見回りっていろいろ目撃するよね
午後の部、最初の種目は騎馬戦。もちろん女子は応援だけ。
「潰してくるよ。特にあいつを。」
あたしの耳元でつぶやいて、大地が入場門にむかう。
笑顔が黒かった。絶対。
潰しちゃうあいつっていったいだれ!?
青くなるあたしの右の頬にはぺったりと白い湿布が貼られている。
さっきお昼の時間に目立ち過ぎる湿布を気にしていたら、大地が湿布に指先で触れて、
「傷が残ったらおれがもらってやる。」なんだか瞳が真剣で、不覚にもどきっとしながら、
「傷とか不吉なこと言うな。」と一蹴してやった。まったく縁起でもない。
騎馬戦が始まった。
大地は、怒濤の勢いで敵…いえ、相手チームをなぎ倒していく。
本気だね。見てるこっちがハラハラするよ。
終了の合図がなると、平然とした顔で自陣にもどってきた。
女子の声援がすごくて評価は高いみたいですが、あたしはオソロシイと思いました。ハイ。
「海、柾くんファンが増えちゃったかも。どうするの。」優香があたしの体操着をつんつんと引っ張る。
どうもしないよ、優香。
ここで本日2度目の見回り当番の時間がやってきた。
運営委員の腕章を付けると、大地と二人で校庭を一周する。
面倒なのは会場のトラック周辺だけじゃなく、体育館や校舎の方も行かなくちゃならない事。
「体育倉庫までいって戻ってくるか。」
意外な大地の真面目さに「うん。」と肯いたものの。
たぶん、危険もサボりの生徒もいないよ。と真面目な見回りに少々うんざりなあたしだった。
体育館の死角になっていて体育倉庫は見えない。建物をぐるっと回るところで、前を歩いていた大地が急に立ち止まる。
危うくぶつかるところだったあたしは「なに、急にとまらないで。」という台詞の途中で、大地に遮られた。
大地が建物の陰から向こうをうかがっている。
あたしは大地の陰から真似をして様子をうかがう。
そして見てしまった。柊さんと…えーと…あれはだれ。
よくよく見てみたら分かった。生徒会長の桜井先輩だ。
そういえば二人噂になっていたっけ。でも、噂は本当だったらしい。
だって見守っているうちに二人の影がかさなったんだもの。
突然の出来事にそりゃびっくりした。人様の生キスなんて見るの初めてだもの。
あたしと大地は思わず顔を見合わせたものの気まずくて、そっと建物の陰から離れた。
並んで歩きながら、上目使いで大地を見上げる。
大丈夫かな。心配。
だって前回、大地と柊さんは相思相愛で、直視するのがはばかられる程だった。
今回だって仲良いし、もしかして大地は柊さんのことが好きなのかもと密かに予想している。
好きな人のあんな場面は見たくないよね。
傷つくよね。
大地、大丈夫かな。
「驚いたな。」暫らくして大地がぽつりともらす。
あたしは「うん。」と肯く。見てるこっちが心臓ばくばくだったねー、とか感想はとても言えない。
「あの二人付き合ってたんだな。」
もしかして、大地失恋なの。どうしようなんて言えばいい。
「大地、大丈夫。」あたしの問いかけに、
「大丈夫ってなにが。」怪訝な顔をしてる。
「柊さんのことが気になるんじゃないかなと思って。」
「気にはなるよな。」それから小声で「目の前であんな事されちゃ。」
後半はよく聞きとれなかった。
月並みな言葉しか思いつかない。
「がんばって。」
大地が驚いた顔を向ける。
「なんでいきなりその台詞なんだ。」
大地は限りなく普通の感じだ。動揺は。。。していないのかな。
それとも隠しているのかな。
よくわからない。
「とにかく、がんばって。」適当に会話を終了させることにした。
大地は案外失恋に耐性があるのかなと考えたりしながら、落ちこんではいないことにホッとする。
その時ちょうど、前を歩いていた男の子の肩からするりとタオルが落ちた。
あたしは小走りに近づいて、タオルをひろう。
「あの、タオル落としましたよ。」
振り返った男の子が一瞬驚いた顔であたしを見る。湿布が目立ち過ぎる。
「はい。」と差し出したタオルを受け取りながら、
「きみ、リレーで鈴木にぶつかった人だよね。」と訪ねてくる。
肯くあたしに、合点がいったという表情になったその人は
「うちのクラスのやつがごめんね。」
あたしはふるふるとかぶりを振るだけで精一杯だった。
「タオルありがとう。お大事に。」
笑顔を残して走っていく日向くんの姿を見送る。
「海。」
大地に呼ばれるまで、動けなかった。
「どうした。」怪訝そうな大地。
あたしは嬉しくて落ち着かない。
やっと日向くんの視界に入った。この湿布のおかげで心配までしてくれた。
少年Aじゃなくて鈴木(まだ怒っているので、もちろん呼び捨て。)ほんの少しだけ感謝してやる。