしまう。


「それで? 結局両思いになったの?」


 笑いを引っこめたルーチェ様は目を弓なりにして、興味津々と言った様子で今度はシン様の横へと歩いていく。

 「ボクが協力したんだから上手くいったんだよね?」と言うルーチェ様に私は首を傾げた。


「あの、どういうことですか……?」


「えー! まさか兄さん上手くいってないの!」


 「何やってんのさ!」と騒ぎ出したルーチェ様の腕をつかんで引きづるように歩き出し、シン様はルーチェ様を部屋から出してしまった。

 鍵を閉め、「兄さん! 兄さん!」と部屋の外で扉を叩くルーチェ様に構わずにソファーに戻ってくる。


「騒がしくてごめんね」


「いえ……」


「――君が部屋にくる前にラナから聞いたんだけど、あのペンダントは僕に似ているからって買ってくれたんだってね」


 「壊したりしてごめんね」と頭を下げるシン様に驚いた。


「頭をあげて下さい! 私こそすみませんでした。勝手にシン様とペンダントを重ねてしまって――」


「僕が怒ったのはそういうことではないのだけど……」


 困ったように笑ってシン様は言葉を続ける。


「君がお店の男と楽しそうに話しているのを見て、その男に買ってもらったのかと勘違いしていたんだ。そう思ったら――嫉妬してすごく腹が立った」


 「ここまで言っても分からない?」と首を傾げられてどうすればいいのか分からなくなる。

 私がミレさんと話しているのを見て嫉妬した、だなんて勘違いしてしまいそうで。


「僕は君に惹かれてる。幼い時に出会ったあの日から――君のことが好きだよ」


 優しい眼差しと優しい声に胸が苦しくなる。

 はっきりとした言葉で伝えられた気持ちは嬉しいもので。けれど同時に申し訳なくなってしまう。

 私にはシン様へ返す明確な答えがないのだから……。

 手を強く握って考えてもやっぱり答えは出なくて、また泣いてしまいそうになる。


「今の君の気持ちを聞かせて? どんな気持ちでも知りたいんだ」


「シン様……」


 「ね?」と促されて私はポツリポツリと話し出す。

 お母さんの推薦でいきなり王宮へときて戸惑ったこと。

 明るく元気なメイさんに助けてもらいながら過ごしたこと。

 怪我をしてしまったけれど、リタと会えて嬉しかったこと。

 ルーチェ様の言動にハラハラしたこと。

 そして何より綺麗で優しいシン様が接してくれて嬉しかったこと。

 思いつくことを色々と話す間、シン様は相づちをうちながら聞いてくれた。


「僕のことはどう思っているのかな。嫌い? それとも好き?」


「それは……。好きか嫌いで言うなら好きです。でもそれは、家族やお客さんのことを好きという気持ちと似ているんです」


 「だから、すみません」と言おうとした言葉は音にならずに飲みこまれ、顔がシン様の胸元に埋まる。

 「よかった。嫌いではないなら安心したよ」と嬉しそうな声に、埋まっていた顔を上に動かすと頬を赤く染めて笑うシン様がいた。


「これで君を婚約者にできるからね」


「え……?」


 「早速みんなに報告しないと」と嬉しそうなシン様に私の頭の中は大混乱。

 言葉に困っていると鍵が閉まっているはずの扉が開けられた。

 ……無理に開けられて鍵が壊れている。


「諦めなよ。兄さんはキミを手に入れるためにこんな大がかりなことをしたんだからさ」


 「ねー!」とカリーナさんと笑い合うルーチェ様。

 後ろにはラナさんとティアさんもいて困ったように笑っている。


「そうなんですか……?」


 扉のほうに向けた顔をシン様に向ければ笑顔のまま。

 けれど細められた赤い瞳に今まで見たことのない何かが宿っているようで少し怖くて。


「君は僕を優しい人間だと思っているみたいだけれど、本当は嫉妬深くて独占欲が強くて。目的のためなら手段を選ばない酷い男なんだ。けれど、君のことを大切にしたい。守ってあげたい。この気持ちに嘘はないよ。神様に誓って言えるから」


「でも私は……っ」


 向けられる気持ちに答える言葉を持っていない。

 うつむくと体を離され、肩に手の重みを感じた。


「君の答えが出るまで僕はずっと待っているから。だからこれからもそばにいてほしい」


 「ダメかな?」とあまりにも優しくて綺麗な表情で笑ってくれるから。

 胸に微かな温もりを感じながら、私は「よろしくお願いします」と返してしまうのだった。


 それからみんながシン様の部屋にわっと入ってきて大騒ぎになって。

 遅れてやってきたメイさんが「やっぱり帰らないで下さいー!」と泣き出してしまったり。――計画がバレてしまうとしてメイさんだけは唯一計画を知らなかったそうで、そのことを知ってさらに泣いたり。

 ルーチェ様の婚約者がカリーナさんで驚いたり。

 しばらく賑わいに囲まれながらこんな賑やかな生活も悪くないかもしれないと、シン様と笑い合いながら胸の中で思うのだった。


まずはここまでお読みいただきありがとうございます。


今回の第11話で一区切りとなります。


第二部として今後の二人のお話も書きたいと思い、どんな内容にしようか考え中です。


また、たくさんの方に読んでいただいたり、ブックマークもしていただいたり、日々感謝しています。


拙い作品ではありますが、今後も精一杯書いていきたいと思いますのでよろしくお願いします。


最後まで読んでいただきありがとうございました!

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